序章1 死後の出会い
俺はどこかわからない場所にいた。
俺の名は北条忍。
どうも俺は死んだらしい。
おいおい!ちょっと待て!
今日は令和元年5月1日だぞ!
元号が変わって、まだ一日も経っていないのに俺は死んだんかい!
別に新しい元号になったからと言って、これまでと違ったすんばらしい人生を期待していた訳ではないが、いきなり死ぬとはあんまりだ!
あまり記憶が定かではないのだが、死んだという記憶だけは一応ある。
はて?何で死んだんだっけ?
あまり記憶にない所をみると、どうも何かの突然死だったような気がする。
病気でも事故でもない・・・そう言えば記憶の最後に頭が痛くなった気がする。
すると脳溢血か何かで死んだのだろうか?
齢45歳、親も亡くなって天涯孤独だったが、それなりに生活はしていた。
一番の心残りは嫁さんはおろか、彼女すらできなかった事だが、例え時代が平成の世から令和の世に変わっても、こればかりはしょうがない。
ましてや俺はオネショタ好きだったので、若い頃に年上の彼女でも出来ていない限り、どうしようもない。
何しろ年を食っても、外見はおっさんになっていくが、恋愛感覚だけは10代程度のまんま進歩しないアホだったからなあ・・・せめて中学か、高校の頃に年上のお姉さんと出会えれば良かったのになあ・・・まあ、今更悔やんでも仕方がないので今後に生かそう。
うん、前向きだな。
さて、ところで、ここは一体どこだろう?
俺の目の前には宇宙空間のような場所が広がっており、俺はその場所にポツンと浮かんでいる。
死んだのはともかく、ここは一体何なのだろうか?
「やあ、気分はどうかな?」
突然、どこからか声がしたが、俺がキョロキョロと周囲を探しても、どこにも誰も見えない。
「ああ、いくら探しても、私の姿は見えないよ」
「誰?」
俺の質問にその「声」が答える。
「それは中々返事に困る質問だね。
そうだな、君たちの世界の言葉で言えば、一番近い表現をするならば「高次元管理知性体」とでも言えば良いのかな?
まあ、面倒ならもっと簡単に「神」でも良いよ」
「神?」
「まあ、似たような物さ、私はある世界を司っているからね」
本物かどうかはともかく、いきなり神を名乗る者が、自分に話しかけてくるとは驚きだ。
「その神様が何の用です?」
「実は君に頼みがあってね」
「頼み?何の用事です?ところで姿が見えないのは話しにくいので、こちらの目に見えるように姿を現して話してもらえませんか?」
俺の要望に相手が答える。
「こうかい?」
その声と共に、俺の目の前に、ギリシャ風の賢者のような姿の若い男が現れた。
「まっ、姿なんかどうでもいいんだが、君の私に対するイメージと、私の観点を摺り寄せると、妥協点はこんな感じかな?固定観念が生まれるので、あまりお勧めはしないけどね」
若い賢者が笑いながら話し続ける。
「それともこっちの方が良いかな?」
そう言うと若い賢者は、いきなり髭を生やして杖を持った老人に変化する。今度はローマの哲学者のようだ。
「わしとしてはどちらでも良いがな?」
どうもこんな老賢者然としては俺としては話しにくい。
「・・・若い方が話し易いので、そちらにしてください」
俺がそう言うと、再び老賢者は若い賢者に戻り、話し始める。
「実は君に、とある世界、まあ、それが私の司る世界な訳なのだが、そこに転生して欲しいんだ」
「転生?」
「ああ、というか、君には事後承諾で悪いが、もうこれは、ほぼ決定事項なんだ」
「決定事項?どうしてです?」
「私がそう決めたからだ。ホウジョウ・シノブ君、君はもうその世界に転生するか、元の世界で生まれ変わるか、その2択しかない」
「それだったら元の世界に戻してもらった方が・・・」
いきなり出てきた怪しい自称神だか何だかの話を聞いて、そんな訳のわからない世界などに転生したくはない。
それなら元の世界で十分だ。
しかし、そう返事した俺に自称神様は笑いながら話し続ける。
「まあ、そう結論を急ぎなさんな。
ちょっと聞きたいんだが、そもそも君は以前の世界にそんなに未練があるのかい?」
確かにそう言われると返事に困る。
別に今まで生きてきた人生が順風満帆という訳ではなかったし、思い出しても正直満足した人生という訳ではない。
しかしだからと言って、知りもしない変な世界に転生されるのはごめんだ。
「それは確かに微妙ですが、しかしそれと比べて、これから転生する世界の方が良いと言うこともないわけでしょう?」
しかし、神様とやらは俺の発言をあっさりと否定する。
「いや、そっちの方が君に取って、断然、得なのは間違いがないと思うな」
「なぜです?」
「なぜなら元いた場所に生まれ変わるなら、以前と似たような境遇だが、私の司る世界に転生するならば、君は可能な限りの特典を受けられるからだ」
「特典?可能な限りの?」
何だか、電話で勧誘する怪しげな商売か、宗教みたいな話になってきたぞ?
「つまり、大資産家の子供に生まれたり、非常に高い才能を持って生まれるという事が可能なのさ。
何ならどこかの国の王子でもいい」
「ははあ・・・」
なるほど、いわゆる有利な条件をつけてもらっての異世界転生という奴か?
