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8話 リンとイヴ

 襲ってきた男達を独房に放り投げ、狐の少女を医療カプセルの中に寝かせると、我らも食堂に向かう。


「あの子……大丈夫でしょうか」

「安心しろ。あのカプセルは疲労を取る効果も高い。2時間もすれば目を覚ますだろう」

「それならよかった……あの、総帥さん」


 心配そうな目で美月は我を見ている。そんな捨て猫を拾ってきたような目をしていたら言わずとも判る。


「判っている。あとで粥でも作ってやるから、持って行ってやれ」

「あっ、有難うございます!」


 卵粥ならば胃にも優しく食べやすいだろう。狐は確か……肉食でもあったな。試しに油揚げでも付けておこう。


 ヒーローも怪人でも腹は減る。食堂に戻れば丁度炊き上がったのか、ホカホカの白米が我らを出迎える。

 広い食堂ではあるが、一つの机に六人が集まり、ヒーローと悪の組織が机を囲んで食べるという奇妙な食事が始まった。


「頂きます……。あ、美味しい。見てて思ったんですけど、本当に総帥さんってお料理上手なんですね」

「……昔は我が良くレイの飯を作っておったからな。なんせこやつは医療、科学技術、機械工学、遺伝子工学などについて右に出る物はおらぬのに、料理の腕だけは壊滅的なのだ」

「私自身も判らないが、どうしても作ると奇妙なものが出来上がるのだよ。まぁ、こうしてアダムが作ってくれるから、もう作らなくてもいいかと諦めているのだがね。あ、アダム。トン汁お代わり!」

「それくらい自分で入れろ……!」


 レイがだだをこねたので、仕方なくお代わりを入れる。このやり取りも本当に久しぶりだな。

 美月や小鴉丸、戦闘員達はレイのように厚かましく我には頼まず、自分達でお代わりをして夕食を堪能していった。

 食後にはデザートのアイスだな。バケツサイズの特用ハーケンダッシだ。味は良く美味い。


「さて、美月。まだカプセルが開くまで時間がかかるからな。部屋の案内ついでに居住スペースの説明をする。付いてこい」

「え、あ、はい」

「じゃ、私は会話できるようにちょいちょいっと頑張って来ようかね。チャールズ、手伝ってくれ」

「OK! ドクター!」


 全員が食べ終わったのを見計らい、椅子から飛び降りる。この身長だと椅子に足がつかんのだ。

 レイには大事な仕事がある。言語翻訳を始め、アイツらからこの世界の情報を洗いざらい引き出す仕事だ。

 といってもレイの手にかかっては造作もない事だ。捕えた男達に専用装置を着け、記憶を洗いざらい調べて、我らの言語と示し合せ適合させるのだ。

 地球では当然違法だが、我らは悪の組織とされているし、ここは異世界だ。法のしがらみなどない。遠慮もなく出来るという物だ。

 とはいえ、この事は美月には話せない。何れ話す事になるだろうが、まだ早い。

 レイとチャールズと別れ、栄一達は各々の仕事に戻る。


 我は美月を伴って普段、戦闘員や幹部、我達が過ごしている場所へと案内する。

 居住スペースは娯楽室と作戦会議室の間にあり、この近辺は強襲時に戦いの被害を免れていた。戦いの時はこの区域は封鎖されるので、素通りされたのだろう。


「へー……こういう場所に住んでるんですね……ホテルみたい」

「過ごしやすい環境を整えるのも、我の仕事だからな」


 美月の言う通り、居住スペースは一面絨毯が敷かれた清潔で、豪華すぎない程度の内装を整えている。この辺りは人気のあるホテルを参考にしている。

 奥から娯楽室。ここには旧式のゲーム台やビリヤード、ダーツ、カードゲーム用の台、TRPGのルールブックまで揃っている。マッサージチェアにドリンクサーバーまで設置しており、戦闘員や幹部達の憩いの場だ。

