6話 これからの方針
今いる場所が異世界と告げられ、我は思わず深くため息を吐く。
これが映像ならまだ作り物と疑う所だが、肉眼で外の光景を見せられてしまっては信じる他ない。
起きてしまった事は仕方ない。次にやるべきことはぬおっ!?
「どどっどどど、ドラゴンーー!?」
「ぬおっ!?
突如、一緒に窓の外を覗き込んでいた美月が隣にいた我に抱きついてきた!?
美月は中学生ながらも、豊満な体質だ。抱き着かれたアダムはその豊満な胸に顔を沈められる。
ふがっ、ちょっと待て美月! くるしっ!
「く、くるしっ……はなっ……!」
「美月君、安心したまえ。艦を光学迷彩で隠しているから、あれは私達を視認していない」
「そ、そうなんですか? でも見えないとぶつかるんじゃ……」
「それでもアレは私達を避けていただろう。この艦全体を覆うように生物が嫌がる妨害電磁波を放っている。仮にぶつかったとしても、シールドは常時展開しているからあの程度の質量なら弾き返せるよ」
レイが詳しく説明しているが、今は我はそれどころではない。呼吸がっ、柔らかいのが押し付けられっ! マズイ……意識が……。
「それなら……よかったぁ……」
「まぁ、あれは伝承に基づくなら、俗にいうワイバーン種だから通用したものだろうね。本当のドラゴンという生物なら通用するかは不明だが、そんな化け物が早々現れることもないだろうさ。それと、うちの総帥が目覚めたばかりで再び眠りに尽きかねない。放してやってくれないかね」
「あっごめんなさいぃぃっ!」
レイの説明の間も美月は我を抱きしめていたことに気づき慌てて離す。
し、死ぬかと思った。悪の総帥と言われた我が女性の胸で窒息死などしたら死んでも死に切れんぞ……!
酸欠の所為で超能力すらうまく発動出来なかったしな……。
元の身体なら難なく受け止めてやることが出来たのだがな。今の我の身体は小柄であっさりと美月の腕の中に納まるほどだ。収まったのは胸だが。
不本意ながらも柔らかった……じゃない。頭二つ分小さいとこうなるのは困るぞ。色々と。
「っ……はぁ……はぁ。全く……この身体になってから、ひどい目にあってばかりだ」
「本当にごめんなさいぃっ」
「次から気を付けろ。いいな」
謝る美月を睨み付けると、美月はコクコクコクと激しく首を縦に振る。
レイはその光景をほほえましく見ていたが、満足したのか、レイは我らに視線を配る。
「さて、アダム。これからの方針だが、どうするかね」
「これからか……」
我は椅子に腰を掛けて、改めて考えを巡らせる。
聞き返すなんて事はしない。やるべきことは決まっているし、彼らに指示を出すのも上司である我の役目だ。
「まずは艦内の被害状況だな。レイ、今のゲゼルシャフトの状況を教えてくれ。どうせお前の事だから把握しているだろう」
「当り前じゃないか」
レイは当然と言わんばかりに豊かな胸を張る。その拍子に揺れた胸に銀二の目が釘付けとなる。止めておけ銀二。あれに手を出すと改造されるぞ。
レイは袖口からスマートフォンを取り出し、食堂に備え付けられている大型モニターに向けて操作をしていると、モニターの電源が入り、ゲゼルシャフトの艦内図が表示される。
全体図は動力炉や食堂に司令室から倉庫、幹部の私室や果てには娯楽室まで事細やかに表示されていた。
ふむ、ざっとみた様子だが、いくつかの部屋は赤く塗られ斜め線の上に工事中のマークが置かれている。あれは使用不可という表示だろう。判りやすさは大事だ。
艦内図の隣には、稼働中の機能が表示されている。
「ご覧の通り、今現在、稼働中の施設はブリッジに動力炉、食料生産プラントに環境維持室、医務室に研究室に訓練室、兵装に関しては副砲十五門中二門が動くよ。それとシールドジェネレーターとセンサーの類も無事だね。修理中なのは推進器、空間転移装置、反重力発生器、主砲、対空砲と兵器の類は軒並み壊滅。優先度が高い物から順にリペアロイドを回している所だよ」
「攻め込まれていた時点で、ある程度の被害は覚悟していたがこっ酷くやられたものだな。特に空間転移装置がやられたのが痛い」
ヒーロー共め、やってくれるわ……っと、今は隣に美月がいたな。ちらりと横目で見れば美月が非常に申し訳なさそうに、肩を竦ませ縮こまっていた。
「あえ、えっと、……ごめんなさい」
「謝らずともよい。戦いである以上これくらいの被害は覚悟している。最悪、轟沈くらいは覚悟していた」
「それに、転移装置や反重力発生器はどうやら転移時の衝撃で壊れたようだからねぇ。痛手は美月君のせいでは無いよ」
「との事だ。美月、余り気にしすぎるな」
「は、はい……」
美月は戸惑いつつも頷いた。
戦いである以上は美月も仕方ないとは思うが、こうも許されると何かあるのではないかと思うが、自分の中で折り合いをつけたのか、美月は無理やりでも自分を納得させたようだな。切り替えの良さはこの子の長所だな。
