7話 第一異世界人発見
「アダム、丁度いいから夕ご飯にしよう。ボクも朝から動きっぱなしで腹がぺこちゃんだ」
「そうだな。夕暮れ……時間は地球と大体同じようだし飯にするか」
二つの太陽が沈みかける時間帯。食堂の時計では六時半を示している。
丁度いい時間なので、我らは夕食を取ることにした。
レイと戦闘員達もヒーロー達と戦った後という事もあり、腹が減っているだろうからな。腹が減っては戦は出来んという奴だ。戦はもう終わった後だが。
「あの、総帥さん。ご飯とか大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、問題ないから心配するな。水も食料もたんとある」
異世界に飛んだとはいえ、実は食糧や水に関しては全く困っていない。
この戦艦自体がゲゼルシャフト本拠地という事もあり、食料の備蓄は豊富にあった。
水も外気の水分と生活排水をバイオ技術によるリサイクル処理のお陰で、豊富に確保することが出来るのだ。
過去の作戦の時に使った地下を掘る機械も艦内には保管されており、地中深く掘り抜けば地下水をくみ上げる事も可能だ、既に過去に地下を掘った経験もある銀二がその任に付いていたな。
元々非戦闘員を含め数百人以上が暮らしていた戦艦だ。それ相当の備蓄や設備はある。大国との戦争も見据えて設計してある。
真空冷凍すれば長期間の保存は可能で、食糧生産プラントもあり、食事に困ることは無いだろう。
電気も太陽光発電や核融合炉によって変わらぬ日常を過ごす事も可能だ。
戦争で孤立することは見据えていたが、まさか異世界で孤立するとは想定外だが、備えあって憂いなしとはこの事だな。
「アダム、今日の晩御飯は何だい?」
「ふむ……そうだな。生姜焼きなんてどうだ。それにトン汁と漬物」
「いいねっ! アダムの料理は久々だよ!」
生姜焼きと聞いてレイは嬉しそうにしていた。こいつの好物だからな。我が起きるまで奮闘していたのだ。これ位はしてやらんとな。
「あの、今の話だと総帥さんが料理をするって聞こえるんですけど」
「うむ、するぞ。組織を率いる前は普通に一般人だったのだぞ。料理もするさ」
「では、総帥。私も手伝います」
「ならば、コメを頼む。栄一」
「はい。土鍋で炊き上げます」
「じゃ、ボク達は出来るまでの間、艦内の片付け、修理でもしようかねぇ」
レイの言葉に我らを除く全員が頷く。
小鴉丸は夕食が出来るまで美月の為に部屋を用意すると言って、今は誰も使っていない部屋の片づけに向かった。
チャールズと銀二は荒らされた艦内の片付けに。壊れた障壁を除いたり、瓦礫の撤去だ。
レイはリペアロイドを引き連れて壊れた設備の修理に向かった。ついでに風呂も入れてくるようだ。
調理を任せていたパートのおばちゃん連中も最終決戦の折に退職金を渡して逃がしたから我らが作るしかない。
久々に料理をするが、うむ。料理は中々忘れないものだ。
「あの、総帥さん。私もお手伝いします」
「そうか。……ふむ、ならば付け合せの蒸しキャベツを頼む。料理の経験は?」
「……ごめんなさい。ありません」
「謝ることはない。まだ学生だからな。包丁を持ったこともない子も多いはずだ。我が教えよう」
蒸しキャベツの作り方は簡単だ。短冊切りにしたキャベツをフライパンに入れ、水、塩、オリーブオイルで蒸し焼きにするだけの簡単な物だ。これが生姜焼きに良く合う。
美月は包丁も持った事がないようだが、物覚えは良い。
そうそう、猫の手だ。猫の手。こうな。
後は米が炊けるのを待つだけだ。
旨そうな香りが漂い、今か今かと待ち遠しい時間を無粋なブザー音が邪魔をする。それと同時に、レイからの放送が入った。
『あーあー。アダム、どうやら何者かが艦に接近しているようだ。映像を映すよ』
食堂に備え付けられた大型ディスプレイが光り、外の光景を映し出す。
映像の先では……あれは怪人……違うな。こっちだと獣人というべきか。狐の尾がある女の子が必死に何者かから逃げている様子だ。
