3話 失ったもの 残ったもの
我のスペアが何者かの手によって盗まれた。
監視カメラもし掛けていたが、やはりというべきか壊されており犯人の予測すら立たない。
「それでこの体に、我を入れたという訳か」
「心臓が止まり、元の身体は細胞が壊死を初めていたからね。記憶の移植が遅れていれば、手遅れになるところだったよ」
施設の中で、一際厳重に隠されている部屋の中に起きたスペアの消失。
ヒーローや怪人達の中には、こういった空間を抉りとる能力を持つ者もいる。
勿論、対策を練っているが完璧という事はありえない。注意を払っていれば別だが、あの時は意識の全てをヒーロー達に向けていたので、その隙を狙われたのだろう。
狙ってきた相手は、ヒーローや他の組織の残存勢力や政府の機関など、心当たりが多すぎてキリがないからな。
だが、このままでは済まさん。総帥の持ち物に手を出してただでは済ませぬということだ。何れ必ず報いを受けさせてやる……!
はぁ……一旦、思考の隅にスペアの身体の事は置いておこう。
スペア用に用意していた厚手のコートを手に取り、軽く肩に羽織る。裾を引きずるがこの衣装に対するささやかな抵抗だ。黒いコートなので似合わなくはないな。
「まさか、趣味半分で君の細胞から作ったクローンが、こんなふうに役に立つというなんて思わなかったよ」
趣味で我のクローンを作るなよ! ヒーローでさえも同じこと言うはずだぞ!! ヒーローも我のクローンでこんな子が出てきたらびっくりだろう!
しかし、これに助けれた手前文句はいえんな。
「勝手に人のクローンを作るなと言いたいところだが、今はその気まぐれに助けられたか。この身体だが、力は使えるか?」
「その辺りは本体には劣るけど使えるはずだよ。一応、何処まで出せるか動作確認を頼むよ」
「判った」
我は目を閉じ、意識を集中する。
感覚で判るが、クローンだからか劣化しているな……。だが、力を使うには十分だ。
目を閉じていても感覚で判る。我の身体から青白い帯のような光が零れていることに。その光を纏う様に操作すれば……我の身体がふわりとクローンの身体が宙に浮く。
これは我が持つ能力『重力操作』。世間一般的に言う超能力の一種だ。
超能力自体はヒーローや一部の怪人も使う者がいるので、そう珍しくはない。
しかし、我の力は只の『重力操作』ではない。ビルを一つ軽々と持ち上げることが出来るなど容易い。
それでもこれならヒーローの類と見られるが、我はこの力で一つの軍隊を潰した。その事件の所為で世界中に我が『怪人』として認識されてしまったのだがな。
「一応、データ上では実力の半分程度は出せるはずだ。どうかね?」
「ああ。いつも通りとはいかぬが、ある程度まで力は行使出来るな」
「君も判っているとは思うが、超能力は使えば使う程成長するからね。いつ君の身体を取り戻せるか分からない以上、力を維持しておくことをお勧めするよ」
「判った」
我は地面に降り立ち、あるべきものを探すが見当たらない。まさかあれまで盗まれたとあっては非常に困る。
「そういえば、レイ。我のアーマースーツはどうした」
「ああ……君のスーツなら、八割ほど損傷していて修理のめどが立っていない」
「そうか。あの戦いで酷使してしまったからな」
「コアが無事だったのが不幸中の幸いという所だろう。しかし、修理部品の調達すら至難の業だからね。長い年月がかかると思ってくれ」
「やれやれ……。モノがモノだけに仕方ないか」
我が決戦時着用していた変身スーツはオーバーテクノロジーの塊であり、とある遺跡から発掘した物を修復、強化して使っていた代物だ。『デモンロイド』のスーツもレイが作った二号機だが、奪われ我らの敵に回っている。
貴重な資源を惜しみなく使っているので、再び作るのは途方もない時間と労力、資源が必要になる。