生きていた時にそれなりにその手の話は読んでいたので、俺がそう考えると、その俺の思考を感じ取ったのか、自称神様がうなずく。
「まあ、そんな感じではあるな」
「転生するのは、どういう世界なんですか?」
少し興味を持った俺が質問をすると、自称神様が即座に答える。
「君の今までいた世界で言えば、いわゆるファンタジーな魔法世界だな」
「つまり剣と魔法の世界という訳ですか?」
なるほど、御約束ってやつか。
「そうだよ」
「そこでは俺にも魔法が使えるんですか?」
「それは君の望み次第だね」
「文明の度合いとしては?」
剣と魔法の世界といってもあまり原始的でも困るし、かと言って機械文明が発達している状態での魔法世界も今一つ気持ちはそそらない。
俺は漠然と中世ヨーロッパのような物を期待したが、果たしてそれに対する答えが返ってきた。
「君の想像通り、君が転生する予定の場所は、地球の感覚で言えば、中世ヨーロッパだね」
キター!本当に御約束だな。
今の感触ではまんまRPGゲームの世界だな。
しかし、だいたいの感覚はわかったが、魔法の世界にも色々あるし、中世ヨーロッパにも色々とある。
まあ、その辺は後で考えよう。
もしこの話が本当ならね?俺は騙されない男だよ?
そう考えて俺は話を進めた。
「その世界に転生できると?」
「その通りだ」
「どういった形で転生できるのですか?」
「それは君の希望しだいだ。
金持ち、王子、魔法使い、その世界で可能な限り、何でもござれだ。
その世界の法則に反するような事でなければ、およそ大抵の希望は叶えよう」
何でもござれときたもんだ。
こりゃまた随分と大盤振る舞いだ。
普通こういうのは、何か一つか二つ、こちらの希望を聞く程度の筈だが、何でも叶えてくれるとは、神ではなくドラ○もんか?
それにしても突出した能力を一つ二つならともかく、何でも望みをかなえるとはいくら何でも条件が良すぎるだろう?
「何でそんなに気前がいいんです?」
どう考えても自分は何の変哲もないただの人間だ。
それを転生させるのに条件が良すぎるのは怪しい。
異世界転生作品が溢れている昨今、それを狙った、転生詐欺でも流行っているのだろうか?
しかし、気の良い年寄りならともかく、転生作品を読んでいる擦れているような連中が、そんな詐欺に簡単にかかるとも思えない。
そんな事を考えている俺に自称神様が説明を始める。
「私にとって、君がその世界に転生する事が必要だからさ。
だから私も少々、いや、かなりの無理は聞くつもりでいる」
「必要?私なんて何の変哲もない人間ですよ?
自分で言うのも何ですが、こんな人間程度なら、もっと能力の高い人間がいくらでもいるでしょう?
何で私がその世界に転生する事が必要なんです?」
「その説明を君にするのはかなり難しい。
まず能力というが、そんな物は今言った通り、私がいくらでもつけてあげられる。
君がそこに転生する理由は一種のバランスを保つためと思ってもらっていい。君がこれから行く世界は私が司っている世界なのだが、少々思った方向と違う方向に進んでしまってね。
それを修正するために君が必要なのさ。
その修正を頼むために君にはそこへ転生してもらいたい。
そしてこれは半強制的な事なので、私としても心苦しいので、せめて君の望みを可能な限り聞きたい、そういう訳さ」
その説明を聞いて俺は驚いた。
「世界の修正?
そんな大それた事を私にはできませんよ!
それにあなたがその世界の神様なら、あなたが修正をすればいいじゃないですか?」
俺はもっともな質問をする。
自分がその世界を司っている神ならば、その世界を自由自在にできるだろうに、なぜこんなただの人間に頼るのだ?
「修正を頼むと言っても、実際に何かを君に頼むわけではない。
君は転生したその世界で、好きな事をすれば良いのだ。
自由気ままにね、それが結果として世界の修正につながる。
そして神といってもその世界を粘土細工のように好き勝手に出来る訳でもないんだよ。これが結構制約があってねぇ・・・例外はあるが、その世界に干渉する場合は、このように誰か代理人を立てて、その者に実行させる事が多いのさ」
「しかし正直言って面倒そうな話ですね?
私が断ったらどうなるんです?」
「その場合、君の転生する場所は以前の世界になる。
そしていわゆる普通の生まれ変わりとなって、以前とあまりかわらない人生を過ごす事になるだろう」
前と同じ人生か・・・確かに正直言って、それはあまり面白くはない。
つまり以前の人生に戻るか、望みどおりの条件をつけてもらって異世界に転生して好きな事をするか、という先ほど言われた通りの2択な訳か・・・
確かにそれならば異世界に転生した方が良いだろうな。
ただし、その話が嘘でないならね。
「まあ、それが本当なら、確かに異世界に転生した方が良いですね」
そう俺が答えると、自称神様は、心なしか嬉しそうに答える。
「だろう?どういった風に転生したいんだい?」
「いや、それが本当ならと言ったでしょ?」
「本当だよ」
当然のように、あっさりと肯定する自称神に、正直俺はあきれて答える。
「どうやってそれを証明してくれるんです?
大体あなたは自分の事を神だと言っているけど、それを私に証明する事だってできないじゃないですか?