レイにカメラを拡大してもらうと、松明を持った人間達が狐の子達を追いかけているようだ。
人間達の装備は統一された服と帯剣。それに加えて各々が得意な武器を持って狐の子を追いかけている。
装備の統一性を見る限り、軍、もしくは何かしらの所属に属してるな。数は……8。全員で一つの分隊と見るべきだな。
このまま近づかれて光学迷彩しているとはいえ、ぶつかられたらそこに何かがあるというのがばれてしまう。ワイバーンでも逃げる妨害電波が出ているが、それは何となく避ける程度であり追われた相手に効果は薄い。
飯の時間だというのに、邪魔な。それ以上に――アイツらが気に喰わん。
「片付けてくる。栄一、後は任せた」
「はっ! お任せください!」
「あ、あの、私も行きます! あの子を、助けないとっ」
「うむ。あの娘を守るならお前の力が有効だろう。来ると良い」
猫柄のエプロンを脱ぎさり、栄一に手渡して急ぎ美月と共に非常口に向かう。
非常口は食堂近くにあるので、着くのはすぐだ。
「レイ、外に出る。33番非常口を開けてくれ」
『了解っとー!』
ガコンっと音と共に33番と書かれた非常扉が開かれた。それと同時に外気が我らの頬を撫でる。
そのまま出ると、既に狐の子とそれを追う人間たちが直ぐ傍まで来ていた。
「***っ……**っ……***……**!?」
後ろを振り向きながら走っていると、狐の子は戦艦が張っている自動障壁にぶつかった。障壁はシールド的なものなので、焼けることはないが反動でこけてしまったようだ。
言葉が全く判らんな。異世界だから言語が違うのは当然だが。
『アダム、簡易的にだが、テレパス装置で君たちに彼らの会話が判るようにした。しかし、君たちの言葉が現地人に伝わらないからそこは注意してくれたまえ』
困っていると、それを察したのかレイが直ぐに対処をしてくれた。流石は自慢の天才科学者だ。
美月の方を見れば、彼女も会話が判るようになったらしい。
人間の……全員男か。男どもが息を切らして狐の子を取り囲み、そこに我らは聞き耳を立てる。
「ゼェ……はぁ……はぁ、ったく、散々手こずらせやがって」
「なぁ、今なんかにぶつかったような気がするが何かあんのかここ? 妙に木もねぇしよ」
「んな事、後でいいだろ。こいつを捕まえたら任務達成だ!」
……任務。となると軍に所属してるのは間違いなさそうだ。
「その前に……味見もいいよなぁ」
下品な顔で舌なめずりをする男。同意する様に他の男ども頷いている。
下種がっ……! 何処の世界にもこういう輩はいるか。胸糞が悪い。
美月に視線を向ければ、今にも飛び出しそうだ。
安心しろ美月、我慢なぞする必要はない!
「行くぞ。美月――いや、プリズム・ムーン!」
「はいっ!」
我らは非常口階段から飛び降りた。夜闇の冷たい風が肌を打ち付けるが、我らは闘志の炎が熱く昂ぶっている。
さぁ、異世界の者よ――我に力を見せてみろ。
男達は下種な表情を浮かべながら、倒れ尻餅をついた狐の子に手を伸ばす。
「やっ……こない、でっ……!」
「ひっひっひ、そういわれてこない奴がいるわけねぇだろ」
「だなあ。ヒィヒィ言わせてどんな鳴き声を上げるか、楽しみだぜぇ」
何を想像しているかはその膨らんだ股間を見ればわかるだろう。
狐の子は怯え竦み、後ずさりするが障壁に阻まれて逃げる事が出来ない。
男の手が狐の子に触れる前に、障壁から手を伸ばしその腕を捩じ上げる。
「いででででっ!? て、手ェ!?」
男からは何もない所から我の手が現れたように見えただろう。
「下種な上に外道か」
「ぐあっ!?」
腕を捻じりあげたまま他の男達に向けて放り投げる。
今はこの通り、小さな身体だが超能力と身体能力は健在だ。ヒーローでもない相手なぞ力を使うまでもない。
「え、貴女……誰……?」
「話は後だ。ムーン、そいつを頼む」
「はいっ。『月の宝玉よ、私に癒しの力をお貸しください。ムーンキュアドロップ』」
