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いつもみたいに公園で

作者: 紺色橙

 遠くの山には雪が積もり、近くの木々は黄色い葉を落としています。


 この町に越してきたばかりのアベルは一人マフラーに顔を埋め、同じ学校の子供たちから隠れるようにして友達を待っていました。

 明るく輝く髪と緑色の瞳はこの町では珍しく、子供たちはアベルを遠巻きに、それでもじろじろと変なものを見るようにするばかりで近寄ってはきませんでした。

「おまたせアベル!」

 唯一トーリという小さな少年だけは怖がらずアベルに話しかけ、笑い、そうして友達になりました。

 二人は毎日待ち合わせをして学校から帰ります。

 分かれ道の近くにある公園で遊び、日が暮れる前に家に帰るのです。


 しかし最近のトーリは家の手伝いをするために早く家に帰り、公園で遊ぶ時間は無くなってしまいました。

 帰り道。お皿洗いや洗濯物の片付け、庭の掃除のお手伝いをしていると話すトーリを、アベルは寂しく見下ろしました。

 一緒に遊びたいけれどお手伝いはとてもいいこと。

 話からはトーリのお母さんもとても喜んでいるのが伝わってきます。


 トーリはお手伝いをすることでお小遣いをもらっていました。

 つい先日知った新しい友達の誕生日。

 慌てて貯金箱をひっくり返して見たものの、中身は殆どありません。

 トーリはお母さんとお父さんに友達のことを相談し、お手伝いで貰えるお小遣いを貯めることにしました。

 アベルの誕生日はもうすぐです。

 急がなければとトーリは休みの日も友達と遊ぶことをやめ、お手伝いを頑張りました。


 トーリは料理をするお母さんの隣で踏み台に乗り、野菜を洗います。

 薪を足した暖炉が家の中を温めていたけれど、小さな手で触れた水はとっても冷たい。

「明日、町にプレゼントを探しに行ってくるね」

「素敵なものが見つかると良いね。気を付けていってらっしゃい」

 何がいいだろうとトーリは考えます。

 自分のお小遣いだけで選ぶ友達へのプレゼントです。


 翌日トーリは早い時間から町へ行きました。

 起きてすぐに貯金箱の中身を確認しお財布に入れ、大事に鞄に仕舞いました。

 ショーウインドウに並ぶカッコイイおもちゃの車や可愛いぬいぐるみ、ピカピカな釦のついた服、履きやすそうな紐靴。

 どれも素敵ですが、トーリのお小遣いでは買えそうにありません。


 それでも町を探していると、甘い匂いが漂ってきました。

 ケーキ屋さんです。

 覗き見た店内はお客さんがいっぱい。

 トーリはお店から出る人と入れ替わるようにこっそりお店の中に入りました。

 一人でケーキ屋さんに入るのは初めてでドキドキします。

「わぁ、宝石みたいだ」

 ガラスケースに並ぶケーキはどれもこれも宝石のように輝いて見えました。

 つやつやの赤い苺やピアノのように真っ黒なチョコレート、白く雪のようなクリーム。

「アベルの瞳の色だ」

 その中に緑色の飾りが乗ったケーキがありました。

 ポンっと乗った緑色の実は目立ち、トーリはすぐにこれが良いと思いました。

 しかしお金が全然足りません。

 他のケーキだって、どれも同じようにお金が足りないものばかり。

 レジの横に並ぶクッキーは買えそうですが、とっても地味な茶色です。

 トーリは小さく首を振ると、店を出ました。

 誕生日までにお金をもっともっと貯めて、あの緑の実が乗ったケーキを買おうと心に決めて。



***



「アベルの誕生日は学校がお休みだから、一緒に遊べるね」

「お家のお手伝いは良いの?」

「大丈夫」

 トーリはアベルにプレゼントを渡すことを秘密にしていました。

 そのためにお手伝いを頑張っていることも。

「じゃあ誕生日の日、お昼ご飯を食べたら、いつもみたいに公園で」

 約束をし手を合わせ、大きな木の下で別れます。


 誕生日までもうすぐ。

 トーリは今まで以上にお手伝いを頑張りました。

 目標はあのケーキ。

 毎日机の上にお金を並べて数えました。

 それで増えるわけではないけれど、一歩一歩近づいているのがわかります。

 トーリはアベルにケーキを渡すことを思い浮かべました。

 ケーキ屋さんの箱を開けて、あの宝石のようなケーキが現れたらきっとすごく喜んでくれると思うと、嬉しくなります。



 ***



 さぁ、明日はアベルの誕生日。

 家のお片付けを全てやり終えたトーリは、貯まったお金を持って家を飛び出しました。

 出かける直前お母さんが巻いてくれたマフラーをぎゅっと結びます。

 すっかり夕闇に包まれ冷えた町は街灯で照らされ、石畳を走る音もいつもと違って聞こえました。

 一人で夜に出かけるなんていつもはしないことだけれど今日は特別です。

 鞄の中には重くなったお財布が入っています。

 トーリはまっすぐにケーキ屋さんに向かうと、まだ明るい店の扉を開けました。

 チリンチリンと軽いベルの音と共に入った店内は暖かく、冷えていた鼻が熱く感じられます。

 息を整えるようにして見たガラスケースの中。

 残念ながら、緑色の実が載ったケーキは売り切れていました。

 何度端から端まで見てもどこにもありません。

 残っているのはホールケーキやプレゼント用に大きな箱に入ったものばかり。

 とても買える値段ではありません。

 トーリはがっかりしました。

 せっかくお金を貯めたけれど目当てのケーキはなく、これではプレゼントも渡せません。

 もうアベルの誕生日は明日なのに。

 どうしようと店を見回すと、レジの横にクッキーを見つけました。