そもそも修理しても、今の姿では着用することも出来ないだろうな。
こればかりは仕方ない。諦めるしかなさそうだ。
「さて、二つ目だが……食堂に行こう。君に合わせたい人達がいる」
レアはそういうと、廊下に出て、我もそれに続く。
廊下は戦いの痕跡が根強く残ったおり、壁や床が崩れ落ち、赤い血痕が飛び散っている部分もあった。
いつもは多くの戦闘員、怪人が通る廊下だが、今は誰一人おらず、静まり返っていた。
本当に誰もおらんのだな……。あの騒ぎ立てる馬鹿も、物静かに作業する戦闘員も……。
「レア。……現在、戦力はどの程度残っている?」
「ふむ、それは二つ目の事に含まれているが、今話しても構わないか。……私と君を除いたら、戦闘員が三人。怪人が一名。それが今の総戦力さ」
「そうか……怪人が一人残っているのだな。あの戦いで全て散ったと思ったのだが」
「彼だけは特別でね……小鴉丸君は鳥インフルエンザで隔離していたから無事だったんだ。今は完治して食堂に戦闘員達と一緒に居るよ
……そういえば、決戦からしばらく前に病欠届が出ていて受理した記憶がある。鳥インフルエンザは人や怪人に移る可能性が高いから、戦艦内の隔離病棟に移してたな。激務に追われてすっかり忘れておった……。
「……怪我の功名とも言うべきだろうかこれは……。なんにせよ、生きてくれてよかったものだ」
全て死んだものかと思ったが、たった一人でも多く生き延びてくれたのは本当に嬉しいものだ。
「アダム。ようやく笑ってくれたね」
「む……そうか?」
「ああ。今まで君は、何処か辛そうだったが、今の話を聞いて少しだが嬉しそうに微笑んでいたよ」
意識していなかったが、表情に出ていたのか……?
我は自分の顔を触ってみる。確かに、今の自分は笑みを浮かべていた。自覚すると楽しそうな笑みをレイに向ける。
嬉しい時には我慢せずに、笑う。これは怪人達、戦闘員達にも伝えてる信念だ。
「そうか……そうなのかもな」
「しかし、戦闘員三名に怪人一人、そして私と君。結成当初を思い出すじゃないか」
「ふふ、そうだな。なつかしい思い出だ……あの頃は楽しかった。何にも縛られず、ただ夢に向かって走るだけの日々」
「あぁ。だが、諦めるつもりはないだろう」
「勿論だ、世界征服は我らの悲願だ。絶対に叶えねばならん」
「そういってくれると思ったよ。さてと、彼女ももう落ち着いている頃かな」
彼女? レイの口ぶりでは、四人以外に誰かがいるようだ。
「我に合わせたいとはその四人ではなかったのか?」
「違うね。……厄介なことになっていてだねぇ。それが三つ目だけど、君とその子の話を聞いた方が良いと思って。ここだよ」
レイが我を連れて行った先にはネームプレートに食堂とでかでかと書かれていた。達筆で。これは我の字だな。怪人連中が書いてほしいと言って書いた奴だ。何故ねだったのか今でも解らん。
掛けられている暖簾を潜ると、我が見慣れた食堂の光景があった。
食堂は戦いの被害から免れており、無事なようだ。
全てのカーテンが閉じられ、何処か閉鎖感のある食堂に五人が一つのテーブルを囲むように集まっていた。
和服を身に纏ったカラスの姿を持つ怪人、両隣に没個性の黒いフェイスヘルムに全身を黒い軽鎧に身に纏った戦闘員が三名。
そして、それに対面するのは我が驚くには十分すぎる者が泣きながら座っていた。
真正面には、後ろ髪に大きなリボンを巻き、胸元にまで届く綺麗な金髪ウェーブヘアーをした中学生の制服を身に纏っている少女。
魔法少女プリズムプラネット『プリズム・ムーン』と呼ばれる少女が身を縮まらせ、今にも泣きそうな表情で座っていたのだ。
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