②黒髪第二皇子のアーク
「黒髪って不吉じゃない?」
「でも第二皇子だし……」
「第一皇子はあんなに綺麗な髪色なのに、やっぱり側室の子だからかしら?」
またメイドどもが無駄口叩いてやがる。
ふん、馬鹿馬鹿しい。側室の子だから何だって?その側室の子の俺より身分が低いのはどこのどいつだよ?側室にもなれないメイドどもが。
黒髪だから不吉だ?言ってろよ。俺が生まれたことが原因で何かお前等に不幸でも降りかかったか?黒髪が不吉なら金髪に染めれば不吉じゃなくなるのかよ?たかが髪色でゴタゴタとやかましい。どいつもこいつも根拠のないことばかり騒ぎ立てやがって。実に非生産的で非合理的な連中だ。
俺はこの世界を心底憎んでいる。だがそれはこの世界のほうが先に俺を憎んでいたからだ。
この世は不公平に出来ていて、生まれたときから、ただそこに居るだけで愛されるリックのようなヤツもいれば、生まれたときから忌み嫌われる俺のようなヤツもいる。
光のようなリックを兄に持ち、俺はまるでその陰のように常に比較され、けなされ、愛されることなく生きてきた。
そもそも第一皇子のリックは俺より2つも年上であるにも関わらず、俺より剣の能力は下だ。勉学だってあやしいものだ。以前、今年のカリキュラムを全て終えてしまった俺は、1度だけリックと同じ授業を受けた。教師に出された問題は実に簡単で、俺はすぐに解いていった。だが隣の席に座るリックはというと、全部解くのに俺の倍の時間を要していた。
「アークはすごいね。天才だ。自慢の弟だよ」
頬を染めながらそう言うリックはうれそうに笑っていた。
腹が立った。
なに笑ってんだよ。悔しそうにしろよ。
勝っているはずなのに何故か負かされたような気分になる。あの余裕は一体何なんだ?
俺がどれだけ剣術に長けていても、どれだけ勉学の呑み込みが早くても、周りの連中はリックしか見ない。
そうだ。分かっている。リックのあの余裕は愛されているからこそできる、愛されている者特有のものだ。俺がどれだけあがこうと手に入れることの出来ないものをアイツは何の努力も無しに、当たり前のように手に入れている。
クソ。なんでオマエみたいなヤツが存在するんだ?
何故見せしめのように俺の1番近くにいる?
何故オマエと比較されなければならない?
何故オマエより勉学が優れていても誰も認めようとしない?
何故だ?何故……?
俺は悔しくて涙を流していた。
認めてもらえない理由は分かっている。リックがブロンドの髪色で第一皇子で皇后の息子だからだ。不吉と言われる黒髪で第二皇子で側室の子の俺を認めれば、後々不吉とされる俺が皇帝になる可能性が出てくる。それは誰も望んでいないことだ。
だが俺は剣術を磨き、勉学に励むことをやめなかった。ここで腐って何もしなくなれば、俺は本当に終わることを知っていたからだ。
そうして12歳になった俺は、許嫁と結婚の日をむかえていた。
相手の女の顔は知らない。幼いころから何度か肖像画が送られてきていたが、それを一切見なかった。どんな顔をしていようが、どうせ断ることは出来ないからだ。それは相手も同じことで、黒髪の俺と結婚させられることを嫌がっていることだろう。
「愚娘のイベリスです。どうか愛してやってください、殿下」
小さい身体を真っ白な花嫁衣装で身を包み、侯爵の横で辞儀をするイベリスが頭を上げるなり顔を覆うベールを後ろへ払うと、緊張で強ばった顔があらわにさらけ出された。
「初めまして。殿下。イベリスと申します。よろしくお願い致します」
陽光に透けた白く艶やかな肌にクリッとした大きな目が印象的だった。そのあどけない顔に塗られた真っ赤な口紅がやけに不自然でありながらも、一種の色気を感じさせる。アンバランスな危うさを持つ花嫁に、鼓動が大きく波打ち、イベリスから目が離せなくなった。なんだ?どうしたというんだ?この落ち着かない感じは何なんだ?軽く深呼吸をした俺は冷静に努めた。
「緊張する必要はない。楽にすればいい」
俺がそう言っている最中にイベリスの視線は俺の肩越しに遠くを見据えていた。気になって振り向いて見ると、そこにあったのはリックの姿だった。
再度イベリスに視線を向けて見ると、口を半開きにさせたイベリスは頬を赤く染めて瞳を輝かせている。俺は拳を握り締めた。
またかよ。クソ。またリックだ。どいつもこいつもリック、リック……うんざりだ。ふん。安心しろ。俺がお前を愛することはない。こんな女、俺のほうから願い下げだ。俺とコイツは単なる政略結婚の相手にすぎない。他人だ。だが残念ながらリックにはすでに妻がいる。まぁ、せいぜい、一生手が届くことのない男が他の女と仲良くしている姿を見て悔しがることだ。
俺は冷笑を漏らしながらこの女の手を取り、婚礼の儀式へと向かった。