美月が癒しの詠唱を唱えると、狐の子の怪我が瞬く間に治っていく。ぼさぼさだった毛並も、血に濡れた衣服も何事も無かったかのように新品当然だ。月の力は水の力も付与され、洗浄の力があると調査で分かっていたが傍で見ると本当に丸ごと洗ったように見えるな。
「魔法使いだと!? おい、てめぇ、なんで邪魔するんだよ! こいつは小汚い獣人だぞ!!」
「喧しいわ下種が。お前たちの方が小汚いを通り越して汚物の癖に」
「な、何言ってやがる!! お前まさか、新生魔王軍か!?」
ほう、魔王軍とな。我らの言葉が判らないようだが、興味深いキーワードが出てきた。
しかし、邪魔された男たちは怯むことなく激高し怒り心頭だ。
嬲って犯すだの、売り飛ばすだのほざいているが、そのような罵詈雑言は聞き飽きてるのだよ。
飯もあるし、さっさと片付けてしまおう。
「嬲るというのは、こういうことか」
「えぁっ、べふぅぅ!!」
こいつの目には我の動きが見えなかったのか、目の前に飛んで顔に向けて平手うちし、そのまま逆の頬も叩いて吹き飛ばす。往復ビンタという奴だな。
反応が全くできなかった男は今の一撃で口の中を切ったのか、血を流して我を憤怒の目でにらみつける。
「やろぉお! やりやがったな!」
「絶対に許さねぇ!! その綺麗な面をズタボロにしてやんよ!!」
「魔法で縛り上げてやる!!」
幾人かは帯剣を抜き、我に振りかぶり、もう一人は小賢しくとも美月を狙い弓を引き、杖を持った連中は我に向けて魔法を放つ。足元から蔓が伸びるのがはっきりと認識できる。
ああ……。
―――遅い、遅すぎる。これが異世界のレベルなのか――
帯剣を拳で砕き、足を踏み込んで蔓を吹き飛ばす。矢は美月の防御壁によりあっさりと防がれる。美月ならばこの程度も造作ことはない。
あまりの遅さに呆れ果ててしまった。この程度の力なら――。
「戦闘力、たったの5か。ゴミだな」
ざっと計測したが、この程度だ。成人男性に毛が生えた程度。ヒーローには遠く及ばない。
『ああ、アダム。ちょっと彼らを調べたいから何人か生かしておいてくれ。言語翻訳の為に必要だからさ』
「判った」
ならば、弓の奴だけは殺してしまおう。出来るだけ残虐に、圧倒的な力で叩き潰せば戦意を削げるはずだ。
女子供を真っ先に狙う外道を許すつもりは毛頭もない!
「塵も残さず消えろ。ノワールスマッシャー……!」
掌を弓使いに向け、超重力の波動を放つ。
これは我の力である『重力操作』の初歩的な攻撃方法だ。超圧縮の重力場を範囲を限定して放つだけの技。軌道は読みやすく、避けやすいが、使い勝手はいい。
しかし、こいつらは避ける事は出来ないだろう。
「あっ―――………」
重力の波動はビームとなり、男の存在をこの世から消し去った。
ふむ、出力は半分以下だが使い勝手は変わらんようだ。これならば他の力も同様だろう。
「あ、ああ……!? な、なんなんだ。何なんだよお前は!?」
「黙れ。お前らには使い道がある」
生き残った男達を地面に縫い付けるように上から重力場を叩きつける。うめき声が聞こえるが、次第に力尽きて意識を失っていく。
「大丈夫ですよ。もう、怖い人はいなくなりました」
「あの……えと……え……何を……いってるのか、わからない……んですけど」
美月の方を見やれば、優しい笑顔で声を掛けて狐の子を宥めていた。美月よ、会話が通じぬと言われたばかりだろうが……、いや、あれは違うな。
言葉が通じぬとも良いのだ。笑顔で、優しく声を掛ける姿は狐の子の耳にではなく、心に語りかけているのだろう。表情、声色、目、その全てが会話となっているのだ。
狐の子は近くで見ると幼い少女だった。小学生くらいの月明かりでも判る綺麗な金色の四つの狐の尾を持ち、ぴんっと跳ねた狐の耳。
狐の少女は美月の声掛けに安堵したのか、疲れからか腕の中で気絶する様に眠りに付いた。
流石はヒーローと言うべきか。我ではあそこまでは無理だな。
ならば、我は悪としてやることをやろう。
気絶した男達を重力操作で一纏めに固め、艦内に連れて行く。拉致だな。
さぁ、情報を洗いざらい吐いて貰おうか。
―――我らの飯のあとに。