少し、用を足してきたいと思う。
「こうして、私たち二人の旅は終わりを迎えました」
そう言うと、女は口を閉じ、私をじっと見た。これで話は終わりとでも言わんばかりに。
気づけば、男はいなくなっていた。まるで初めからいなかったかのようだ。だが、机の上の、水が入ったグラスは確かに男のものだ。
女の長い長い話を聞いているうちに、夜はかなり深まっていた。にも関わらず、酒場から人が減った様子はない。酔い人たちは相も変わらず騒ぎ立てている。このまま夜を明かすつもりなのだろうか。
そんな陽気な彼らを傍目に、私は釈然としない思いを胸に抱いていた。当然のことではある。彼女の話はまだ、終わるべきではないのだから。
話の続きを求めて、私は彼女をじっと見つめた。すると彼女は、ふふ、と苦笑とも言えない微笑をその顔に浮かべた。改めて見ると、やはり端正な面立ちである。
「彼は消滅したはず。なのに今、彼には肉体があるではないか。あなたは、そう言いたいのですね」
彼女の言葉に、ぶんぶんと首を振る。まさにその通りである。もしその答えが聞けるのなら、何だってしよう。
彼女の口が開かれる。
「もちろん、私の話にはまだ続きがあります。確かに、私たち二人ぽっちの旅は終わりました。しかし私一人の旅はむしろこれから始まるのです。なぜ私が英雄と呼ばれるようになったのか、その経緯をお話ししましょう。でも·····」
彼女がいたずらっぽく笑った。まだ話さないのかい、と拍子抜けしてしまう私。
「疲れてしまったでしょう、私も、あなたも。少し休憩しましょう。私は、私たちが生きた証を残すために、今あなたと話しています。だから、この続きは必ずお教えします。ただ、そうですね、せめて彼がトイレから戻ってくるまでは、休みませんか」
彼女の言葉に、私はなるほどと頷いた。考えてみれば、彼女は今までずっと喋りっぱなしだった訳である。疲れてしまうのも無理はない。私の配慮が足りなかった。私は、再び彼女が語り始めるのをゆっくり待つことにした。
それにしても、水を飲みすぎて腹を下したとは、あの男も恥ずかしいだろう。なかなか面白い男である。