「住環境が整っているのならば、当分はここを拠点だな。ならば、次は周辺の様子を知りたい。今は何よりも情報が欲しい。レイ、外気の調査は終えているか?」
「勿論だとも。この世界の大気は地球のものとほぼ変わらない。若干違うのは未知の成分が多分に含まれている事と、二酸化炭素、メタン、一酸化炭素がボク達の時代より少ないというところだろう。外気温は二十二℃、湿度は二十%だよ」
随分と空気が綺麗なものだ。気温湿度共に良し。過ごしやすい環境のようだ。これで亜熱帯地域だったら目も当てられないな。
「随分と空気が綺麗……いや、我らの世界の方が穢れているというべきか」
「それは、うん。否定できませんよね」
我の言葉に、美月も同意するように頷く。それほどまでに我らの世界の空気は汚れている。
産業革命以降から、レイが上げた大気中の三種の成分は増加する一方だ。一酸化炭素は一.二倍、二酸化炭素は一.四倍、メタンに至っては二.六倍にも増加している。
文明の違いだろうか、我らのいた地球よりもこの世界の空気の方が澄んでいるな。
「未知の成分に関してはどうだ?」
「そうだねぇ、目下調査中だけど、判ってる範囲では体内に取り込んでも害は無さそうだ。常時取り込めば、身体に何らかの異変がきたすかもしれないが、その辺りは要検証だろうね」
「現時点では未知数という所か。後の問題は言葉だな。魔法陣の術者がいるという事は知的生命体は存在している筈だが、異世界で言葉が日本語や英語で通じるとは思えぬ」
「漫画や小説だと、日本語設定で楽に話せるって感じになってますけど、現実はそううまくはいきませんよね」
年頃の中学生らしく、美月は小説や漫画などは読むようだ。我も読む。
ああいった娯楽は賞賛されるべきだ。無論娯楽室にも並べてある。
この世界に来た所為で狂戦士の続きが見れないのが非常に悔やまれるな!
「その辺りは直接人に合わないと分からないね」
「ほう、この付近に人がいるのか?」
まず、人の痕跡を探すところから始めるつもりだったが、レイの言い方によると人がいた断言できる何かを見つけたという事だ。
「周囲の調査の為にドローンを飛ばしたんだ。調査の結果、森は全長百キロもある広大な森だがここから南に十キロ程進んだら、人の手が入った街道を発見したんだ。その街道を沿って進めば人と会う事が可能だろう。という訳でアダム。今日はもう夜が更けるから、明日にでも近隣の調査に出かけてくれるかい? ドローンを飛ばすにしても限界があるからさ」
「ふむ。この身体を慣らす必要もあるからな。構わんだろう」
「助かるよ。ああ、それと美月君も一緒に行くといい」
「えっ?」
まさかの同行に美月は、目を真ん丸に見開いて驚いていた。
「アダムがいくら強いといっても、外は未知の世界だ。初めての身体という事もあるが、何があるか分からない以上、君が付いていってくれると非常に助かる」
「そ、そういう事なら、はい。行きます」
レイの提案に美月はコクコクと何度も頷く。美月としてもワイバーンに驚いてしまったが、外の世界に興味があるのだろう。我としても付いてくる分には全く異論はない。美月の実力は身を以て知っているからな。更に素直な分、言う事を聞かん怪人や他組織の首領どもより格段にマシだ。
それに、美月は自分達がこの世界に落ちたという事は、大事な友達や一緒に戦ったヒーロー達もここに居るのではないかと思ったのだろう。何処かしら、目に決意の様な物を感じる。ならば我が口をはさむ必要はない。
しかし、二人ではやや困るな。よし、ならばあと一人……栄一が適任だろう。
「栄一、貴様も我に付いてくるがいい。人がいると仮定して、女……うむ、女二人で護衛を付けずに旅をしている事を怪しまれる可能性が高い。男手が一人いたほうが自然だろう。幸い、貴様は体格も良く、全てにおいて平均的に秀でている。好都合な逸材だ」
「はい。分りました。荷物も私が持った方が宜しいですね」
「うむ。頼んだぞ。という訳だレイ。栄一も借りていくぞ」
栄一は躊躇することなく頷いた。こいつは我の指示には忠実な戦闘員だ。正直、戦闘員にしておくのは勿体ないほどだ。
礼儀の正しさに戦闘員としての戦闘力を兼ね備えた執事のようなタイプだ。この者が生き延びてくれたのは本当に助かった。
「栄一君にはボクの作業を手伝ってもらいたかったんだけど、仕方ないか。アダム、必要なものはボク達が整えておくよ。世界が違うから入念な準備をしてから移動すべきだ。檜の棒と百ゴールドで出かけられる勇者とは違うのだから」
「その辺りは任せる。では、我らは」
きゅるるる~~~……。
話がひと段落したその時、間延びした音が食堂に響く。
音が鳴る方を見ると、美月が耳まで真っ赤にしたままお腹を押さえていた。
「えっとそのあのうぅ……」
「まずは……飯にするか」
「ごめんなさいぃ……」
話をする前に、飯だな。何も食わねば始まらない。
それは異世界でも同じだが、もう少し空気を呼んでほしかったものだ。さて、何を作るか……。