 籠の中のそれは前に見た時と同じく地味な茶色でごつごつしています。

「どうしよう。このままでは何もないし」

 絶対にあのケーキにすると決めていたトーリは、他に何も用意できていません。

 悩んだ末、トーリはそのクッキーを買うことにしました。

 人気店のクッキーです。

 宝石のようなケーキとは違うけれど、きっと味は美味しいに違いない。

「このクッキーをください」

 店員さんは透明な袋に丁寧にクッキーを詰めてくれました。

「これはおまけです」

 手渡された袋の中、一つだけ星形のクッキーがありました。

 アベルの瞳の色にそっくりな、緑色の飴が溶かされたステンドグラスクッキーです。

「ありがとう」

 思ってもいない特別なおまけに、トーリは嬉しくなって跳ねるようにして家に帰りました。



 アベルの誕生日。

 トーリは約束通り公園に向かいました。

 大事なクッキーが割れないように両手で抱えます。

 お母さんがつけてくれたリボンがゆらゆらと揺れ、すっかりプレゼントらしくなりました。

 トーリはそれを見てにっこり笑うと、静かに公園内のベンチに座ります。

 いつもなら遊んで待っているけれど、今日はクッキーが割れてしまったら大変。

 他の子たちのように走り回ったりはできません。

 追いかけっこをする子たちを自然と目で追いながら足をプラプラと動かし、ベンチの下の葉っぱを蹴飛ばします。


 いつもより遅れて現れたアベル。

「ごめんね、トーリの真似してお手伝いしてたら遅れちゃった」

 いつもお手伝いすることを褒めてくれたアベルが自分を真似したことにトーリは少し照れ臭くなりました。

「アベル誕生日おめでとう」

 突き出すように渡したプレゼント。

 お日様にきらりと星が照らされます。

「ありがとう。すっごく嬉しいよ!」

 喜んでくれた姿を見て、トーリは胸を撫で下ろしました。

「トーリ、あっちでどんぐり探しをしない? それでこのクッキーを一緒に食べよう」

「いいよ」

 

 公園の奥に続く散歩道。

 葉っぱが積もり地面を埋めていました。

 踏めばパリパリカサカサ音がします。

 葉に紛れ落ちている小枝が、ポキっと折れて足にぶつかりました。

 二人はどんぐりを探し、地面を見つめながら歩きます。

「あった!」

 すぐにどんぐりは見つかりました。

 小さなどんぐり、帽子のついたどんぐり。

 一つ一つ指先で拾って綺麗なものを選びポケットに入れます。

 ポケットにはどんどん溜まり、そこからまた選ぶ必要がありました。


 二人は散歩道の途中にあるベンチに座ると、クッキーを分けて食べました。 

 星形の特別なクッキーはアベルだけのものです。

「キラキラしてて本物のお星さまみたいに素敵だね」

 緑色の瞳が緑色の飴を覗きます。

 トーリは飴の向こうでアベルに変な顔をして見せました。

「それ店員さんがおまけでくれたんだよ。アベルの目と同じだってすごく嬉しくなったんだ。店員さんはぼくがアベルの目と同じ緑色を探してたのに気づいてたのかな」

「探したの?」

「本当は綺麗な緑の実が載ったケーキを買いたかったんだ。でも売り切れてて、ぼくにはその茶色のクッキーしか買えなかった。でもお店で何も言ってないんだよ」

「それなのにたまたまこれを貰えたんだね」

 お星さまは周りの色を取り込み虹色に輝くようでした。

「プレゼントにぴったりで、ぼくとっても嬉しくなったんだ」

 クッキーを食べ終えた袋にどんぐりを詰めれば、新しいプレゼントの出来上がりです。


 二人はまたどんぐり探しを始めました。

 頭の上にパラパラと枯れ葉が落ちてきます。

 地面に積もった落ち葉は乾きパリパリと音がするけれど、ふかふかと柔らかいクッションのようでした。

「あ、見て!」

 トーリが見つけたのは今までより大きなふとっちょどんぐりです。

「すごいね」

 普通のどんぐりの二倍はありそうなそれを手に取りぐるりと眺めると、ぴょこっと虫が顔を出しました。

「わぁ」

「うわっ」

 二人は驚いてどんぐりを放り投げました。

「お家にしてる子がいたね」

「びっくりした」

 せっかくの大きなどんぐりだったけれど、先客がいたのではどうにもなりません。

 二人は顔を見合わせ大声で笑いました。


 虫のいないどんぐりを探してあっちこっち。

 だんだん日が暮れてきました。

 昼過ぎから遊び、おやつも食べ、もう夕方です。

 黄色と赤に彩られた世界を、夕焼けがさらに赤く染めようとしていました。

「日が暮れないうちに家に帰ろう。アベル、片方手袋貸してあげるね」

 真っ暗になってしまう前に二人は帰ることにしました。

 日が暮れればすぐに冷えてしまうので、トーリは小さな手袋をアベルに分けました。

「ありがとう」

 アベルはどんぐりの詰まった袋を大切にコートのポケットにいれると、その手袋を受け取り手を入れました。

 トーリの手袋は小さく、アベルの手のひらは全部覆いきれません。

 それでも冷えていた指先は守られ温かくなりました。


「明日どんぐりで遊ぼうね」

「こんなに寒いから雪が降ってしまうかも」

「そうしたら家の中でやろう」

 手袋をしていない手を繋ぎ、二人は散歩道から公園へと戻り道を急ぎます。

「どれが一番回るかな」

「ぶつけてどれが一番強いかも調べよう」

「いいね! 早く明日になればいいのに!」

 アベルのポケットからは使われなかった大きな手袋がはみ出していました。





【終わり】

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