それこそ実は本当は神様のふりをして俺をだまそうとしている悪魔なのかも知れない。
一体それをどう証明するんです?」
「神の存在証明かい?
確かに君の言う事はもっともだ。
では逆に聞くが、どうしたら私が神とは言わないでも、単に君に頼みごとをしている存在で、騙している訳でもなく、君に有利な事を働きかけていると信じられるんだい?」
そう言われると確かに困る。
一体どうすればこの存在が言っている事が本当だとわかるだろうか?
「そう言われても・・・そもそも、まず魔法のある世界ってのが信じられないでしょ?
ゲームならともかく、魔法なんてもんが実際にありえる訳がない!」
俺の当然の疑問に自称神は微笑んで答える。
「どうしてだい?」
「だって自然の摂理に反しているじゃないですか?」
一応これでも俺は理系人間だ。
ゲームと現実の区別位はつくつもりだし、魔法なんて物理法則に反した物が、実際にありえる訳がない事くらいはわかる。
「君が言うのは物理法則の事かい?」
「そうです。
エネルギー保存の法則にしても、質量保存にしても魔法は物理に反しているでしょう?」
「そうでもないさ」
「どうしてです?」
「まず、質量保存の法則は核エネルギーの存在によって近似値である事はわかるだろう?」
「まあ、それは確かに・・・」
アインシュタインの有名な法則によって、質量はエネルギーに変換できる事は知られている。
従って質量保存の法則は化学的には正しいが、素粒子のレベルまで考慮すれば、近似値となる。
それ位なら俺も知っている。
「それに君たちが住んでいる10次元空間は・・・」
その言葉に俺はギョッとして驚く。
「10次元?私のいた世界は3次元、時間を入れたとしても4次元時空ですよ?
何か間違っていませんか?」
「いや?確か君のいた世界の21世紀初頭には、10次元な事は証明されたはずだが・・・」
「そんな事は聞いた事はありませんよ」
自称神様がとんでもない事を言い始めるが、もちろん俺はそんな事を聞いた事もない。
「う~ん・・・きみはアインシュタインやホーキングを知っているだろう?」
「まあ、それは一応」
アインシュタインは相対性理論で、ホーキングはブラックホールの理論で有名な科学者だ。俺の様な理系人間でなくとも、大抵の人間でも名前位は知っているだろう。
「ではホーキング放射に関しては?」
「詳しい事は知りませんが、確かブラックホールから熱放射があるという事だったと思いますが?」
「その通り、何でも吸収するはずのブラックホールから熱が出ているという理屈さ」
魔法がありえないという話のはずだったのに、えらい現実味を帯びた物理的な話になってきたな・・・これ何の話?
「それと魔法に、何の関係があるんです?」
「もう少し私の説明を聞けば、関係があるのがわかってくるさ。
まず君に聞くが、光さえ吸い込むブラックホールが、どうして熱を外に出すんだい?
これは君の言う物理法則に反しているんじゃないかな?」
言われてみればその通りだが、そこまで物理学に詳しくない俺にはわからない。
「それは・・・言われてみれば、その通りだと思いますが、残念ながらわかりません」
「当時、ホーキング放射を発見したホーキング自身もそれを不思議に思ったのさ。
何しろそれまでの物理法則的にはありえない事だからね」
「はあ、それで?」
これ本当に魔法と関係あるの?
俺の疑問をよそに自称神様は話を続ける。
「その理由は21世紀になって、君たちの世界が、3次元でも4次元時空でもなく、10次元だからだと証明された」
いきなり話が飛んで俺は驚く。
「は?10次元空間?そんな話が?聞いた事もありませんよ?
それに私は見た事もありませんが、残りの次元はいったいどこにあるんです?」
「そりゃ見えないよ。それは3次元の中に非常に微小な形で畳み込まれているのさ。
それこそ原子より小さい空間にね。だから普通の3次元では感知できないんだ。
その余剰次元の熱がわずかにホーキング放射となって外部に発散される。
それがホーキング放射の正体だったのさ」
「初めて知りました・・・」
俺が素直に驚いて話すと自称神様は肩をすくめるように話す。
「そりゃあね、21世紀でも専門家でもない限り、あまりそんな事は知らないからね。
この説明も結構杜撰で、正確に言えば間違いなんだが、これ以上簡単には説明できないので、仕方がない。
ようするにホーキング放射という物は、今までの3次元の理論ではありえない事になっている。
それはわかるだろう?
