⑦アークのトラウマ・4
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それから月日が流れ、12歳になった俺の手元には母からの手紙とマフラーが届いていた。イベリスが皇后の手先から奪ってきたものだ。
そのとき初めて俺は独りきりで生まれたわけではないと知った。心が柔らかいもので満たされた。不思議なもので、たったそれだけのことで、目の前に広がる景色が明るく美しく見えた。
なんとしても手紙の返事を届けたい。だが、また途中で誰かに手紙を奪われて母さんに届かない可能性がある。側室と皇子は会えない規則があるらしいが、そんなものよりも、母さんとこれ以上すれ違わないようにするほうが大事だった。俺は自分で届けることにした。
「マーガレット様は、どうやら皇帝陛下と同じ部屋で暮らしているようです」
「なんだって?」
護衛騎士のオルトとルベルが2ヶ月かけてようやく掴んだ情報だった。母さんは、表向きは側室が住むパール宮殿の自室に引きこもっており、故に誰もパール宮殿で見たことがないとされていたが、実際は皇帝が住むダイヤモンド宮殿の最上階にある皇帝の部屋に半監禁状態となっているというのだ。
「それを知るのはダイヤモンド宮殿で陛下の部屋の護衛をする者と、ごく一部のメイドのみで、極秘扱いの情報となっております」
「何故皇帝の部屋に監禁されているんだ?」
「聞いた話によりますと、マーガレット様はもともと他国からさらってきた女性で、それを側室にしたようでして、陛下はそのマーガレット様を大変寵愛しておられるとのことです。よって、マーガレット様の血縁者などが取り戻しにくるのを恐れているとか……」
女がさらわれるという話は世界各国でよく聞く話であり珍しいことではない。そしてそれは犯罪にすらならない軽いものであり『さらわれる不用心な女が悪い』という認識がまかり通っている。強姦も然りだ。以前まではそのことに疑問を持っていなかったが、最近はイベリスがもしそんな目に遭ったらと思うと怒りが沸いてくる。そして我が父が母に対してそれをやったと言うのだ。軽蔑の念を抱いた。
そんな俺の心に勘づいたのか、ルベルが付け足すように言った。
「この13年間、皇帝陛下がパール宮殿と皇后陛下の住むルビー宮殿には一切お渡りをされなくなったというのは、信憑性の高い情報です。マーガレット様をさらって来たのも13年前。愛する者を失いたくないが故の行動かと思われますので、どうか冷静なご行動をお願い致します」
「……安心しろ。皇帝に殴り込みを仕掛けるつもりは無い。ただ、母親に会いに行くだけだ」
ずっと疑問に思っていたことがある。不吉とされる黒髪の俺を何故殺さずに生かした上に皇子として育てたのか。だが愛する女の産んだ子だからだという理由なら納得がいく。
ともあれ、母さんの居場所は分かった。12年間ずっと会いたかった母さんにようやく会えるんだ。そう思うと未だかつて無く胸が躍った。




