⑥イベリスの失踪計画・1
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4年の歳月が流れ、私とアークは16歳になっていた。
半年後のパーティーでアークは隣国の第一王女ランタナと恋に落ちる。だから私はそろそろいい加減失踪しなくてはいけない。
私に割り当てられた予算を全て貯金してきたので失踪資金はそれなりに貯まっている。あとは住まいと働き口を決めておく必要があるのだけれども、これが思いのほかうまくいかない。その原因はアークとイリアムとルーシーが邪魔するからだ。
「アークも兄さまも付いて来なくていいのに!」
秘密の通路から宮廷を抜け出した私は2人から逃げるように早歩きで平民街へと向かっていた。歩幅が大きい2人は何食わぬ顔で追いついてくる。
「なぜそんなことを言うんだ?イベリスは兄さま大好きだったろ?」
「何度も言うが失踪は許さんからな」
最近、アークとイリアムとルーシーの監視が一層厳しくなった。
アークはとっくの昔に皇子として受けるカリキュラムは全て終了しているため、時間を空けようと思えばいくらでも空けることができる。故に朝から晩まで私にべったりと付くようになり、更にイリアムとルーシーにも失踪計画をバラし、監視の強化を命じたせいで、私は1人で行動することが全く出来なくなってしまった。ちなみにルーシーは夜私を見張る担当になり、今は宮廷で寝ている。
「ねぇ、あの人たちカッコいいよ」
「シッ、声が大きい。はしたないって思われちゃうでしょ」
道ゆく女性たちがもれなくアークとイリアムに振り向いて見ていた。
アーク、イリアムと一緒に歩くと平民の格好をしていても目立ってしまう。2人ともこの4年間で180㎝越えまで身長が伸びた上に無駄に顔が整っているせいだ。ちなみに黒髪は悪目立ちしすぎるので、さすがにアークは栗髪のウィッグをかぶって来ている。
「今日はあのパン屋だったな」
歩きながら聞くアークを見上げて答えた。
「ええ。住み込みができるって言ってたし、雇ってもらえるか聞いてみようかと思って」
アークはしばし不機嫌な顔で黙り込んだ後再度口を開いた。
「あのパン屋にはリックによく似た男がいたな。あいつと恋愛するつもりか!?」
睨むように私に視線を下ろすアークと目を合わせた。
「リック……?旦那様のこと?旦那様は結婚してるじゃない」
アークは私の手を握ると自分のほうへと強く引き寄せ、顔を近づけた。
「ああ、その通りだ。そしてお前も結婚していて夫は俺だ。離婚する気は無いし、失踪も許さない。俺以外の男と恋愛は出来ない。観念しろ」
身体の奥をゾワッと熱いものが駆け抜けた。
アークが私のことを好きだという気持ちが伝わって来る度に少しずつ私の心はアークに侵食されていく。
4年前に私が平民になって恋愛結婚をしたいと言ったことをいつまでも覚えているアークは、ことあるごとにそれを持ち出しては不機嫌になる。そしてこの4年間、彼は私に好きだと何度も告げてくれた。最初は恋愛感情なんて全く無かったのに、気付けば私も好きになってしまっていた。
けれどもアークは半年後にランタナ王女と出会って恋愛結婚をする。それを横で黙って見てられるほど私のメンタルは強くない。ランタナ王女と出会うパーティーに出ないでほしいと言えばいいのかも知れないけど、運命の相手とアークを引き離すのは厚かましい気がしてやまない。
アークが私を好きだと言ってくれているのは一瞬の気の迷いだ。そして私がアークを好きなのも、アークの気の迷いが伝染しているだけだ。
私たちは本来恋愛関係にないはずだから、私がアークの人生から立ち去るべきなんだ。
そう考えている最中、イリアムが、アークが握っていないほうの私の手を握った。
「イベリス、皇子殿下に不満があるのは分かるよ。兄さまと二人きりの時間をくれないとか、兄さまに厳しく当たるとか。けどね、失踪はいけないよ」
アークがイリアムを睨んだ。
「イリアム、黙ってろ」
私は焦りながら言った。
「アークに不満はないよ」
最近のイリアムは心臓に毛が生えてるのかと思うよ。なんで毎回わざわざ皇子を怒らせるようなことばかり言うんだろ……。イリアムはもともと空気読めないところがあったけど、なんだか宮廷に来てからはわざと色々やらかしている気がする。
イリアムは引き続き「でも皇子殿下は……」と何かを言いかけたので、それを遮るように大声を出した。
「あ、着いたよ、パン屋さん!」