そしてその問題は簡単に言えば、君たちの世界が10次元だと考えれば解決するという事がわかったんだ。
その10次元空間は君たちの世界では、カラビ・ヤウ多様体とか、カラビ・ヤウ多様空間と言われている。
そして魔法という物は、そのカラビ・ヤウ多様体の残りの折りたたまれた余剰次元のエネルギーの発露なのさ。
だから3次元ではありえないような物質の生成や熱エネルギーの変換が起こりうる。
それが君たちの言う所の魔法という訳さ。
まあ、君としては魔法という物が、決して物理法則に反している訳ではないという事がわかってもらえれば、それで良いさ」
この自称神様の話は、俺の理解を超えていて、どこまで本当なのかわからない。
まるで見てきたような嘘みたいな話だ。
そのカルビだか、カピバラだか、何たらとか言う物が本当にあるのかもわからない。
「・・・そんな話は始めて聞きました」
「そりゃそうさ、まだ君の生きている世界では、その事は全く解析されていない。
ほんのとば口についたばかりだ。
25世紀辺りにでもなれば、結構当たり前の話になるが、君のいる時代では、まだほんの触りの所だ。
つまり、君のいた時代に初めて君たちの世界は今までの3次元空間ではなく、10次元カラビ・ヤウ多様体で構成された事が判明した訳だが、これはかつて地球が球体だった事が判明した時や、地球が太陽の周囲を回っている事がわかった時に匹敵するほど驚くべき大発見なんだ。
でも、まだ君の時代には、ほんのわずかな人々しか、それには気づいていないのさ」
確かにそれが本当なら俺は地球が丸いと説明されているのに、地面はまっ平らだから、そんな事はありえないと言っている古代人や、地球が動くなどありえないとガリレオを裁判にかけた宗教関係者みたいな者だが・・・・本当なのだろうか?
「そして君の世界では畳み込まれて活躍できない余剰次元のエネルギーこそが、魔法の源であるという訳なのさ。
いわゆる魔力とか魔素なんて言われている物が、そのエネルギーな訳だ。
それが3次元空間に転換しやすい世界と、君のいた世界のように非常に3次元に転換するのが困難な世界がある。
せいぜいホーキング放射程度にしかね。
そして私の司っている世界では、そのエネルギーは非常に3次元に転換しやすい世界で、それはいわゆる魔法のエネルギーとして解放されている。
少しはわかってくれたかな?」
まるで狐に馬鹿にされて、言いくるめられたみたいだ。
「・・・・正直全然わかりませんが、仮にそうだとして、それでなぜ私がその世界に行く事になるんです?」
これ以上聞いてもわからないので、魔法の件は一応それで納得するにしても、今度はその世界に平々凡々たる自分が行く理由が全くわからない。
「う~ん、そいつの説明はまた難しいな・・・そうだね、またもやかなり杜撰な例えで申しわけないんだが、君も将棋やチェスはわかるだろう?」
「それはまあ・・・」
これでも俺はそれなりにその手のゲームも好きで、そこそこの実力は持っている。
「そのゲームの目的は敵の王を追い詰める、別の言い方をすれば、相手の王を取る事だよね?」
「そうですね」
「ではなぜゲームが始まった瞬間に、君は敵の王を手で取らないんだい?」
「は?」
何を言っているんだ?この人は?
俺は相手が言っている意味がわからなかった。
「だって敵の王将を君の手で取ってしまえば、敵の王はいなくなる。
その場で君の勝ちは決定じゃないか?」
ああ、そういう事か・・・つまり相手の王将やキングを取るという部分だけ考えれば確かにそうなるだろう。
しかしもちろん、そこには将棋やチェスのルールもへったくれもない。
ようやく相手が言っている意味がわかった俺が答える。
「それは・・・将棋やチェスには一定のルールがあって、そんな事はできないからです。
そのルールに反すれば、そもそもその競技が意味を成さないからです」
もちろん、こんな事はこの相手も承知の上だろう。
それをあえて俺にその説明をさせたくて、こういった質問をしたのはわかる。
「うん、私の世界もそんな感じでね。
私が将棋版と駒に対応する物を作る事はできるが、それを直接操作する事は許されないんだ。
しかし将棋で言えば、ここぞと言う場面で、持ち駒の金や歩などの駒は打ち込む事はできる」
「つまり、私がその金や歩の駒だと?」
「御名答!絶妙な場面で、君という駒を私の世界に打ち込む事で、私は自分の世界を間接的に修正する事ができるのさ」
「しかし、それでは私の行動でかなり事情が変わってしまうのでは?」
その俺の言葉に神様は肩をすくめて答える。
「そりゃ多少はね。
だけどそれも決して私の都合に悪くはないのさ。
別の表現をすれば、川の流れの中に太い杭を一本打ち込めば、水の流れはどうしたって、それを避けて通らざるを得ない。
それによって川の流れは変わる。
君の立ち位置はその杭のような物と言える。存在その物が重要なんだ。
だから君は私の転生させる世界で好き勝手にしていいんだよ。
それ自体が私を助ける事になる。そういう事さ」
「なるほど、事情が多少はわかってきました。
しかしやはり釈然とはしませんね」
「そりゃ仕方がない。
残念ながら私にもこれ以上はうまく説明できないからね。
どうすれば君に信用してもらえる説明をすればいいか、私にもわからないよ」
「例えば、試しにその世界をここで見る事とかはできるんですか?」
「その程度は簡単さ、そらね」
そういうと俺の目の前に、映画のようにどこかののどかな草原が広がり、しばらくすると場面が切り替わり、町の風景が広がる。
確かにそこは中世ヨーロッパのような雰囲気の町並みだ。
なるほど、説明された通り、これはファンタジーなゲームの世界のようだ。そんな一連の風景を一通り見終わると、自称神が説明を再開する。
「今のは君の希望通り、これから君が行く世界をざっと見せてみた訳だ。
だが、君の言い分からすれば、これだって、疑おうと思えば、実際には存在しない、私の作った捏造映像かもしれないし、何より仮にこの映像が実在する世界の物だとしたって、君はそこではない、他の世界に転生させられるかも知れないわけだろう?」
「確かにそうですね」
しかし、この相手が神だか悪魔だかは知らないが、これだけの所業をできる存在ならば、逆らっても無駄なのは間違い無さそうだ。
「わかりました。その世界に転生させてください。
もう単純にどこかのお金持ち領主の息子辺りでいいです」
逆らっても無駄と考えた俺がさっさとこの面倒を終わらせたくなって、適当に希望を述べると、この神だか悪魔だかが止めに入る。
「まあまあ、そう自棄にならないでくれ。
動揺させたのは悪かったが、君を良い条件で転生させたいというのは本当なんだ。
もう少し前向きに考えてくれないかな?」
そうは言われても、こんな世界の常識を超越した存在が相手では、こちらとしてはどうしようもない。
「しかし、私としてはどう考えても、あなたの言う事には反論できそうにないし、かと言って、信じる事もできそうにありません」
「確かにそれはもっともだが、困ったね」
しばしの間考えると、彼は再び話し始めた。
「そうだな、こう考えたらどうだい?
