5話 あの時に何が起きたのか
明らかに様子のおかしい美月。
それも仕方ないだろう。知っている仲間が、一人、また一人と消えて、残ったのは自分だけの記憶だ。美月はまだ子供だ。怯えるのは当然だな。
やれやれ………我はふうっと息を吐いて、手を伸ばし――……届かない!
「くっ……!!」
小さな身体が恨めしい! もうちょっと! ええい、届いた!
身長が足りない所為で身を乗り出してまで美月の頭を撫でる事が出来た。
格好がつかないにも程があるだろう。……こんな格好だと今更だな。はは……はぁ。
「え……ぁ……」
「落ち着くがよい。今は我らはお主の敵ではない」
今の美月は親を失った子供のような寂しさに苛まれている。
我は怪人となり、人から追い出された子供の怪人達を見ていた。だからこそわかる。味方をしてくれる人が、寂しさを埋めてくれる人が欲しいのだと。
美月は素直に撫でられている。もはや敵だという事を忘れつつあるのだろう。か。
美月が十分落ち着いたのを確認すると、我は軽く頷いて美月の頭から手を離す。
その際、美月は惜しそうにしていたが、気のせいか……?
「ゆっくりとで良い、申してみよ」
「は……はい。私が……私が最後に見た光景は……みんなが、みんなが一人ひとり……魔法陣に飲まれて、消えていく光景でした」
「魔法陣だと?」
「は……はい。私も一応……魔法少女なので、ああいった魔法陣は見慣れてますので、間違いないと思います。スターズちゃんなら、真面目に魔法の勉強してたから判ると思いますけど……私はその……苦手で。ごめんなさい」
申し訳なさそうに美月は我とレイに頭を下げるが、レイは手元にある資料にペンを走らせ、再び視線を美月に向ける。
「そう謝らなくてもいい。それだけでも十分な収穫さ。艦内のデータを調べた所、あの瞬間、艦内で複数の空間湾曲反応のログが見つかっている。恐らく、転移系の魔法陣だろう。それで、なぜ君だけ、司令室で泣いていたのだ? 他の全てのヒーロー達が魔法陣の中で消えていたというのであれば、君も同じように魔法陣で何処かに飛ばされている筈だ」
「それはその……弾いちゃいました」
「弾いた?」
弾いた……?
思わぬ答えに我らは首を傾げると、美月はコクコクと何度も頷きながら話を続ける。
「は、はい。総帥さんは……えっと戦ったからわかると思いますけど……私、防御に特化した魔法少女なので……ああいった、外部からの悪意を持った攻撃は自動で弾けます」
「確かに。お主は何度も我の攻撃を防いだな」
我はふと戦いの光景を思い出す。
我が繰り出した攻撃を、美月は手に持つ盾で何度も防いだ。それも手を替え品を替え、様々な攻撃を仕掛けたがその事如くがこの見た目弱そうな少女に防がれた。
瓦礫を浮かせ、流星のように叩き付けたり、電撃を放ちながら大剣を振るい、時には直接超能力をぶつけるなどしてヒーロー達を圧倒してきたが、だが、この目の前にいる美月ことプリズム・ムーンは魔法で攻撃を悉く防いだ。
このままでは不利と考えた我は、小細工は止めて多少の傷を覚悟にプリズム・ムーンに攻撃を集中し、強引に魔力を削り切って、戦闘不能まで追い込んだ。
最も、その所為で我は力を大幅に消耗し、ヒーロー達に追い込まれる切欠ともなったがな。あれさえなければまだ勝機は視えただろう。
そして彼女がレイ達と戦うという事を選ばず、休戦を選んだ理由も納得した。目の前で消えてしまい、たった一人となってしまった。未知の現象に恐怖した。怖かったのだ。
だからこそ、敵でもあるレイ達の休戦を飲んだ。飲まなかったら本当に独りぼっちになってしまう。
ヒーローであっても、怪人であっても一人では生きていけない。
孤独というのはどのような毒よりも恐ろしい毒なのだからな。
「しかし、悪意のある攻撃か。その者の目的はヒーロー達ということか」
「アダム、相手の狙いは定かではないが、どうやら影響はヒーロー達に留まらず、私達全員を巻き込んだようだよ」
全員……だと?
内心が顔に出ていたのか、栄一が立ち上がる。
「ドクター、そろそろ総帥や美月様にも、今私達が置かれている状況をお見せになられた方が宜しいかと」
「そうだな。栄一君、カーテンを開けてくれ」
「かしこまりました。チャールズ、向こうのカーテンをお願いします」
「判ったネー」
「あー……総帥、みつきっち。覚悟した方がいいっすよ。俺らも~外見たらマジびびりしたんで」
銀二が頬を掻きながら、窓の外を眺め、栄一もチャールズも同意するように頷く。
栄一の指示に従い、チャールズは栄一の反対側のカーテンを掴み、栄一と同時にカーテンを引いた。
カーテンが開かれると、食堂に真っ赤に染まった眩い夕日が食堂を照らす。
待て……! 夕日だと……!?
急ぎ窓際に向かう。
我が慌てるのも当然だ。亜空戦艦『ゲゼルシャフト』は異空間の中で漂う秘密基地だ。
異空間の中では月や太陽は存在せず、星空のようなものだけが存在するのだ。だから、決してこの食堂から夕陽は見ることは無い。見えるはずがないのだ。
ありえないものが、窓の外に移っている。
「これは……どういうことだ!」
「そんな……え……ええぇ!?」
我に遅れて窓を覗き込んだ美月が窓の外の光景を見ると、驚きの余り大声を上げた。
地平線に沈む夕日は二つ。そのうち片方の夕日は見慣れた赤い夕陽だが、小さい夕日は青白く、月のような淡い光を放ち、周囲に土星のような輪があった。
信じられない光景に美月が固まっていると、アダムは深くため息をつきながらレイに振り向く。
亜空戦艦ゲゼルシャフトの周囲は、深い緑色の広大な森。
戦艦は森の中に不時着する様に鎮座しており、着地の際に押し潰したのか木々が圧し折れたのが見える。
森の隙間から見えるのは、戦艦を見上げている角が生えたウサギに、八本脚の鹿やスライムのような生物。二つの頭を持つ怪鳥が我が物顔で空を飛んでいた。
そして地球ではあり得ぬ、地平線に沈む二つの太陽。
ここまで証拠が揃えば、我は否が応でも現在の状況を思い知らされた。
こうもなれば、流石に敵対していたとはいえ手を結ばざる得ない……。まさかこのような事になるとは……。ラノベやアニメではないのだぞ。
「レイ……これが三つめか」
「艦内の最後のログには、この艦を飲み込む程の巨大な空間湾曲が記録されていた。これは恐らく、美月君が弾いた魔法陣の力が周囲に多大な負荷をかけた事と、ヒーロー達が呼び出されたことによって道が出来てしまった事が原因だろうね」
レイは推測を話しながら、我の隣に立ち、二つの夕日が照らす外を眺める。
「そう、私達がいるこの世界は――私達が全く知らない未知の世界。異世界のようだ」
淡々と告げるレイの言葉を肯定するように、一匹の飛竜が窓の外を通り過ぎたのだった。