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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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ヒョーゴ 8

 出港の日は、すぐにやってきました。朝から荷物の整理に追われた私たちは、正午に港へと向かいました。


 なるべく燃料を節約するため、バイクを押して歩いていく彼。その後ろをついていくこと二十分ほど。ヒョーゴは予想していた通り小さい街だったようで、たったそれだけの移動時間で港に着きました。


 そこにあったのは。


「え、これに乗るの?」


 波が打ち寄せ、ぬめりとした潮風が激しく吹く中、海に漂っていたのは、黒い鉄の船でした。その大きさは、カナガワで乗った商船を優に超えます。船体の腹には滑車のようなものがついており、帆は畳まれ、煙突のようなものが一本、雄々しくそびえ立っていました。


「オーサカの技術を見た時からあるいは、と思ってたけど、まさか本当にお目にかかれるとは······。すごいよコノハ、これ、本物の蒸気船だよ」

「蒸気船って、デト君がカナガワで話してくれた?」

「うん。世界でも数隻しかない、最新鋭の船だ」


 私は、船が蒸気船であることよりも彼が思いの他興奮していることに驚きました。しかしそうは言っても、彼から蒸気船の説明を受けている分、興奮する気持ちが分からないでもありません。こうして実物を前にすると、世界に数隻しかないのも頷けます。これほど大きなものを造るとなると、必要となる鉄の量は尋常じゃないでしょう。


「おーいデトラ君、お嬢さん」


 私たちが船を見上げていると、甲板からおじさんが身を乗り出し、声をかけてくれました。返事の代わりに大きく手を振ります。


「あっちに木の板があるでしょ?あれを使って上ってきてくれ」


 そう言っておじさんが指をさす方向を見ると、確かに木の板が船から港へ渡されていました。どうやら荷物を船に運び込むのに使われているよう。かなり幅が広く、バイクと一緒に上っても問題はなさそうです。


 私たちは言われた通り、舗装が完全ではない道をてくてく歩いて行って、荷物を運ぶ人が途切れた頃合いを見計らい船に上がりました。


 甲板では、おじさんが他の乗組員に指示を出していました。しかし私たちが甲板に上がってきたのを確認すると、その場を離れ、手招きしました。その後、私たちに背を向けて歩いていくおじさん。ついてこいって意味なのかな、と解釈し、私たちは少し急ぎ足で歩き始めました。


 甲板には、カナガワと同じように三本の柱があり、舵取り場所がありました。違うのは、中央に黒い煙突があること。見上げると、天を貫きそうな高さです。


 おじさんを見失わないよう慎重に歩いた先、舵取り場に一番近い柱の横には、下へ続く階段がありました。彼が、バイクを滑らせてしまわないよう慎重に下りていきます。その状態だとリュックがつかえてしまうので、私がリュックを背負いました。


 そうすると、階段を下りるときにリュックの底が階段に当たってしまい、擦れてしまいました。破けた様子はありませんが、少し糸の解れが見られます。


 階段の下で、おじさんは待っていてくれました。


「申し訳ないんだけど、船室は用意できていないんだ。急なことだったからね。船倉に案内するよ」


 そう言うと、おじさんは階段の裏側に回り込みました。ついていくと、階段に隠れるようにして鉄はしごが設置されているのを見つけました。


「さすがにここは通れないから、バイクは俺が責任もって預かっておくよ。食べ物は朝、昼、夕の三回持ってくる。少しくらいなら問題はないんだけど、下は商品ばかりだから、なるべく触らないように気をつけて。じゃあ俺は、まだ仕事があるから」


 そしておじさんは階段を上り、甲板へ上がっていきました。取り残された私たちは顔を見合わせます。そうしたところで下りる以外の選択肢などあるはずもなく、私ははしごに足をかけました。背後で、彼がバイクのスタンドを立てる音が聞こえます。


 はしごを下りた先は、木箱がひしめき合う暗い場所でした。ウィーン、という重低音がどこからか聞こえてきます。床は木でできていますが、壁は当然鉄な訳で、若干熱がこもっています。しかしそれも、我慢できないほどではありません。


「なんか、密航って感じだね」


 そう彼に話しかけると、彼もこくりと頷き、


「船室じゃないからね。でもまあ、オーサカ周辺みたいに岩の上で野宿、みたいなのよりは全然ましだよ」


と答えてくれました。


「それもそうだね」


 言葉を返しつつ、私は比較的箱の少ない場所にリュックを置き、腰を下ろしました。そしてポケットから丸い物体を取り出し、コンコン、と叩きます。すると、その物体はたちまち輝きだし、船倉を明るく照らしました。


 これは、おじさんが宿で渡してくれたもので、オーサカの技術を用いた最新鋭の灯りでした。


「そうそう、おじさんが話してくれたんだけどね」


 私の隣に座り、彼が話し始めます。


「ヒョーゴには、あまり人には知られていない洞窟があるらしいんだ。そこには宝石の原石がごろごろ転がっているらしい。それが欲しいから、わざわざおじさんたちはヒョーゴの村の一部を整備して、停泊地として使えるようにしたらしい。さっき積み込んでたのも、そうした宝石の一部だと思う」

「宝石?うーん。ただの石なのに、何がいいんだろうね」

「綺麗だからね。コノハだって、サクヤが欲しいと思ったのは綺麗だからでしょ?」

「あ、なるほど。納得」


 そういうと、彼がくす、と笑いました。


 間もなく、ゴオオ、と、出港を示す音が鳴りました。

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