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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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トーキョー 8

「嘘でしょ······人造人間があんなに······」


 思わず漏れた私の声。背後から足音がして、顔をそちらに向けると、小屋から出てきた人造人間が立っていました。


 確認できる限り、人造人間が三人。たった三人、と思えるかもしれませんが、残酷なことも躊躇なくできるうえに、身体能力が高い彼らです。一人いるだけでも、逃亡できないリスクはかなり高まります。それが、三人。小屋から出てきた茶髪の人造人間、出入国管理所の前にいる黒髪の二体。彼らの周りにいるたくさんの大人たちの手には銃があります。研究所の人間であることは間違いありませんでした。


 一方で、私は走ることができません。彼もいくら人造人間とは言っても、私を抱えて逃げるとなると限界があります。それに、彼の背中には、祭りでこしらえた大量の荷物が入った特大リュックが。


「くそっ、どうするっ!?」


 つい出てしまったのであろう、彼の焦りの言葉。しかし、敵は考える時間をくれるほど甘くありません。


 まず動いたのは、私たちの後ろにいた茶髪の人造人間でした。背後でザッと地面を蹴る音がして、彼は私を抱えたまま咄嗟に跳躍します。三メートルほども飛んだ彼の下を、人造人間がものすごい勢いで通り過ぎていきました。そいつは、大量の砂煙とガガガッという嫌な音とともに急停止し、私たちの方に向き直りました。同時に、彼が着地します。


 彼が着地の衝撃から回復し、体勢を立て直すまでのわずかな時間で、茶髪は私たちとの間の距離を詰めてきました。彼が顔を上げると同時に、茶髪の足が振り上げられます。


 かかと落とし。避ける時間はありません。しかし、彼の腕は私を抱えるために使われています。なす術がありませんでした。


 ふっ、と息を吐きだし茶髪が振り下ろした脚は、彼の頭を直撃しました。


「ぐうっっっ」


 耐え切れずに、両膝をつく彼。思わず目を瞑ってしまいそうになる私ですが、片目だけはなんとか開けていられました。


 茶髪は攻撃を止めず、続いて彼の頭に回し蹴りを放ちました。しかし、これは彼が前屈し顔を地面すれすれまで近づけて、どうにか避けます。


 そして、次の攻撃が来る前に、彼は後ろに跳んで茶髪と距離をとろうとしました。頭のダメージを紛らわそうと、頭を振る彼。


 しかしもちろん、茶髪がそれを許しません。僅かにできた距離などひとっ跳びでないものとし、飛び回し蹴りを繰り出します。


 彼は私ごと真上に跳び、蹴ってきた茶髪の脚を両足で蹴りました。彼の脚から、ミシミシ、と音が鳴って、彼の顔が痛みで歪みます。それでも、茶髪の蹴りの勢いのまま吹っ飛び、今度こそ茶髪から距離をとることに成功しました。


 空中でくるくると回転し、猫のように静かに着地した彼。しかし、その息は荒い。私には、逃げ切れる未来を想像できません。


 当然、彼の回復など待ってはくれない人造人間。茶髪は私たちの方へ駆けてくると、唐突に跳躍し、私たちの頭上を跳び越え、彼の背後に立ちました。そして、彼が振り返る間もなく。


 彼の首に茶髪の手が伸び、その剛力でぎりぎりと締め始めました。


「かっ、は······」


 呻き声は声にならず、彼の顔が徐々に赤くなっていきます。彼が背負っているリュックが多少は茶髪の邪魔をしていますが、ほとんど意味はありません。


「デト君っ」


 必死に呼びかける私。そんな私たちをよそに、出入国管理所からカチャカチャと音が鳴り始めます。そちらを見ると、いつの間にか私たちの方を向いていた研究所の人間たちが、隊列を組んで銃を構えているところでした。


「総員構えっ!!!」


 研究員たちのリーダー格らしき人物の声がして、数十の銃口がはっきりと私たちを捉えました。もはや、絶体絶命。


「撃てっ!!!」


 それは、一瞬の出来事でした。


 銃声が辺りに鳴り響いた瞬間、黒髪の人造人間二体は三メートル近く跳躍しました。銃弾は、私たちを貫くはずでした。しかし、彼はかなり諦めの悪い性格だったのです。彼は首を絞められながらも少しかがみました。結果茶髪の重心が若干前に移ります。すると彼は、リュックに茶髪を乗っけて、思いきり前屈しました。背負い投げの要領です。


 結果、銃弾の雨にさらされたのは茶髪となりました。さらにリュックがうまく防弾の役割を果たし、私たちは生き延びたのでした。


 茶髪の死体とリュックを盾に、一旦息を落ち着かせる私たち。ここでようやく、彼は私を地面に下ろしました。しばらく喉をさすりながら、ヒュー、ヒューと息を漏らしていた彼でしたが、すでにいつもの冷静さを取り戻したようでした。彼は、険しい顔で口を開きます。


「時間がない、落ち着いて聞いてほしい」


 この状況で落ち着くというのは到底無理な話ではありますが、とにかく私は頷きました。そんな私を見て少し安心した様子で、彼は話を続けます。


「前は説明しなかったけど、俺の呪いの能力は身体能力強化だ。ここから逃げるには、この能力は必須だ」


 私は理解したという意味を込めて頷きます。なら、今すぐ使えばいい、と思ったのですが。彼の話は続きました。


「俺の能力の発動には条件があるんだ。それには、君の協力が必要だ」


 この言葉にも、私は頷きました。


「分かった。何をすればいい?」


「君の血が欲しい」


 この言葉を理解するのには、少し時間がかかりました。でも、時間がかかったからと言って、納得できないというわけでもありませんでした。不思議なことに、私は喜んで首筋を差し出すことすらできるような気がしたのです。


「分かった。どうすればいい?」

「手を出して」


 私は言われた通り、手を彼に差し出しました。


「少し痛いかもしれない」


 そう言ってから、彼は私の人差し指を歯に当て、さっと横に引きました。微かな痛みとじんとした熱さが指に生じ、僅かながら血が出ました。


「これだけでいいの?」


 私の問いに無言で頷く彼。私の指に口づけをしました。私の血は彼の口へ。彼の赤い目が、さらに紅く輝き始めました。


 いつの間にか銃撃は止んでいました。


「たぶんさっきのとは別の人造人間に、俺たちを襲うように命令しているんだと思う。自分たちの護衛用に連れてきたんだろう。作戦を伝える、一度しか言わないからよく聞いて」


 私はまた、頷きます。彼は再び、口を開きました。


「この壁を、乗り越える」


 彼の目線の先には、トーキョーを囲う百メートルの壁が。


「越えるって、この壁を?」


 無言で頷く彼。


「え、えええええええええええええっ!!!!!」


 緊迫した空気の中、私の場違いな叫びが響きました。

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