別に私が神でも悪魔でも良いが、君は私がほぼ万能な存在である事は認めるわけだよね?」
「そうですね。それは認めざるを得ないでしょう」
そうでなければ、こんな事は夢以外にありえない。
「では、もし私がそんな万能の存在ならば、君の意思とは関係なく、ファンタジーな世界だろうが、地獄だろうが、どこだろうが、私の望む場所に君を勝手に叩き込めば良いとは思わないかい?」
「それは・・・そうですね・・・」
確かにこの相手ならばそれは可能だろうと思う。
なんでそれをせずに、こんなにダラダラと自分と話しているのか、不思議なくらいだ。
「では、そうは勝手に出来ない可能性はどういう場合がありうると思う?」
そう質問されて俺は考えた。
そんな事が可能なのに実際にそうはしないで、こうしてわざわざ俺と話す可能性と必要性・・・こちらの意思とは関係なく、何でもできるのにそれをしない、その理由?・・・う~ん、なんだろう?
まてよ?こちらの意思?
・・・ひょっとして、こちらの同意が必要な場合か?
「そうですね・・・それはその行為を行うために、何らかの理由で、私の意志の確認や同意が必要な場合ですかね?」
「その通り!君の許諾がなければ、その世界に送れない、もしくは送りたくない場合しか考えられないよね?」
「そう・・・ですね」
どうやら俺の考えは当たりだったようだ。
「ならば、今こうして君の意思を確認している訳だから、私を信じてもらえるんじゃないかな?」
「しかし、その説明が虚偽で、私の許可を得るがために嘘の説明をしている場合もありえますよね?」
「つまり私が君に対して詐欺的行為を働くと?」
「はい、その通りです」
ありていに言えばその通りだ。
しかし自称神はそれをあっさりと否定する。
「それはないよ」
「なぜです?」
これほどの存在なら俺を騙くらかす事などどうでもないはずだ。
いや、それ以前におそらく騙くらかす必要さえないのではないだろうか?
「なぜならば、そういった詐欺行為を働くなら、結局は君の意思を無視する行為となる。
だってそうだろう?
私が何でも可能な万能の存在ならどこへでも君を送り込める。
それなのにこれだけ散々説明をして話しておいて結局君を騙して違う場所に送り込むなんてこうして話している意味がないだろう?
そんな手間暇をかけるくらいなら、最初から君の意思や同意など無視して、自分の好きな場所へ、さっさと強制的に君を叩き込めばいいからさ。
そうだろう?わざわざ君をだましてから送るのでは二度手間だよ」
「では、例えば私の許可だけが必要な場合は?
そうですね・・例えばあなたに何かのノルマのような物があって、とりあえず、私に「うん」とだけ言わせれば後の事はどうでもよい状況ならば?」
俺がそう言うと神様は腹を抱えるように笑い出す。
「ははは・・・いや、凄い発想だね!
まるで悪魔の魂の契約みたいだね?
でも、安心していいよ。
もしそんな状況があるとすれば、君が「もし嘘をつかれたら、その場合は許可はなかった物とする」とでも言っておけばいいじゃないか?」
「・・・なるほど、言われてみれば確かにそうですね」
そしてその約束を無効にするほどの相手なら、やはりわざわざ俺と話し合いをする必要などないのだ。
もしこの自称神が悪意ある存在ならば、何でもできるのであろうから。
「それでもまだ疑うなら、例えば君に対して私がそういった詐欺的行為をして、君が困惑したり、がっかりするのを楽しむ存在という可能性ぐらいしかないが、仮にも万能の存在が、そんな時間つぶしにもならない馬鹿馬鹿しい事をすると思うかい?」
「・・・確かにそれはないでしょうね」
万能とも言える存在が、そんな事をしても空しいだけだろう。
それこそ賽の河原で石を積むよりも空しいだろう。
「では、これで私が少なくとも君を騙そうとしている疑いが晴れたかな?」
確かに今の説明は理に適っている。
どうやら俺は無駄な疑いをこの人物?にかけていたらしい。
万事を納得した訳ではないが、少なくとも俺を騙す目的ではなさそうだ。
「そうですね、疑って申し訳ありませんでした」
「いや、わかってもらえればそれで良いよ。
それでようやく当初の問題に戻れる訳だが、君はどういう転生をしたいんだい?」
「それに関してはもう一度聞きたいのですが、一体なぜ私なんですか?
