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幼馴染



おさななじみ



漢字で三文字。ひらがなで六文字。



そんな言葉少ない関係でしかない存在なのに、俺と紫苑は幼い頃から言葉で語りきれないほど、多くの時間を共有してきた。


だけど、現在までいい関係を構築できているのかというと、そうとは言い難いのが現状だ。



―――冬夜、貴方もっとしっかりできないの?そんなことじゃ将来が心配で仕方ないわ



―――貴方、日曜日勝手に出かけていたでしょう。私の許可なく行動しようだなんて、いい度胸してるじゃないの



―――冬夜は私のモノだと、何度言わせれば気が済むの?貴方はそのことを自覚しておく義務があるのよ




つい最近言われたことをざっと思い出すだけでもこんな感じだ。

口を開けばいつも理不尽なことばかり。だというのに、他のクラスメイトや友人には人当たりよく対応する。小さい頃から俺ばかりが、いつも紫苑に罵声を浴びせられていた。



紫苑にとって、俺はただの所有物。自分の意思すら持たせてくれないらしい。

この前の日曜日は荷物持ちが欲しかったらしく、翌日はしこたま怒られた。


理不尽だと思う。こんなことを言われるのは日常茶飯事だし、ストレスだって溜まりまくりだ。

俺は自分を紫苑の所有物だと認識しているわけではないし、自分の意思を持つれっきとしたひとりの人間なのだ。

断じて人形に甘んじるつもりはない。


だから無論、すぐに反論しようと試みたのだが―――



「……兄さんは、紫苑さんのモノじゃありません」


俺たちから一歩引いた位置で俯きがちに歩いていた俺の妹、久遠葉月が俺より先に口を開いていた。


「葉月…」


「あら、葉月がそんなことを言うなんて珍しいわね」


紫苑は少し意外そうに葉月を見る。それには俺も同感だった。

葉月は普段はおとなしく、紫苑に意見を言うことも滅多にない。

幼い頃から三人で常に一緒に遊んでいたが、基本的に葉月は俺たちの間では聞き役に徹していることが多かった。


紫苑は他のやつに対しては猫を被っているが、基本的に気が強いし俺もそこまで弱気なタイプってわけでもない。

…まぁ押しに弱いのは自覚してるが。


そんなふたりに挟まれて育ったのだ。気付いたら葉月は一歩引いた立ち位置にいたのも、必然だったのかもしれない。


「……今回はちょっと見過ごせませんでした。ここは通学路ですよ。誰かに聞こえているかもしれませんし、言うべきではないと思います」


「ああ、そういうこと。相変わらず気が回るのね。貴女のそういうところ、私は好きよ、葉月」


そう言って紫苑は柔らかい笑顔を葉月に向けた。

俺に向けることは決してないその笑顔に、胸の奥になにかがチクリと突き刺さる。


(…どうでもいいことだろ、こんなの)


急に湧き上がった感情に思わず顔を顰めていると、それに同調したわけでもないだろうが次の瞬間紫苑は「でもね」と小さく呟き、少し眉をひそめていた。


「これは私と冬夜の問題なの。いくら葉月でも口を出さないで頂戴。貴女はあくまで、冬夜の妹なのだから」


俺に向けるものよりはマシだが、それでも充分キツイ口調だ。

昔からの幼馴染でもある葉月に対しては、紫苑も素の自分で接していることは知っている。

つまりこれが紫苑の本音であるということなのだが、どちらにせよ俺にとってロクな話でないことだけは確かだった。だいたい、お前は俺にも口を出させないだろうが。


「…………」


紫苑の言葉に、葉月も押し黙ってしまっている。

あまりの傍若無人ぶりになにも言う気になれなくなったのか、唇を噛み締めている姿が心に残った。


(ごめんな、不甲斐ない兄貴で)


心の中で葉月に向けて頭を下げる。

本来なら反抗期を迎え、俺に対して嫌悪感のひとつでも持ってもおかしくないだろうに、紫苑と二人きりにさせるのもよくないからと、こうして朝の登校にも付き合ってくれるくらいできた妹だ。


時たま相談にも乗ってくれるし、親身になって接してくれる自慢の妹にこんな顔をさせてしまっている自分が、情けなくて仕方ない。


「…言い過ぎだ、紫苑。葉月は俺と違って打たれ強いほうじゃないんだよ。そういうことを言うのは俺だけにしとけ」


俺がこの場でできることと言えば、その矛先を俺へと変えることくらいだ。

安易な挑発であることは自覚しているが、紫苑は嬉々とした表情を俺へと向けた。


「あら、ようやく冬夜も自覚がでてきたのね。嬉しいわよ、なら出来の悪い幼馴染にいろいろ言わせてもらおうかしら」


どうやら目論見は成功したようだった。内心ホッとしながらその瞳をキラキラと輝かせ、横を歩きながらも好き勝手な言葉を吐き出す紫苑の言葉を聞き流そうと、俺は意識を空へと飛ばす。五月の空は、今日も晴天だった。


(葉月に悪いことしてるなぁ…後でなにか奢ってやるか)


そんなことをぼんやりと考えていたからだろうか。


俺たちの後ろで手を震わせながらその手を握り締めてる妹の姿に、気付くことができなかったのは。


「兄さん…」


歯を食いしばるように絞り出したその声に気付くことが、できなかったのは。

義妹だけどまだ気付いていないのって、いいと思います

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作ありがとうございます。 前作同様追いかけさせてもらいます。 相変わらずの心情描写の細かさで、非常に満足です。 [一言] また辛辣な感想にメンタル折られないように、気を付けて下さいな。 …
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