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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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密航 2

 暗闇。


 波で揺れる船の中、私は目を覚ましました。そうか、今海の上にいるのか、とぼんやりと認識します。久しぶりに熟睡できた気分。寝ぼけまなこをこすりながら、私はライトを探しました。丸く小さい、石のような灯りは、眠る前にリュックの上に置いたはずです。


 リュックを見つけ、その上をまさぐること数瞬。手に硬いものが触れました。コンコンと叩くと、それから光が漏れ出し、部屋を明るく照らしました。案の定、それは探し求めていた灯りでした。


 突然明るくなったので目が慣れず、思わず細めます。しかしそれもちょっとの間で、すぐに目を開けられるようになりました。


 隣で何かが動く気配があって、振り返りました。そこには、私に背を向けて眠る彼の姿が。珍しく、今日は私の方が早く目覚めたよう。彼の疲れは彼自身の想像以上だったようです。


 そこでふと、私は梯子の方を見ました。木箱の隙間から見える梯子の下には、銀色のトレーが。その上には、朝食の分と思われるパンが三つありました。パンは拳二つ分くらい。おじさんが置いてくれたのでしょう。


 しかし、いつの間に置いてくれていたのかは分かりません。私は、今何時なのかな、と疑問に思い、甲板に上がることを考えました。彼に何も言わず行くのは気が引けましたが、彼なら大丈夫でしょう。


 ご飯を食べるのは後でいいと判断し、梯子まで歩いて行って、朝食をリュックの傍に置くために一旦戻ったあと、私は梯子に足をかけました。


 波の揺れは意外に大きく、梯子を上りきるのに思ったより時間がかかりました。ゆっくり、一段一段踏みしめます。


 上りきった先にある階段を経て、甲板に出ます。頭上には、澄み渡った青空と、煙突から立ち昇る白い煙。太陽の位置からして、正午は近いようです。


「おや、お嬢さん。遅いお目覚めだね」


 後ろから声がかかり、さっと振り返りました。もちろんそこにいたのは、いつものおじさん。


「あ、おはようございます。朝食ありがとうございます」

「いえいえ。デトラ君はまだ寝ているのかな」

「はい。いつもはデト君の方が早く起きるんですけど」

「今日は寝坊助さん?」

「はい」


 他愛無い話に花を咲かせます。ちらりと辺りの様子を確認すると、甲板に出ている人はあまり多くありません。蒸気船を動かすのにはそれほど人数はいらないのでしょうか。


「昨日は随分盛り上がってたね。ここまで声が聞こえてきたよ」

「あ、すみません」


 結局夜まで続いたあのゲーム。後半になると罰ゲームも追加され、思いのほか熱中できたのでした。しかし、それを聞かれていたとなるとかなり恥ずかしい。自分の顔が赤くなるのを感じました。


「デトラ君が起きてくるまで暇だろう?ちょっとついてきてくれ」


 そう言うと、おじさんは舵取り場の方へ歩いていきました。何かな、と首をかしげつつ、おじさんを追います。

 おじさんは舵取り場の下まで歩くと、端にある階段で上がっていきます。


 階段を上りきると、おじさんは私の方を見て待っていました。その顔に浮かべられているのは微笑。傍にある舵はどうやら固定されているようです。


「ここは俺のお気に入りの場所でね。後ろを向いてごらん」


 言われた通り振り向きます。すると、目下に広がっていたのは。


「綺麗······」


 照らされた鏡のように眩しく輝く、青い大陸がそこにはありました。自分がちっぽけに感じられる、あまりに広い海。潮風が頬を優しく撫で、髪を後ろになびかせます。


「今日は風が弱いからね。海を見るにはちょうどいい」


 おじさんの声をぼんやりと聞きながら、私は海を眺め続けていました。底まで見えそうなほど澄んでいるのに、その表面は中の様子を教えてくれません。何かが私の意識を深淵まで引っ張っているかのように、私は惹き込まれるように海を見ます。いつまででもそうしていられる気がしました。


 しかし、話しかけてくれたおじさんに何も言わないのも失礼だな、と思って、顔の向きはそのままに私はおじさんに問いかけました。


「おじさんも、こうやって海を見に来るんですか?」


 するとおじさんの笑い声が聞こえて、答えが返ってきました。


「俺は職業でね。もう見慣れてしまったから、お嬢さんほど夢中にはなれないよ。でもまあ、ここで何も考えずに座っているのは俺の至福の時間かな」

「そっか、おじさん商人ですものね」


 当たり前のことを失念していた私。一体いつまで寝ぼけているんでしょう。


「国王陛下は元気だった?」


 唐突に、そんな質問をされました。そこで私はようやく、海から目を離しおじさんを見ました。


「国王陛下ですか?それなら、私よりデト君の方が詳しいですよ。デト君、オーサカにいる間ほとんど国王陛下といましたから。でも、そうですね。病気のご様子ではなかったですし、お元気だったと思います」

「そうか、よかった」


 おじさんが、安堵したように息をつきます。その顔は、どこか寂しそうでした。


「俺は、今の国王陛下に仕えていた訳じゃないんだけどね。現国王陛下の治世になる前にオーサカを出たから。ただ、国王陛下とは友人だったんだ」


 おじさんが、ゆっくりと話し始めました。

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