①元悪女イベリス・2
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部屋を出たとたんアークは私の手を放し、早足で歩き始めた。一瞬訳が分からずビックリしたが、すぐに思い出した。
そうだ。コイツは護衛以外誰もいないところでは一切エスコートしない上に、私を置いてきぼりにしてさっさと先に帰るヤツだった。
なんだか頭にきた私も早足で歩き、アークを追い抜いてやった。するとアークがさらに早足になり、私を追い抜き、最後は2人とも走っていた。
「ちょっと!なんで私より先に行こうとするのよ!!」
怒る私にアークはフンッと鼻を鳴らした。
「おまえが先に部屋に入ると鍵をかけるからな。妻に部屋を追い出されたと使用人たちの笑いものになったではないか」
「あれは……!」
私は宮廷に来て1日目のことを思い出して言葉に詰まった。
物心ついたときから第二皇子の妻となることは決まっていたけど、いざ好きでもない男の子と結婚をさせられた上に同じ部屋に入れられたことに耐えきれず、アークが用事で部屋を出て行った隙に鍵をかけて閉め出してやったのだ。
この帝国において、皇族の初婚は12歳~17歳くらいが一般的だ。
そして、皇帝以外の皇族は、夫婦となってからは同じ部屋で生活をするのが普通で、宮廷内には夫婦用につくられた部屋がいくつかある。
私とアークに与えられた部屋はおそらく100畳はあると思われる広さがあるにも関わらず、お風呂とトイレ以外に仕切りの壁が1つも無く、この部屋にいる限り同じ空間で過ごす以外にない。
この部屋にいる間、アークはおおかた私を空気のように扱い、以前の私はそれに居心地の悪さを感じていて、2人の間には緊迫した変な空気がひたすら流れていた。
そんな過去を、もはや懐かしく感じながらも、私から遠く離れたソファーに腰掛けるアークに大声で話しかけた。
「さっきはありがとね」
読書をしていたアークは本から私のほうへ視線を向けると、フンと鼻を鳴らした。
「言っておくが、別にお前を助けた訳ではない。なぜこの俺がお前などを助けなければならんのだ。お前の恥は一応夫ということになっている俺の恥となる。あれ以上失態を晒したくなかっただけだ」
そう言い終えると、再び本に視線を落とし、部屋内は元の静まり返った空間へと戻った。
ああ、頭にくるなぁ……。普通に頷いておけば気持ち良くすむ会話なのに……。けど根は優しいことを知っているから、今の私はこの憎まれ口もそれなりに流すことが出来る。
そういえば、アークって、種村さんやおばあちゃんと同類の人種だわ……。そう思うとアークに対して優しい気持ちが芽生えてくるから不思議だ。
「ねぇ、アーク。私と一緒にいるの嫌でしょ?だから16歳になったら離婚してあげる」
再び大声で喋る私にアークは再び視線を向けた。意表を突かれたような、ポカンとした顔をしたかと思うと、眉をひそめ、不機嫌な声で答えた。
「なんだ?今日はやけによく喋るな。それに何故呼び捨てなんだ。殿下と呼べ。あと敬語を使え。離婚して修道院にでも行きたくなったのか?」
「修道院には行かない。でも、好きでもない女と長い一生を過ごすのは嫌でしょ?だから離婚してあげる」
アークの目はいつもの冷めた目になっていた。
「お前に好きな男がいて、そいつと再婚したいから別れてくれというのなら理解はできる。俺のためみたいに言うな」
「違うってば。だって、じゃぁ、アークは私のこと好き?」
アークは間髪入れず強めに答えた。
「好きなわけないだろ」
「だったらおいしい話でしょ?」
疑い深いアークは更に眉を寄せた。
「何を企んでいる?お前から離婚の話を切り出したからには慰謝料はやらんぞ」
「分かってる。そんなのいらないわよ」
「政略結婚なめんな。そう簡単に離婚できるはずがない」
「そこは大丈夫。妻が失踪して3ヶ月間見つからない場合、夫は勝手に離婚できる法律があるじゃない。夫が失踪した場合妻は永遠に待ち続けなきゃ駄目で不公平な法律だけど」
「失踪する気か?」
「ええ。平民になって働くわ。私も恋愛して好きな人と結婚したいし」
「何故16歳なんだ?」
「それは……」
それは、16歳のときに開かれるパーティーでアークが恋に落ちるからだ。相手は隣国の王女であるランタナ。真面目で穏やかでかわいらしい王女様らしい。互いに一目惚れだったという噂を当時投獄されていた地下牢で耳にしたことがある。そして当然のごとくランタナが後妻におさまり、皇太子妃を経て後に皇后となった。
まぁ、今生ではアークと皇太子妃を陥れる気も、リックにちょっかいを出す気もないから、投獄されることはないだろうけど、正直、誰かの幸せの邪魔になどなりたくない。
それに、離婚後に生活する場所を確保しておくのに4年くらい時間があったほうが安心だ。貴族の間で出戻りは恥とされており、離縁した女性はもれなく修道院行きか次の夫を探すか平民になって自分で生活をするかの3択だから。
修道院は退屈そうなので出来れば避けたい。次の夫なんてそう見つかるものでもないだろうから、平民として仕事をしながら生きていくのが1番いい選択だろう。
よって16歳というタイミングは、私にとってもアークにとっても1番いいタイミングなのだ。
アークは面倒くさそうに「好きにしろ」と言うと、毛布を広げてソファーに横になった。