4話 戦闘員と怪人と、魔法少女
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目の前の少女が今にも泣きそうな状況に、怪人と戦闘員三名はオロオロとしながら声を掛けていた。
物凄くシュールな光景だな。お前らついさっきまで敵対していただろうに。
「あー……飴ちゃん舐めるでござるか? イチゴ味、美味しいでござるよ
「……うぅ……貰います。ありがとう……ございます」
カラスの姿を持つ怪人――小鴉丸から飴を受け取り、ぎゅっと握りしめる魔法少女。小鴉丸は随時飴を持っており、よく戦闘員や怪人の皆にも配っていた気心の良い奴だ。
「カモミールティーです。リラックス作用や体を温める効果があります。もうすぐ、総帥様がいらっしゃられますから、ご安心ください」
「うぅ……戦闘員さん、ありがとうございます……。あ、美味しい」
三人いるうちの中ぐらいの身長を持つ戦闘員がプリズム・ムーンに紅茶を差し出すと、喉は乾いていたのか香りを嗅いだ後に啜り、少し落ち着いたのか泣き止んだ。あいつは……栄一か。没個性の戦闘員服だと、声や仕草で判断せんとな。
その様子を見て一番身長の高い戦闘員と、一番身長の低い戦闘員がほっと胸を撫で下ろしていた。
「いやー、やっと泣き止んでくれたっすよー。マジ良かったわ」
「私はこういう時どうすればいいのか分からないから、助かりますネー」
「チャーリーもかよ。俺っちもだよ。エーイチさんにはマジ感謝っスね。ってあぁあ! 総帥?」
一番身長の低い戦闘員が我らに気づいたのか、大声を出してこちらに振り向く。チャーリーは一目でわかる。戦闘員の中で群を抜いて大きく、残りの一人も口調と声色で直ぐに分かった。
皆一斉に椅子から降りて膝を着き頭を下げる。
出遅れたプリズム・ムーンは飴玉を握りしめながらオロオロとしていた。
「そうかしこまらずとも良い。時に銀二よ。よく我が総帥と一目で見抜いたものだな」
「そりゃー、ごほん。それは皆で総帥の身体を運んだからっす……ですよ。スーツが付いた総帥の身体は相当重いので、レイ博士一人じゃ無理っす……です」
「なるほど。それなら納得だ。後だな、そう無理に丁寧な言葉に言い換えずともよい。それがお主の持ち味だ。時と場合によるが、我の前でも普段はいつも通りの口調で構わぬ」
「うっす。あざーすっ!」
銀二は勢いよく頭を下げる。こいつは元々チンピラで、性質の悪いヤクザに使い捨てされていた所を怪人の一人が拾い上げた。
お調子者だが、言われた事はちゃんとやるし、戦闘能力は皆無だが、重機の取り扱いが上手く、掘削用アームドスーツでの動きは戦闘員の中では随一だ。
下っ端の様な口調にお気楽さが相まってムードメーカーも兼ねている。
我は組織の上に立つ者の責任として、一人一人の名前を正確に覚えている。人の名前を憶えぬ上司に付いてくるものは居ないからな。
左から順に悪道栄一、佐藤銀二、チャールズ・マクレーン。チャールズだけは日本に出稼ぎに来たアメリカ人だ。
そして、怯えた表情で我を見ているのは魔法少女プリズムプラネットの『プリズム・ムーン』。最終決戦の際、我を追い詰めた一人だ。
プリズム・ムーンは我があの時相手した我だと判ると、明らかに怯えて身体を震わせていた。……こうも怯えさせるつもりは無かったのだが……。
「君がプリズム・ムーンか。何度か戦った事はあるが、こうして話すのは初めてだな」
「ひゃ……ひゃい!」
「そう硬くならなくてもいい。レイ、我に合わせたいというのは彼女か?」
我は目の前の少女を宥めながらレイの方を振り向くと彼女は深く頷き、用意したであろう資料を取り出す。こういう時は美少女の姿で良かったと思う。以前の我の姿ではずっと威圧されてたままだっただろう。
「ああ。そうだよ」
「しかし、よくこやつがここまで素直に付いて来たな。敵だというのに」
「少々彼女にも事情があったからね。ここは一時休戦にした方が良いと彼女も判断してくれたのさ。君も状況次第では同じだろう」
「なるほどな」
