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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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トーキョー 5

「祭りと言っても、そんな大きいものじゃないんだけれどね」


 朝食のエッグトーストを頬張りながら、彼は言いました。私は、相変わらずベッドで朝食を取っています。


「そもそも、色んなところから旅人やら商品やらがやってくるトーキョーの商店街は、毎日がお祭り騒ぎみたいなものだしね。それが、一週間後は街全体に広がると、そういう感じかな」


 私は興奮気味に頷きながら、イチゴのジャムトーストにパクつきます。そしてそれをたっぷり味わった後、こんなことを言いました。


「私、可愛い服とか欲しかったから丁度いいな」


 彼は、


「ああ、やっぱり気に入ってなかったか」


と少し残念そうでした。


 彼の今日の服装は、無地の白いTシャツに黒いズボン。それに対し、私が着ていたTシャツは、豚のイラストが描かれた緑色のもので、言っては何ですがちょっとダサい。実はこれ、動けない私のために彼が買ってきてくれたんです。女子が喜ぶものを考えたりしたことのなかった彼は、悩みに悩んだ末これを選んだとか。ここまでしてくれているのに文句は言えないと思いましたが、顔に出ていたんでしょうか。ちなみに、こんな感じのTシャツが他にも数枚。


 彼の言葉があまりに正しかったため、言葉に詰まってしまった私に気を使って、彼はいつもの笑顔を見せます。


「まあ、服もあるし、確かアクセサリーもあったからね。コノハが喜びそうなのはたくさんあるんじゃないかな」


「楽しみだな。でも、お金、大丈夫なの?」


 私の問いに、彼は苦笑して頷きます。


「トーキョーに来たのも結構昔のことだし、地道に仕事やってこつこつ貯めてればそこそこの額はたまるよ。屋台で出てる程度のものなら難なく買えるさ。心配しなくて大丈夫」


 補足と言ってはなんですが、『審判の日』以前には普通にあった銀行と呼ばれたものは、現在はほとんどありません。そもそも資源が非常に少なくなった『審判の日』以後、貨幣、特に紙幣には紙切れ以上の価値は生まれませんでした。都市国家ポリス誕生後、支配層がしっかりしてきてからは、研究所の働きかけで貨幣経済が徐々に発達しましたが、銀行の誕生までは至っていないのです。未だ資源が少ないので、物価が高く、金がたくさん要るので他人に預けたくない、他人が信用できない、という考え方が主流であるのも一つの原因だと思います。


「ああ、それから」


 彼はまた口を開きました。


「祭りの日は、マントを羽織ってもらうよ。フード付いてるから、それで顔を隠して。どこに研究所の人間がいるか分からないからね。祭りなのにちょっと窮屈なことさせて申し訳ない」


 何を言い出すかと思えばそんなことだったので、


「分かった。気を使わせてばっかりで、ごめんね」


と返しました。


「俺も君に気を使われている自覚があるからね」


という彼の言葉に、やっぱり私と似てるのかなあ、なんて思いました。


 さて、私がトーストを食べ終えようとする頃、彼が突然立ち上がりました。どうしたの、と問おうとして、私はハッとしました。彼の顔が、とても険しかったのです。


 彼はつかつかと、私の目の前にある窓に歩み寄ると、カーテンを開き窓をバッと開けて、


「誰だ!」


と叫びました。その気迫に圧倒され、私は何も言えないまま。


 彼は、窓から身を乗り出してしばらく辺りをきょろきょろと見回していましたが、誰もいないことを確認したのか、窓とカーテンを元通りにして彼の椅子へと戻りました。そこでようやく私は、


「どうかしたの?」


と尋ねることができました。


「誰かが見てる気がしてね。まあ、カーテン閉まってるから問題ないんだけど。小さいけど、靴が地面を擦る音がしたんだ」


「聞こえなかったよ?」


 そう言うと、


「まあ、俺はちょっと耳がいいからね」


と説明されました。人造人間は耳もいいんでしょうか。


 しかし、誰かに見られている気がする、というのには思い当たる節がありました。ここ何日か、カーテン越しに誰かの気配を感じるということが数回あったのです。研究所の人間が近くにいるかもしれないので、常にカーテンは閉めていたのですが、正解だったかもしれません。


 結局、なんとも不気味な朝となってしまったのでした。



 その後、彼は仕事へ行きました。出かけるとき、彼はいつも一人で大丈夫か、困ったりしないかとしつこいぐらいに訊いてきます。その度に、大丈夫だよと答えるのですが、ついに今日、私はうっかりお父さんみたい、と言ってしまいました。彼は嬉しいのか悲しいのか照れているのかよく分からない顔で出ていきました。


 彼が何の仕事をしているのかは知りませんが、彼は毎日出ていきます。私がきてから一週間は治療に専念してくれていましたが、それ以上休む訳にもいかなかったようで、毎日、帰ってきては何もなかったことを確認します。その度に、私は久しく忘れていた人の温もりを感じるのです。


 しかし、彼が出かけてしまうと、話し相手がいなくて暇で暇で憂鬱になります。そこで最近見つけた趣味が、裁縫です。と言っても、まだ無地のハンカチに柄をつける程度のことしかできません。それでも案外時間が潰せるので、私は日中裁縫ばかりしていました。


 彼が買ってきてくれた裁縫道具をちゃぶ台に置いて、食事の時は彼が座っている木椅子に座り、昨日やっていたハンカチの柄つけの続きを再開しました。ぽかぽかした日差しの暖かさと木の匂いをかんじながら、針を持った手を動かしていると、無意識のうちに考え事をしてしまうものです。そして、大抵考えるのは彼のことでした。


 彼は、研究所を出た後、ずっと一人で生きてきた、と言っていました。もちろん、誰とも関わりがないわけではないでしょう。彼は今仕事をしていますし、同僚や上司もいるでしょうから。しかしそのうち、果たして何人が彼の正体を知っているでしょうか。彼に親身になってあげられるでしょうか。もし彼がいなくなったとして、誰が彼を一生覚えているでしょうか。


 そんなことを考えているうちに、いつも私だけは彼を忘れてはいけないな、と思うのです。彼はいつも、なにもかも思い通りみたいな顔で笑っていますが、時折見せる寂しそうな顔が、ひどく私を不安にさせるのです。研究所へ連れられる前、彼がどう過ごしていたのかは分かりません。しかし、彼が孤独を感じていたというのは、なんとなく分かるのでした。だからこそ私は、彼への恩義は忘れてはいけない、彼の存在を忘れてはいけない、と固く心に誓うのでした。

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