トーキョー 6
どこまでも続く黒い夜空。それを照らす、街の光。通りに広がる、焼いた肉の匂い。あちこちで聞こえる話し声と客寄せによる喧噪。そして、通りを埋め尽くす、人、人、人。
祭り当日。杖無しでも歩くことはできるようになった私は、祭りの賑やかさに気圧されていました。
トーキョー再誕祭と呼ばれるこの祭りは、初めの壁が完成した日に行われるもので、何度か取りやめになったことはあるそうなのですが、毎年行われている伝統のある祭りらしいです。と言っても、何か特別な儀式がある訳でもなく、ただ、こうして騒ぐだけ。しかし、比較的大きく、整備されているトーキョーにはたくさんの商人や旅人が訪れます。騒ぐだけと言っても、その規模は馬鹿にできません。
「な、なんじゃこりゃあ······」
私にとって、祭りの雑多な喧噪と言うのはとても新鮮なものでした。目を輝かせる私の手を握り、彼は言います。
「取り敢えず、ぐるっと見て回ろうか。それだけでも時間潰れると思うし。フードはちゃんとかぶってね」
なにしろ祭りが初めてなので、まず何をすればいいのか全く分からない私は、頷くよりほかにありませんでした。
そうして歩き出した私たちですが、しかし歩くだけでも一苦労。何せ蟻の群れのような人混みです。彼は、不思議なぐらいスムーズに歩いていきますが、私は不思議なぐらい人に当たる。彼と手を繋いでいなければ、まず迷子になっていたのは間違いありません。
そして不幸なことに、私は身長が百六十ちょっとと、あまり高くありません。百八十を超えている彼の目にはどんな出店があるのか見えるようですが、私にはほとんど見えない。何か気になった店があれば彼が報告してくれるのですが、私は歩くのに必死で言葉を返せません。祭りってこんなに疲れるのか、と変に感心していました。
それでも何とか、衣服の並んだ店にたどり着きました。回復したとは言え、祭りの中を歩き続けていると、さすがに疲労で足を引き摺ってしまうので、休憩がてら物色します。
ちなみに、私が物色中、彼は私の後をついてくるだけでした。本当に服のことはわからないんだなあと思いました。
顔を隠すために、マントは脱げないので、あいにく試着はできませんでしたが、
「これなんかどうかな」
「うん、似合うと思うよ」
みたいな会話を繰り返し、服を手に取っては、元の位置に戻すを繰り返して、私はようやく買う服を決めました。お腹が見えるタイプの、袖にフリルがついた白いシャツと、黄色の少し大きめサイズのTシャツと、紺色のキャップ、デニムの短パンです。これだけなのですが、お祭り価格と言いますか、ちょっと値が張りました。払ったのは彼なのですが。デト君、ありがとう。
長時間の奮闘の末手に入れた服は、彼の背負っていたリュックへと収納されました。店で紙袋をもらったので、私が持とうと思っていたのですが、彼の早業で私の手元から服は消えていました。彼任せになってしまい、少し申し訳なく思う今日この頃。
そんな私たちが、再び人の波にのまれながら目指したのは、アクセサリーの店。ちょっとまぶしすぎる店の明かりで、目がちかちかしました。そこでは、貝殻を模した青い髪飾りと、色が薄めのサングラスを買いました。意外にというか予想通りというか、髪飾りがなかなか高かったようです。これ可愛いなといったら彼が問答無用で支払いに行ってしまったため、値段まで見る余裕がなかったというのは、私の些細な言い訳。
その後は、焼き鳥を買って食べながら歩きました。この頃になってくると、私も祭りの雰囲気に慣れてきて、かなり楽に歩けるようになりました。少し時間も遅くなり、若干人数少なくなったかなあ、と思いながら、焼き鳥にパクつきます。
そうやって、そろそろ小屋に戻ろうかー、なんて話を始めた頃。私は、目の端で光る青い光に気づきました。
通りを歩く人の間から光の方を見ると、それは寂れたとある出店の商品が、他の店の明かりを反射して光っているようでした。私は、彼の手をくいくい、っと少し引っ張って、先導する彼の歩みを止めます。
「どうしたの」
彼の問いに、私は光るものを指さして答えます。
「あれが、ちょっと気になって」
私が答えると、彼は光るものの方を見て、私のお目当てのものを探し始めました。しかし、その顔は、だんだん神妙なものになっていきます。
私がじっと待っていると、彼は私の顔へと視線を動かしました。
「あれ、武器屋だよ?」
「武器?」
彼はうん、と頷きます。私を武器に触れさせたくないのか、彼はあまり行きたくなさそう。
しかし、
「武器でもなんでもいいから、とにかく見てみたい」
と私が言うと、彼は渋々、と言う感じで連れて行ってくれました。
さて、出店の前に立ってみると、それはなんとも奇妙な店でした。まず明かりがついていない、そしてスキンヘッドの壮年店主が何も言わずに座っている、どう考えても場違いでした。
不思議な店だなあ、と思いながら私のお目当ての商品を探します。それは、すぐに見つかりました。透き通るような青い物質、石か何かを削り出し、研いで剣にしたもの。柄の部分には、これまた青い、バラのような花の飾りがついています。それは、短剣と呼ぶには刃渡りが若干長いような、店と同じく不思議で、美しい剣でした。
この剣を見た私は、値段も見ずに叫びました。
「これ欲しい!」