そんな目的には自分より相応しい人間がいくらでもいそうな気がするのですが」
「それは君の「個性」が必要だからだ」
「個性?」
「ああ、君の「本質」と言っても良い。
確か君の世界の仏教では第九感とか、九識、別名「阿摩羅識」と言ったんじゃなかったかな?
さっきも説明したように能力なんて結構どうにでもなる物なんだ。
だが個性とか性格といった物は実に扱いにくくてね。
そうそう我々でも変えたり、作ったりするのは難しい。
無理に変えると、その人間本来の資質が失われる可能性もある。
そうなると本来の力を発揮しない。
だからこういった場合でも個性を変える事はしない。
後で間違いなく悪い影響が出るからね。
君の第九感はこの仕事に向いていると思ったので、こうして来て貰って、説得している訳さ」
第九感だって?セブンセンシズとか第八感なら、昔どこぞの格闘漫画で読んだ記憶はあるが、九感なんて物があるのか?
あの漫画風に言えば「ナインセンシズ」か?
そういや俺は読んでないが、続編かなんかで、それが出てきたとか言ってる奴がいたな?
そのうちテンセンシズとかイレブンセンシズとか言い始めそうだ。
「ははあ・・?」
しかし正直な所、何の事だか、よくわからない。
「例えばこうだ。悪いけど、ほんの少しだけ、君をいじらせてもらうよ」
そう言われた瞬間、俺は意味もなく悲しくなった。
涙が後から後から溢れて胸も張り裂けんばかりに悲しくなったのだ。
「もちろん、こんな事もできる」
そう言われると、今度は突然笑いがこみ上げてくる。
もう、笑わずにはいられない。俺は大声で笑い出した。
苦しくて腹がよじれるほどだ。
「まあ、こんな感じだよ。わかってくれたかな?」
神様がそう言うと、俺は普通の状態に戻った。
「今のはちょっとだけ君の感情の表層を操ってみた。
これでわかってくれたと思うけど、私はその気になれば、君の感情でも記憶でも自由に操る事ができるんだ。
もちろん、意志も含めてね。
だが、そんな事はしない。
そんな事をすれば君の本質、つまり第九感が損なわれるからだ。
君に仕事を頼みたい身としては、それは是非とも避けたい部分だ」
「な・るほど・・・」
確かにこの自称神様ならば、こちらの意志を捻じ曲げて、いや、意志を捻じ曲げた事さえ気がつかせずに、自分の思うがままに俺を操る事が可能なはずだ。
それをここまで説明するのは、確かに悪意があるとは考えにくい。
「まあ、だから私としては君の意志を尊重し、尚且つ仕事を依頼する身としては、君の希望は可能な限り叶えて、その世界に送り出したい訳さ。
わかってくれたかな?」
「はい、だいたいわかったと思います」
「それにねえ、君は自分をごく普通の人間だと言うが、実はこれでも私は苦労して君を見つけたんだよ?」
「そうなんですか?」
「ああ、まず自分の世界と似た世界を見つける所から始めたからね。
住んでいる生物や世界観、星の自転、公転周期、地軸の傾き、時間の概念、季節の概念等々、魔法が使えない以外はそっくりな世界を見つけるのは苦労したよ。
その中でさらに自分の世界の修正に必要な個性を見つけるのは大変さ。
それは宇宙の中から一つの原子を見つけるような難しさだ。
それは私にとっても非常に辛く難しい仕事だったよ」
「はあ・・・」
「だから、君は胸を張って私に選ばれた事を誇りに思ってもらってもいいくらいさ」
「まあ、その件に関しては、説明していただいて、ある程度納得しました」
「うん、それで?どうする?」
「それは、もうさっきも言ったように、単純にどこかのお金持ち領主の息子でいいです」
「ふ~ん?どこかの国の王子ではなくて良いのかい?」
「王子だと色んなしがらみや政治的な面倒な事が出てきそうなので、正直できればそんな事にかかわりたくないです。
ですから地方領主の息子あたりでよいです。
それなら一生を気楽に過ごせそうですからね」
俺が説明をすると神様がうなずいて一応納得する。
「うむ、なるほどね、その方が賢明かもしれないね。
確かにそれは可能だが、しかしそれがお勧めかというと、あまりお勧めはできないな」
「何か問題があるのですか?」
「うん、先ほども少々説明したが、私はその世界にあまり直接干渉はできないんだ。
だから私が設定できるのは最初だけでね、その後に何かあっても助ける事はできない」
その説明では言っている事が今ひとつわからなかった。
「え~と・・・つまり?」
「例えば君をその地方領主の息子とやらに設定して転生させるのは構わないが、その後で、革命が起こったり、隣の領主から戦争をしかけられたりしても、その件に関しては助ける事はできない。君は面倒ごとが嫌いのようだから、そのような事は、出来れば避けたいだろう?」
「あ~なるほど」
革命や民衆反乱などは、よほど馬鹿な圧政をしなければ大丈夫だろうし、自分は領主になっても、そんな事はしない自信はある。
しかし確かに戦争などはこちらがそのつもりがなくとも、相手の気分一つなのでどう転ぶかはわからない。
例えば、俺が善政をしいていれば、自分の領土が豊かになるが、それが逆に近隣から妬まれて、逆恨みで戦争の種になる事だってありうるのだ。
つまり、確かに金持ちで領主の息子であれば良いという単純な問題ではなさそうだ。
能力を一つ二つ貰うのならともかく、何でも願いが叶うってのは、意外に面倒な事なのかも知れないな。
贅沢な悩みって奴だけどね。
「先ほどから説明している通り、私としては一方的に君にこのような事を頼むのは少々気が引けているし、君には納得して転生してもらいたい。
私も君に後で騙されたと思われるのは嫌だし、君としてもそれは納得がいくまい?
