⑥イベリスの失踪計画・3
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お客さんは次から次へと耐え間なくやって来て、久しぶりに働いた私は疲れ始めていた。ていうか、かれこれ3時間くらい経つけど、ライムさん、まだ赤ちゃんみてるのかな?
「イベリス、兄さまが今手伝ってやるからな!」
アークに手と足を縄で拘束されているイリアムが縄をほどこうともがきながらカウンター内の隅で騒いでいた。イリアムの身体は棚と壁の間にある隙間に押し込められている。
「イリアム、黙れ。暴れるな」
丸椅子に腰を下ろしているアークは、腕と足を組んだ格好でイリアムを睨んだ。イリアムはアークに「鬼皇子!」と罵声を吐いていた。
アークは私に微笑みながら少し意地悪な口調で言った。
「大変そうだな。失踪をやめるなら手伝ってやるぞ?」
「結構です」
疲れている私は吐き捨てるように答えた。
次にカウンター前に立ったお客さんは、若いのか若くないのか分からない容姿の男性だった。ベレー帽をかぶった彼は舌足らずな喋り方で話しかけてきた。
「すみません。フライパンください」
「はい、フライパンですね!」
ん?フライパン?
「すみません、フライパンはパンではございません」
男性は口の端に唾の泡をためながら据わった目で私に問いただした。
「ウソだ。じゃぁ、なんでフライパンはパンがつくんですか?」
「し、知りませんよ……」
なんなの?この人。
横から別のお客さんが話しかけてきた。
「すみません、靴ください!」
「え?靴……?」
なんかだんだん変なお客さんが増えてきた気がする……。変なお客さんで更に疲れた私にアークが再び喋りかけてきた。さっきとは違い、真顔で真剣な声だった。
「失踪をすればそんな大変な目に遭うんだぞ?失踪は諦めて俺の側にいろ。毎日旨いものを食わせてやるし何でも買ってやる。生涯をかけて愛してやる」
熱くてこそばゆいものが身体の奥を突き抜けた。それを振り切るように目をかたく閉じて首を左右に振った。駄目よ、イベリス。今は愛してるだなんて言ってても、半年後には別の女性を愛するんだから。心を強く持たなきゃ駄目。
そのとき、ドアが開いてベルがカランコロンと音を響かせた。
「いらっしゃいま……」
言葉に詰まり、非日常的なその光景に息を呑んだ。
 