 我は総帥という事もあり、中々来れない。トップが来ると皆が心身を休める事が出来んからな。少々寂しいと思ったのは誰にも伝えてない事だ。


 訓練室は訓練用アンドロイドによる実践訓練が出来る。様々なヒーローや怪人達のデータが登録されており、その中には当然、プリズム・ムーンのデータも入っている。

 本物には若干劣る物も多いが、改良を加えて一部は本物以上に強いデータも存在する。しかし、本物はこれを上回る力を度々発揮し、ついには我らは敗北してしまったがな。

 横目で美月をみると、あからさまに動揺していた。どうやら、思わずも、ゲセルシャフトの強さの秘訣を知ってしまい、聞いて良いのか戸惑ったようだ。


「えっと、これ、私に教えて良かったんですか?」

「構わん。これから使う事にもなるだろうし、そちらにしてもこの場で我らと戦う気など無いだろう。そこまで馬鹿とは貴様は思えんからな」


 確かにと美月は頷く。今戦うという選択をするのは、自らの首を絞めるのと同じだ。美月は頭は悪くない。むしろ良い方だ。少なくとも銀二より上だと我は思う。

 美月は敵であった自分を信頼して、内部を案内してくれているというのに、これを裏切っても一人でこの異世界で生きていける自信は全くないのだろう。

 そうこうしていると、館内放送が入った。


『アダム、翻訳機が出来たよ。受け取りに来てくれ』


 時間を見ればいい時間だ。丁度翻訳機も出来た所だし、あの狐の少女の所に向かおう。


 ◆◆◆


「これが翻訳機……なんですよね? どう見ても指輪に見えるんですけど」

「イヤホン型だと落とす可能性もあるし耳が塞がるからな。指輪なら邪魔にならんのだろう」


 美月は掌の上にある指輪を眺めながら、我と共に医務室へ向かっていた。その指輪は我の右手の人差し指にも付いている。


「これを着けたら、あの子とも会話が出来るようになるんですね」

「そのはずだ。この手の類はレイの得意分野だからな」


 美月はじっと指輪を見つめた後に握りしめ、何かしら思い当たりがあったのか伺う様に我に声を掛ける。


「……あの、もしかしてレイさんって世界的に売れてる翻訳ツールの開発者じゃ」


 そこに気づくか。開発者の名前は他者の名前を借りた上に、情報は二重三重に偽装し隠蔽していたが、一発で見抜くか。

 誤魔化してもいいが、ここは教えておくか。そっちが後々面倒な事にならずに済みそうだ。


「良く気づいたらな。その通りだ」

「やっぱりっ……! 凄いですっ」


 これもリペアロイドと共に貴重な資金源だ。世界言語翻訳機により、言語の壁が無くなったも当然だからな。これを開発したのは我らが世界中に散らばる怪人達を勧誘するためだが、これを売らない手は無かった。


 異世界言語を翻訳した指輪は今は数は三つ。我と美月の分、そしてレイの分だな。量産は後日にして、今は捕えた連中の頭の中から情報を根こそぎ引っこ抜いている最中だ。

 医務室の扉を開ければ、狐の少女がどんどんどんとカプセルを叩いていた。

 つけると騒いでる声が聞こえた。


「出してっ……! ここから出して……下さい……!」

「あーあー、聞こえるか? 今から開けるから大人しくしてくれ」

「え……ぁ……はい」


 あっさり開けると言われて拍子抜けしたらしい狐の少女はカプセルを叩くのを止めた。良かった。意外とこれは繊細だから壊れやすいのだぞ。

 ぷしゅーと音がなるとカプセルのカバーが外れ、中の少女がおずおずと出てきた。


「あ……あの……」

「体の方はどうだ? 痛い所はないか?」

「だ……大丈夫……です……」


 狐耳をぴこぴこさせながら少女はこくりと頷く。視線は我から、美月に移りじーっと彼女を見つめていた。


「私は美月と言います。あなたのお名前を教えてもらってもいいかな?」

「ミツキさん……えっと……私は……アマツハラ……リン・アマツハラ……です」

「リンちゃんだね。可愛い名前ですね」

「鈴のような音色の名だな」


 和風のような名前だな。

 衣装もよく見れば何処かしら巫女服に近い赤と白を基調とした布地の服を重ね着している。よくこれで逃げ回れたものだな。


「あの……ここは……何処、ですか?」

「ここは我の拠点だ。……家みたいなものと思っていい」

「あなたの……ですか? えっと……あなたは……一体?」

「我は――」


 アダム、と名乗るべきかと思ったが、この姿で男の名前というのはやはり違和感がある。ならば、ここは名を代えておくか。


「我の名はイヴ。イヴ・ゲセルシャフトだ」

お読みいただきありがとうございます。

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