⑧イベリスとランタナ王女・1
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失踪計画をアークに崩されてから3日が経っていた。
失踪用費が無くなった。あと半年でどうすればいい?
装飾品を売ろうかと思ったけど、いつの間にか全ての装飾品に私のフルネームと皇室の印が刻まれていたから、売ることが出来なくなっていた。アークのヤツ、どこまで先手を打ってるの?
てか、やっぱり、山に穴を掘ってそこで暮らせば家賃いらないし、それしかないよね。食べ物も魚釣ったり木の実食べれば何とかならないかな?とりあえず1日10匹くらい魚食べれば飢え死にしないよね。よし。1度試してみよう。
まずは釣り竿を作らなければならない。私はバルコニーに出ると、すぐ側にある木の枝に腕を伸ばした。
「何してるんだ?」
ソファーで本を読んでいたアークが、バルコニーから木の枝を折ろうとしている私に問いかけた。
「釣り竿を作りたくて……」
届きそうで届かない枝に手をヒラヒラとさせていると、後ろからアークの手が伸びて枝を折ってくれた。
「これでいいのか?」
「ありがとう!」
ソファーに腰掛け、刺繍糸を枝に巻き付ける私を見ながら、隣に座るアークが言った。
「言っとくけど失踪する金が無くなったからって野宿とか考えてるならやめたほうがいいぞ。外は虫まみれだ。お前虫苦手だろ」
「あ……」
そうだ。外には虫がいるんだった。忘れてた。
アークは吐息をはいた。
「やはりそうか。今のは鎌かけだ」
「え……?」
アークは少しあきれたような声を出した。
「そもそもそんな枝と糸じゃ、すぐに壊れてまともな釣りなど出来ない。それに、ここまで来てまだ失踪したがっているとか……」
不意に私に向ける眼差しに影が差した。空気が急に冷たく張り詰めたのが分かった。
「俺もいい加減気分が悪い」
ゾクッとした。こんな怒りに満ちた視線を向けられたのは初めてだ。アークはかなり怒っている。そしてこの怒り方は今までとは違って憎しみを感じる怒り方だ……。
たしかに好きだから失踪するなと何度も言っている相手がいつまでも失踪しようとしていたらいい気はしないだろう。
でも、だからって、どうすればいいの?半年後、ランタナ王女と出会って恋するアークを横で見ながら、捨てられるまで待つしか無いってこと?それは辛すぎる。
しかし今の段階で悪いのは私だ。ここは謝るしかない。
「……ごめんなさい……」
それに対し、予想外にどす声混じりの声でアークは強く言った。
「それどっちのごめんだよ!?悪いと思ってか!?それともどう転んでも俺とは一緒にいたくないってことか!?」
私は固まっていた。
あ、これ、一歩間違えたら取り返しがつかなくなるやつだ。アークは私から離れていくかも知れない。
そう思った途端、急に怖くなった。
思わず生唾を呑んだ。
「ちが……」
言い終える前にアークの言葉が重なった。
「違うってどっちがだよ!!?」
低い怒鳴り声が室内に響いた。
私を見るアークの目は据わっていた。今まで怒鳴ったり言葉を遮ったりすることなんて無かったのに……というより、ずっとため込んできたものが爆発したんだ。私の指先は冷たくなり身体は震えていた。
心の中にあったものは『申し訳ない』以上に『嫌われたくない』だった。とっさに喋っていた。
「は……半年後……半年後の建国祭のパーティーに出ないで欲しいの……そしたら、私は一生アークの側にいられる……」
厚かましい気がしてずっと口にできなかったことが思わず口を突いて飛びだしたのは、アークの心を手放したくなかったからだ。離婚を企てていたくせに私は矛盾している。
アークは「建国祭……?何故……」と眉をしかめた後、言葉を呑み込み、私の肩に手を置いた。そしてさっきまであらわにしていた憎しみは消え去っていて、いつもの落ち着いた声を出した。
「いや、いい。分かった。そのパーティーにさえ出なけりゃいいんだな?約束する。だからもう2度と失踪を企てるな」
そう言い終えるとアークは私の唇に唇を重ねた。
アークの運命の糸を切ってしまうようなことを約束させたことに罪悪感を覚えながらも、アークと一生一緒にいられると思うと、今まで私の中にあったモヤが晴れて目の前が明るくなったような気分になった。しかし一方で、本当にこれでランタナ王女とアークは会わずにすむのか?と拭いきれない不安が重苦しくのしかかっていた。
 