だからその場の思いつきのいい加減な希望を言って、自棄になって欲しくはないんだよ。
ただ、どんな能力や才能を持っていたって、人生面倒な事は必ずあるし、それを解決しなくては前に進めない。
それはわかるだろう?」
確かにそうだ。
しかし一応、人の人生をここまで考えてくれるとは、この神様だか悪魔だかは、結構人が良いんじゃないだろうか?
俺のその思考を読み取ったのか相手が笑いながら答える。
「まあ、人が良いというよりも正直、私も君に恨まれたくはないからね。
それに君を転生させる事が私の目的でもある訳だから、出来れば私の望む方向性に世界を変えたい。
そのために出来ることは可能な限り手を打っておくと言うところかな?」
なるほどね。
状況が段々わかってきた。
これは落ち着いてちゃんと先まで見据えて考えた方が良さそうだ。
文字通り、一生の問題になるんだしね。
「わかりました。
お陰さまで私も落ち着いてきました。
それは確かに慎重に考えたいですね、考える時間はどれくらいあるのですか?」
「それはいくらでもさ」
「いくらでもって?」
驚いて聞いた俺に神様が説明をする。
「君の考える時間が例え何日、何ヶ月、いや何年に及ぼうとも、それは君の主観時間であって、この場所では時間が0になるので問題はない。
いくらでも考えるがいい」
「ははあ、でもそれだと私がここで永久に考えているのもありなのですか?」
「君がそれを望むならそれでも良い。
しかし、君がそれに飽きて転生を望んだらその場所に行くのは決定なのだ。
それに君はこんな場所で永久に一人でいたいのかい?
永久と君は簡単に言うが、それはとんでもない長さだよ?
もちろん聞きたい事があれば、私が答えるが、この場に誰かを呼んだり、不要な物を取り寄せる事はできないよ」
なるほど、言われてみればその通りだった。
こんな何もない宇宙空間のような場所で何年も、いや何世紀、ましてや何億年も一人でいる気にはなれない。
それに神様にしてみれば、おそらくこちらの考える時間が1分だろうが、1世紀だろうが、おなじなのだろう。
これは確かに慎重にではあるが、とっとと条件を考えて転生した方がよさそうだった。
「わかりました。
ただ考えをまとめるのに、せめて紙と書く物くらいは欲しいのですが、どうでしょう?」
「それ位は大丈夫だよ」
神様がそういうと、いつのまにか俺の横に学校の机と椅子のような物が現れて、机の上にはノートと鉛筆、消しゴムがあった。
言ってないのに机と椅子も出してくれるとは神様も中々サービスがいい。
うん、もうこの人「神様」でいいや。俺もチョロいな。
「その鉛筆はいくら書いても減らないし、消しゴムも同じだ。
ここにいる間は腹も減らないし、乾きもない。
眠る必要もない。
後はゆっくりかんがえるが良いよ」
「はい、ありがとうございます」
「どういたしまして、こちらも君が前向きに考えるようになってくれてうれしいよ。
他に聞きたいことはあるかい?」
そう問われて、俺は先ほどから最も気になっていた事を質問する。
「この転生で、私のデメリットは何ですか?」
何と言ってもこれに尽きる。
先ほどから景気の良い話ばかり吹き込まれているが、そんな良い事ばかりの筈がない。
この転生によって俺が困る事や厄介な事がある筈だ。
後で魂を寄越せとか言われるんじゃないだろうな?
それだったら神様じゃなくて悪魔決定だ。
「ははっ、別に魂をもらったり、後で膨大な額の請求書が来たりなんて事はないさ。
君にデメリット、損や困る事は何もない・・・と言いたいところだが、君を騙すつもりも、誤魔化すつもりもないから、はっきりと言わせてもらうと、それは君次第と言うべきかな?」
「私次第?」
「ああ、先ほどから説明してあげるとおり、転生する時には私はその世界の法則に反しない限り、君に可能な限りの能力もつけてあげられるし、持ち物も何でも持たせてあげる。
しかしそれを活用できるかは君次第だ。
世界一の金持ちになったからって本人が幸せとは限らないし、世界一の天才や魔法使いになったからって、それが幸せかどうかは本人以外にはわからない。
君が何もかも知りすぎて、そのせいで誰にも理解されずに孤独になってしまうかも知れない。
王様や王女になったって、君がさっき言った通り、面倒なだけかもしれない。
そして面倒だからといってわがまま放題すれば部下に殺されてしまうかも知れない。
だから私が君の言う通りの能力をつけて転生してあげても、君はそれを転生した後で活用し切れなくて、疎ましくなって、後悔するかも知れない。
それは君だってわかるだろう?
