⑥イベリスの失踪計画・4
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そこに居たのは、6本の脚を生やした虫の着ぐるみだった。私は呆然としながら固まっていた。
なにあれ。頭にノミって書いてあるからノミの着ぐるみ?……てか、変な人だ……ヤバい……。
褐色で楕円形の着ぐるみからはおじさんの顔が出ている。ブルドック顔のおじさんは、ノミの着ぐるみの脇腹の部分がドアにつっかえて店内に入って来られなかった。
「わぁ、ノミの精霊だ!」
「ノミの精霊が現れたぞ!」
お客さんたちが棒読みで騒いだ。
え?ノミの精霊なの?
ノミの精霊は「ドゥーユーノミ?」と何回も言いながらドアにつっかえた身体を小刻みに揺らしつつ前進した。木製のドア部分はメキメキと音を立てると、一気に壊れて、その勢いでノミの精霊は思いっきり転んだ。
店内は静まり返った。
だが、すぐにお客さんたちはノミの精霊を指さして爆笑し始めた。
「ノミの精霊がコケた!」
「バーカ、バーカ!!」
10歳くらいの少年が嬉しそうにそう言いながらノミの精霊を何度も蹴った。
ノミの精霊は身体をワナワナと震えさせて立ち上がると、何故か私に視線を向け、こっちに歩き始めた。
え?なに?怖い……。
私は思わずカウンター内の隅にいるアークとイリアムに駆け寄った。
「ね、ねぇ……入って来ちゃったよ……どうしよう……」
座った格好のアークは微笑を浮かべて私の顔を見つめた後、腕を引っぱって抱きしめた。私の頭をこねるように撫で回して頬ずりをしながらささやくように言った。
「分かっただろ?平民の世界は大変な上にこんなに危険がいっぱいなんだ。失踪をやめるならアイツを倒してやるぞ?」
抱きしめられてドキドキとしたけど、すぐに我に返った。
こんなときにまで取引しようとするの?
少々頭にきた。
「いい。自分でなんとかする……」
アークを両手で押して離れると、アークは不満そうに私を見た。イリアムはソワソワとしながら「助けたいけど助けられない」と何度もつぶやき、壁にゴンゴンと頭をぶつけながら苦しんでいた。イリアムはアークの意向に従ったほうがいいと思うので、あえて縄はほどかずに、自分で戦う覚悟を決めた。
拳を握りしめた私はカウンターを挟んでノミのおじさんと対面した。さっき顔面から転んだから鼻血が出ている。そうよ。この人は精霊じゃなくてただのおじさんじゃない。何も怖いことなんてないわ。
「ドゥーユーノミ?」
真顔で私に問いかけるおじさんの、ブルドックのように垂れた頬はしゃべる振動で揺れていた。
なに?どういう意味?
ドゥーユーノミ?→Do you know me?→あなたは私を知っていますか?かな?
負けてはいけないと思った私は、少し強めに答えた。
「いいえ。存じ上げません。初対面なので!」
おじさんは私と目を合わせたままポカンとした顔をした。気の抜けたおじさんの顔はブルドックの頬がさっきよりも垂れて見える。店内に緊迫した空気が流れた。だが次の瞬間、おじさんは怒りで顔を真っ赤にさせ、般若のような表情になった。ウォォォォォと雄叫びをあげると、いきなりカウンターに思いっきり頭突きをした。カウンターにはヒビが入り、もう1度頭突きをすると、カウンターは割れて崩れ落ちた。
ウソでしょ!?やっぱり人間じゃないの??
私は後ずさりをして足をもつれさせると尻餅をついた。どうしよう。怖い。腰が抜けて動けない。
おじさんは「ドゥーユーノミ?」と再度問いかけながら私に歩み寄って来る。
そのとき、私の前にアークが立ち塞がり、おじさんに「あっちへ行け」と軽い口調で言った。おじさんはポカンとした顔をした後、窓のほうへ向かうと、雄叫びをあげながら片っ端から頭突きをして店内を壊し始めた。お客さんたちは全員いつの間にか居なくなっていた。




