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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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密航 5

 甲板に上がった私たちは、船の縁で遠くを眺めていました。目線の先にあるのは、黒い大陸のシルエット。左右へどこまでもずっと続いているように見えます。


「バイク、持ってきたよ」


 背後から声がかかり振り返ると、おじさんがバイクのスタンドを立てているところでした。


「ああ、ありがとう」

「着いたら、すぐに港に板を渡す。そうしたらすぐに、船を降りて発進するんだ。俺たちのことは心配しなくていい、適当に誤魔化しておくから」


 そう告げて、おじさんは舵取り場の方へ向かっていきました。ぺこりと頭を下げ、私たちはまた、海へ向き直ります。


「コノハ、緊張してる?」

「全然。私たちは絶対生き残れるもの」


 陸は、徐々に近づきつつありました。空ではいつも通り太陽が、眩しく私たちを見守っています。


 潮風が、私たちを鼓舞するように力強く包み込んでいました。私の体温でぬくもった手すりの温かさは、私を応援するように優しい。


 ここまでついてきてくれた私の体。私の無茶に応え、供に乗り越えてきてくれました。今や、髪の毛一本の先まで私の意志がみなぎっているような気がします。体中、興奮によるエネルギーが、熱が行きわたり、それを解放するためにあるのは実行という手段のみ。覚悟などはるか昔にすませ、不安の雲は希望という光で打ち払われています。もはや怖がる必要はない。準備は万端。後は限界を超え、死力を尽くせばよいのです。


「落ち着いたら、また日常に戻ろう」

「うん。約束」


 彼に笑いかけると、彼の顔は真剣でした。大丈夫だよ、と彼の胸にこん、と拳を押し当てます。すると、彼の腕が私の腰へ伸びてきました。無抵抗のまま、抱き寄せられます。そこでようやく、私は彼が求めているものを理解しました。


「こんなところで?」

「こんなところで」

「人いっぱいいるよ?」

「なら、俺たちの姿を見せて幸せを分けてあげよう」


 むう、とため息をつきつつ、私は背伸びをしました。照れてはいますが、嬉しくない訳がありません。

 そして、私たちは口づけを交わしました。長い長いキス。周りの慌ただしさの中で、私たちだけが時間の外にいるような、そんな気がしました。


 まもなく、彼の体が私から離れました。口が糸を引き、途中で切れて床へ落ちていきました。私は何だか頭がふわふわしてきて、自分だけの世界に行ってしまいそうでした。


 気づけば、陸まであと百メートルほど。なんとなく、陸の上の様子が分かるようになってきました。


 おほん、と咳払いが聞こえ、私は思わず彼から離れてしまいました。咳払いの聞こえた方を見ると、おじさんが気まずそうに立っていました。


「悪いね、邪魔して。一つ、渡しておきたいものがあって」

「いえいえ、すみません。こんな大事な時に手伝いもせず」


 謝りつつ、私はおじさんに歩み寄りました。するとおじさんが、おもむろに片手を差し出してきました。その手には、札のようなものが一枚。


「これは?」


 尋ねると、おじさんがにこりと笑って教えてくれました。


「仲間の一人が、前の停泊地でたまたま見つけたらしくてね。君たちに持っていてほしいらしい。ナズナの押し花だよ」


 手渡されよく見てみると、小さな白い花とハート状の葉が平べったく潰されていました。


「ありがとうございます」


 頭を下げ、私はコートの内ポケットの中に入れました。


「さあ、もうすぐだ。準備して」


 おじさんにそう言われ、陸の方を向くと、陸は間近に迫っていました。今なら陸の様子がよく分かります。


 私たちの前には、海岸に対し垂直になっている大きな道がまっすぐ伸びていました。薄茶色の土地が広がり、道の先には白い壁が遠く霞んでいます。道に二分される形で、トタンでできた平べったい小屋がずっと立ち並びます。通りを歩く人はまばらでした。


「コノハ、キャッチして」


 彼に呼びかけられ見ると、彼はその手にヘルメットを持っていました。それを私の方へ投げて寄こします。ヘルメットはすぽりと私の手の間に収まりました。


 ずん、と重い衝撃が船を通じて伝わってきます。木の板が、船から港へ渡されました。板は縁で折れ、甲板に接します。彼がバイクを板の端へ持っていって、バイクに跨ります。慌てて私も乗り込みました。


 バイクのエンジン音があたりに鳴り響きます。戦いの火蓋が今、切って落とされました。

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