そしてその私がつけた能力が、場合によっては結局デメリットとなってしまうかも知れないのさ。
こんな筈じゃなかった!とね」
その神様の説明はもっともだった。
つまり刃物を渡されてそれを凶器として使うか、料理用に使うか、自分次第だし、それを料理用に使ったとしても幸せになれるかわからないし、凶器として使ったとしても不幸になるかはわからない訳だ。
そう言えば、俺には昔、苦い経験があった。
俺はある才能を持った知り合いに惚れ込んで、そいつにその才能の仕事をさせようとしていた。
そいつは間違いなく天才的な才能を持っていたが、非常に性格に難がある奴だった。
しかし俺はそいつがその仕事をするために、それ以外のお膳立てをしてやって、それこそ何でもしてやったのだ。
具体的に言えば、食事の世話から住居の世話、道具のこれが足りないと言われれば、それを調達し、あれが無いと出来ないと言われれば、その品物を何とか入手してきた。
他の友人たちにはそんな俺に対して「なぜ、そこまで世話するのか?」と不思議に思われていたほどだ。
しかし俺はそいつの才能に惚れ込んでいたし、何とかそいつのその才能を開花させてやりたかったので、そいつの言う事は可能な限り聞いてやった。
かの有名な野口英世は、結婚詐欺をしたり、放蕩三昧で借金を踏み倒したりと、医学面以外ではロクな事をしなかったが、彼の恩人である血脇守之助が、野口の才能にほれ込んで援助をし続けたというのは、こんな感じなのかな?と思ったりもした。
そしてついに俺は、そいつがその仕事以外、何もする必要の無い状態になるまで、状況を整えてやったのだ。
しかしその時、そいつは俺にこう言ったのだ。
「こうして全部状況を整えられると、逆にやる気がなくなるんだよね」
・・・さすがの俺もこれにはあきれ返った。
そいつが天才的な才能を持っていた事自体は疑いがなかったが、本人がこれでは、さすがに俺でもどうしようもない。
俺はここに至ってそいつを見捨てた。
いくら天才的な才能があっても、結局は本人次第という実地教育を俺は自ら体験したのだった。
俺はこの件で、かなりの金と時間を失ってしまったが、今では一応良い経験だとは思っている。
また、その過程で、そいつとは逆に、はっきり言って何の才能も持っていないのに、自分は天才だと思い込んでいる奴もたくさんいるという事を知った。
曰く、自分は天才画家だ、天才小説家だ、天才作曲家、脚本家、ゲームクリエイターetcだ。
しかもこういう奴等は厄介な事に結構な数がいる。
そして、こういう連中は何をやっても出来ないが、自分が出来ない場合、それをすべて他人のせいにする。
また一つの事が出来ないと、他の事を始めて、そこでまた天才を自称するのが傾向として多い。
こういった手合いは処置なしで、他人がどんなにお膳立てをしても何も出来ず、結局は自滅する。
こういった連中の傾向としては、親が金持ちで金で物事を解決してきた連中が多い。
うん、俺もいくらネコ型ロボットに便利な物を出してもらっても、いつもそれを使いこなせないで自滅する、どこかの主人公のような事にだけはならないように気をつけよう。
そういった苦い経験を思い出しながら俺は神様に言った。
「確かにそれは私次第ですね」
「わかってくれて嬉しいよ。後は何か必要な物はあるかい?」
「そうですね、これからの事を考えるにしても、転生する先の事が何もわからないでは、どうしようもないので、出来ればこれから転生する世界の詳しい書物などがあれば嬉しいのですが」
「それは懸命だね、しかし君が望むなら一瞬で、その知識を全て君の脳に刷りこむ事も可能だよ?」
「いえ、一辺にたくさんの知識が入ってくると混乱しそうなので、じっくりと順番に覚えながら考えたいので、字と絵で知識を得たいと思います。
時間も十分あるようなので、できればその世界と、特に魔法に関する知識を得たいので、そのような詳しい本をお願いします」
「うん、わかった」
神様がそういうと机の上に分厚いガイドブックのような物が2冊現れた。
一冊には「アースフィア世界の歩き方」もう一冊には「アースフィア世界魔法大全」と書いてある。
「では、良いかい?」
「はい、後は自分で考えてみます」
「うん、では考えが決まったら呼んでほしい」
「はい、ありがとうございます」
俺が素直に礼を言うと、目の前から神様の存在と気配は消えた。
神様もいなくなり、再び宇宙空間に一人ぽつねんと残された俺はイスに座った。
「さて、それじゃまずは、このガイドブックを読んでみるか」
両方とも中々読み応えのありそうな本だ。
もっとも俺は昔から本を読むのが好きなので、それに関しては問題ない。
5歳くらいから字が読めたので、家にあった本は全て読破して、小中学生の頃は学校や近所の図書館にあった本をほとんど読破したほどだ。
友人たちにも「北条に聞けば大抵の事は知っている」と頼りにされていた。
そういう意味では女子にも結構頼りにされていたが、そこで終わっちゃうんだよなあ・・・いや、愚痴はよそう。
どうやらこの表題になっている「アースフィア」というのが、俺の転生する世界の名称らしい。
だいたい中世と言う事は聞いているが、実際にはどういう世界なのだろうか?
俺は少々興奮して本を手に取った。