プロローグ
種村さんは誰かの温もりを追い求めるかのように、筋張った小さな手でヒラヒラと宙をかいた。私はとっさにその手を両手で包むように握ると、拠り所を得た種村さんの手は安心したかのように私の手を軽く握り返した。
「種村さん、しっかりしてください……!」
そう話しかける私を、種村さんはベッドに横たわり、息を荒げたまま、潤んだ目で見上げている。
種村さんに家族はいない。いや、正確にはいるんだけど、特別養護老人ホームに入居した6年前から1度も来たことがない。
偏屈で憎まれ口ばかりたたく種村さんは、ここの職員である私の同僚たちにも嫌われている。私もたまに頭にくるけど、でも、亡き祖母に似たその性格を憎みきれない私は、いつしか『種村さん係』になっていた。
そう、種村さんは亡き祖母と姿が重なる。10年前、私がまだ15歳のとき、祖母が亡くなる寸前にひどいことを言ってしまったことを今でも後悔している。
――おばあちゃんなんて大っ嫌い!!――
理由は忘れたけど、きっといつもの憎まれ口が頭にきて言ってしまったのだろう。その後家を飛び出して友達と遊んでから帰ると、祖母はキッチンで倒れていて冷たくなっていた。死因は過労だった。
祖母はネグレクトの両親から私を引き取り、女手一つで働きながら育ててくれていた。まだ52歳だった。
お葬式が終わって、祖母の部屋を整理していたとき、私が幼いころに祖母にあげた落書きみたいな祖母の絵や、100円均一で買って、母の日にあげたカーネーションの造花が出て来た。
こんなゴミみたいなもの、いつまでも大事に取っていたなんて……。
なんだか切なくて苦しくなった。
さらに家計簿には私の大学進学費の項目があって、そこには毎月1万5千円づつ記されていた。そして、そのあと見つけた私名義の通帳には200万円入っていた。
おばあちゃんが毎朝キッチンで私のお弁当をつくっていた姿が頭を過ぎり、私は泣いていた。
おばあちゃんと姿が重なる種村さんを私は心のどこかで慕っている。その種村さんが、急に苦しみだしたのだ。いてもたってもいられず、種村さんの手を強く握りしめていた。
「もうすぐ先生が来ますから、大丈夫ですよ」
ゆっくりと大声で話しかける私に、種村さんは、今まで見せたことのないような、無邪気な笑顔になった。
「やさしく、して、くれて、ありがとう……ねがいが、かなう、ペンダント……あげる……」
息も絶え絶えに、子どものような舌足らずの喋り方だった。握っていないもう片方の手を布団から出したかと思うと、青いガラス玉のペンダントを持っていて私に差し出した。それは私が園児のときに持っていた魔法使いのペンダントそっくりで、どう見ても子どものおもちゃだった。
「願い……?」
種村さんは最近少しだけ痴呆が入り始めていた。私は子どもと接するような気持ちになっていて「ありがとうございます」と笑顔で言い、受け取った。すると、それと同時に種村さんは息を引き取った。
種村さんのお葬式が終わり、手元に残ったペンダントを見つめていた。
「願いかぁ……」
祖母の姿が思い浮かぶ。今の私ならどんな憎まれ口を叩かれても大っ嫌いなんて言わないし、昔よりも祖母を大事にできる自信がある。
「もし叶うなら、時間を巻き戻してほしいかな……」
そう言った途端、ペンダントの青いガラス玉が強烈な光を放ち、私はそのまぶしさに目をきつく閉じていた。
「なに……!!?」
1分……10分……1時間……いや、もしかしたら数秒だったかも知れない。ガラス玉が発光している間、時間感覚がおかしくなり、頭の芯のほうがなんだかぼんやりとしていた。光が徐々に収まり、目を開けると、そこにあった光景に私はしばらく呆然とせざるをえなかった。
あれ……?私さっきまで自分の部屋にいなかったっけ……?
キョロキョロと辺りを見回しながら考えるが、訳が分からない。
私の目前に広がっていたのは、中世ヨーロッパの宮殿のような内装の、レトロ豪華な部屋だった。けれども、なんだか懐かしいような気もする。自分の服装に視線を落とすと、ヒラヒラの真っ赤なドレスを着ていた。
コスプレ……?と思ったと同時にいろんな情報が一気に頭の中で広がり、全てを思い出し、理解した。
これは前々々々々々…………前世の私だ。それで、ここは多分、地球じゃない別の惑星で、全体的に身分制度とか服装とか中世~近世ヨーロッパとよく似ている。そして私は侯爵家で生まれ、政治的理由でこの帝国の第二皇子と1週間前に結婚をさせられたイベリスって名前の12歳の女の子だ。
こうなったのは全てあのペンダントが私の願いを叶えてくれた結果なのだろうか……?だとしても……
「いや……時間を巻き戻したいとは言ったけど……巻き戻しすぎ……」
とにもかくにも、ここから私の波乱なやり直し人生が始まった。