だまして不意打ちを狙うヒーローもいるが、少なくとも目の前にいる彼女はそういう事は出来なさそうだ。
それと同時に、もう一つ分かった事がある。
今まで敵対していたヒーローと怪人が一時休戦せざる得ない状況に陥ったという事だ。
レイは我らに座る様に促し、それに従う。彼女の眼は真剣そのもの。
それは、これから話す話が決してふざけた話ではないという証だ。
「二人に聞きたいことがあるから正直に答えてくれ」
「うむ。分った」
「は……はい。あ、あの……本当にこの子がアダム、総帥さん何ですか? 失礼だけど見た目が物凄く変わってて……」
まぁ、信じられぬよな。我も信じられない。というか信じたくない……。
「可愛らしくなっただろう。私の自信作の身体だ」
「は、はい。とても可愛らしいです」
「我は凄まじく不本意だがな!」
「可愛いは正義だよ!」
「我らは世間一般的には悪だろう!!」
悪なのに可愛いは正義とかおかしいだろう。
レイは自信満々に薄い胸を張り、プリズム・ムーンは本当にかわいいと思い、コクコクと何度も頷く。
我は寝起きも相まって肩を深く落とし、ため息を付く。
冗談を挟んだのはプリズム・ムーンの緊張をほぐすためだが、我を遊ぶ必要性は無かっただろう……。
話をするにあたって、栄一が各自飲み物を配り始める。我とプリズム・ムーンは紅茶、レイと敏蔵はコーヒー、チャールズは麦茶だ。
プリズム・ムーンが紅茶の好みとは一緒とは嬉しいものだな。意外と紅茶党は少ないのだ……。旨いのに。
各自に飲み物が行きわたり、我は喉を潤す。
ああ……美味い……。
この身体に入ってから、初めて飲む紅茶は身体に染み渡る美味しさだ。
喉を潤して一息つくと、レイが口を開く。
「まずはアダム、君は死ぬ直前の記憶は何処まで覚えている?」
死ぬ直前の記憶か……若干靄がかったように記憶がぼやけているが、最後の瞬間の記憶を引き出す。
「我の最後は力尽き、そのまま意識が消える所だったな」
「その前に、何か見なかったかい?」
「その前……ああ。何やら光が見えたな」
「やはり……君もか」
「というと……?」
「私達もその時は無我夢中でね。戦闘員の三人はヒーロー達に敗れ、瀕死だったところを私が治療していたのだよ。ようやくチャーリー君の手術が終わったころに光に包まれていてね」
「殆ど我と同じようなものか」
我が最後に見た光は、死に際の幻だと思い込んでいた。だが、話を聞く限りは違うようだ。
我の話を聞いたレイは腕を組みながらじっとプリズム・ムーンを見る。
「プリズム・ムーン……ああ、天王寺美月君と呼んだ方が良いか?」
「ええっと……ヒーロー名を呼ばれるのは恥ずかしいので名前の方で……というか、何で私の名前を!?」
今更だな。情報は武器だが、この子はまだ中学生だ。そういった考えはなかったのだろう。
「敵対する相手の情報を手に入れるのは当たり前の事だろう? 組織によっては友人家族を狙う所もあるが、うちのアダムはそれを嫌っているからね」
「そ、そうだったんですね」
ヒーローは原則的に本名を非公開にしている。まぁ当然だろう。
本名が発覚すると怪人側の組織に狙われる事は勿論、周辺住民やマスコミが騒ぎ立て、活動に支障が出るからだ。
実際、しつこすぎるマスコミの手により、本名、住所、電話番号やメールアドレス、家族の名前まで暴露され、ヒーローを辞めざるを得なくなり、人前から姿を消したヒーローがいるという事を我らは知っている。
一部の手段を選ばない組織はそういった手でヒーロー達を追い詰めていたが、当然、やり過ぎた報道は多くの反感を買い、組織ごと一部のマスコミたちは潰された。
無論、その手の類は我らにも手を伸ばしてきたが、遠慮せずに潰してやった。我とヒーロー達の戦いに水を差す無粋な連中は邪魔なだけだからな。
「それは置いといて、美月君。君は最後の瞬間、何を見た? あの場で泣き続けていたのには、理由があるんだろう」
レイは先ほどと同じ質問を美月に投げつけると、美月はびくりと身体を震わせ、恐怖に駆られていた。
それは我らと戦った時よりも、絶望の恐怖に染まっていた――。