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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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トーキョー 7

「これ?······ああ、たしかにコノハ好きそうなデザイン」


 彼は、青い剣を手に取って言いました。


「私にも持たせて!」


 そう言うと彼は、気をつけてよ、と言って剣を私に差し出してきました。刃は鞘に収まっているし、そこまで心配しなくても、と思いつつ、意気揚々と剣を持つ私。しかし。


「重たっ!?」


 突然腕にかかった重みに、私はうっかり落としかけます。彼が咄嗟に私の手を支え、私の感じた重さは軽減されました。しかし、腕が脱臼するかもと思ってしまうほどの重さは、私の腕に未だ痺れを残します。


「そうなると思った」


と、ちょっと呆れた様子の彼に、私は


「これ、設計ミスだよ絶対」


と抗議します。彼は首を横に振り、


「多分、戦闘用には作ってないと思うよ。普通の人なら、両手でなんとか持てても、振り回したりはできないと思う。柄の飾りも少し邪魔だしね。まあ、武器として使えたらかなり強いとは思うけど」


と解説します。一目ぼれしたこの剣が、買うに値しないものだと言われたようで、私はむうっと頬を膨らまします。

 剣を商品棚に戻した彼は、ダメ押しと言わんばかりに、店主に尋ねました。


「この剣、誰か使ってた人とかいたりするの?」


 彼も私も、答えの予想はついていました。私は、未練たっぷりではありますが、諦めようとしていました。

 ところが、店主の答えは予想に反し、


「いる」


でした。


「だよね······っているの!?」


 初めて見た、彼の驚いた顔。それがちょっと面白く、私は少し意地悪したくなって


「いるじゃんかー」


と彼に言いました。


「いやいやいや、そんな訳······誰が使ってたんだ、こんな重い剣」


 そう彼が問うと、店主は


「女性」


と一言だけ答えました。彼はますます驚きます。というか、私も驚きました。


「誰なんだ、それ。詳しく教えてくれ」


 彼も私も興味津々。しかし、店主は


「詳しくは知らん」


としか言いませんでした。


 ただ、その後


「この剣の銘はコノハナサクヤ。使い手の名もサクヤだった」


とだけ、教えてくれました。私が気になったのは、剣の銘。


「コノハナサクヤかあ。私の名前が入ってるって、なんか運命感じるね」


「まあ、分からなくはないかな」


 彼はそう呟くと、難しい顔で悩み始めました。何を悩んでいるのか分からない私は、ただただじっと待ちます。


 そうやって何分か経った後、彼はようやく顔を上げ、私に言いました。


「買おうか、これ」


 意外な言葉に、私は


「いいの?」


と訊き返します。


「うん。コノハは使えないだろうけど、俺は使えるしね。それに、コノハも随分気に入ったみたいだし」


「ありがとう!」


 私はぴょんぴょん飛び跳ねて喜びました。


 さて、剣の値段が思っていたより安かったり、それでも普通持ち歩く金で払えるものではなかったり、そんな大金を彼が持っていて驚いたりはしましたが、私は滞りなくコノハナサクヤを手に入れました。愛称も決めました。サクヤちゃんです。


 そして、今度こそ帰路についた私たち。初めての祭りを体験した私は上機嫌で、


「サックヤーサックヤーサックヤっちゃんー」


なんて歌を作って歌っていました。周囲の人に温かい目で見られたりしてますが、気にしません。周りには、お兄ちゃんと妹にでも見えているんでしょうか。


 そうやって、愛着の湧いてきたあの木小屋はもう目の前、というところまでやってきた時です。彼が突然、止まって、と小さな声で言いました。ただならぬ様子の彼に、私も小さな声でどうしたの、と尋ねます。


「なんか妙だ。カーテンが少し開いてる。周りの家に人の気配がない。人払いでもしたみたいだ。それに、一瞬床が鳴る音が家の中からした」


 それは、明らかに異常事態でした。彼の顔が、今までにないほど緊張していたから。


「俺が君を抱えて、屋根に飛び乗る。天窓から侵入するから、天井で待ってて」


 彼の言葉を理解する間もなく、私はただ頷きます。一拍置いて、屋根?飛び乗る?侵入?と考え、無理無理無理っ!と抗議しようとしたところで。


 ドガアアァァァァォォォォォンンンッッッッッ!!!!!


 小屋が爆発し、大きな炎が夜空を照らしました。爆発の衝撃は、私たちを吹っ飛ばし、小屋の前の壁に衝突しました。一瞬息が詰まります。


 息を整えることもせず、小屋の方を見ると、散り散りになった屋根の残骸が火の粉とともに宙を舞っていました。一か月もの間過ごした小屋。暖かい日差しと木の匂い。それは、一瞬にして破壊されました。


 呆然として小屋を見ていると、燃え盛る小屋の中から、誰かがゆっくり現れました。ふらふらと歩いてくるその何者かは、彼と同じ赤い目をしていました。


 研究所の恐怖が私の動きを止めてしまいそうになります。彼が咄嗟に私の手を握り、彼の手の温かさで、私はなんとか気を保ちます。


「小屋は諦めよう。とにかく、逃げるんだ」


 彼は私を抱え、お姫様だっこをして走り出しました。トーキョーの出口、出入国管理所へと。


「いつばれたのかな」


「舌噛むから喋らない方がいい。多分、前々から目はつけられていたんだと思う。それか、今日の祭りのどこかで君の顔を見たやつがいたのかもしれない。まあ、運がなかったんだろう」


 息切れもせずに、彼は走り続けます。壁沿いを行って、あと少しで出口だという時。

 彼が突然立ち止まりました。


「どうしたの」


と問う私。しかし、彼の目線を追っていって、その理由が分かりました。


 出口には、三十人ほどがたむろっていました。そして、私たちの方を見ているものが二人。その二人の目は、やはり赤かったのです。

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