ヒョーゴ 7
次の日。
朝食を終えた私たちは、やっぱり退屈していました。出港は明後日。まだ時間はたっぷりあります。だらだらと惰眠を謳歌してしまうと、体が鈍りかねません。
ということで。
彼に剣の稽古をしてもらうことにしました。と言っても、彼も剣の扱いに通じている訳でもないので、彼と組手をする中で感覚を掴んでいこうという試みです。
ヒョーゴには、探そうと思えばいくらでも空き地が見つかりました。なので、鍛錬の場所に困ることはありません。
「じゃあ、ここでいいかな」
そう言って、彼はリュックを地面に置きました。そこは、宿から歩いて三分くらいのところに見つけた、岩肌がむき出しの場所。しかし風化によってか、地面は意外と平らになっています。
彼がリュックからコノハナサクヤを取り出し、地面にそっと置きました。その傍に座って、私もコノハナサクヤに触れます。
「じゃあ、もう無理だと思ったらすぐに言ってね。昨日みたいに限界になる前にちゃんと言ってよ」
「うん、大丈夫」
「コノハの大丈夫はちょっと怖いからなあ」
そう言いながら立ち上がり、私から距離を取る彼。対して私は、目を閉じ少し集中して能力を解放しました。
彼の身体能力の四分の三だけ解放するイメージ。
途端に、私の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じます。私はひょい、とコノハナサクヤを持ち上げました。
「これ、抜かない方がいいよね」
コノハナサクヤの鞘を指さして尋ねると、
「いや、抜いていいよ。慎重にやれば怪我しないだろうし、まあ怪我しても能力使えばすぐ治るし」
という答えが返ってきました。
「本当に?」
「そんなに危ないことをするつもりはないしね」
「そっか」
私は腕に力を込めました。コノハナサクヤからカチ、と小さな音が鳴り、鞘が外れ、その刀身が露わになります。柄と刀身の継ぎ目に付けられた花の装飾が、陽の光を受けて青く輝きました。
「じゃあちょっと適当に構えてみて」
彼に促されるまま、私は思うがままにサクヤを正面に構えました。多分、彼から見ると剣を持って突っ立ってるだけ。
「コノハは右利きだっけ」
彼がつかつかと歩み寄ってきて、私の後ろに立ちます。彼の問いに頷いて答えると、彼の腕が私の左太ももに触れました。
こうしてほしいのかな、と左脚を後ろに引きます。すると今度は、彼の声が耳元で聞こえました。
「剣、右手だけで持てる?」
彼の息が耳にかかり、ぞくぞく、と少しこしょばゆく思いつつ、私は左手をサクヤから離しました。すると彼の手が今度は私の左腕を掴み、私の背後へと持っていきました。
「左腕でバランスを取る感じかな。肩の力抜いて、剣を胸の高さで構えてみて」
脱力をイメージし、彼の言う通りにします。彼は私の前に回り込んできて、私の姿を確認しました。
「うん、いい感じ。様になってるよ。後は、そうだなあ。踵を少しだけ浮かしてみて。体を軽くして、動き出すときは踵をついて踵から動き出すイメージで。常に跳ねるっていうのも、避ける動作にも攻撃の動作にも移りやすいからいいんだけど、余分に疲れちゃうからね。今はやめとこう」
あんまり理解できていないまま、私はなるほど、と呟きました。予想以上に剣の扱い方を分かっているような彼の口ぶりに、少々驚かされます。
「もしかして、誰かに剣習ったりしてた?」
そんな私の問いに対する、彼の答えは至って簡単でした。
「習ったことないよ。これが合理的なのかなって想像で話してる。あ、上体は起こして。視界を広くする感じ。構えている時は左脚に若干体重を乗せて、避けるときはそのまま左脚の方に、攻撃する時は右脚に重心を移して前に突っ込むってイメージだよ」
私は思わず口をあんぐりと開けました。想像だけでここまで語れるものなのでしょうか。
「それじゃあ次は、斬りかかってみよう。剣を持ってると攻撃が剣だけに偏りがちだけど、軌道を読まれてしまったら避けられちゃうから、蹴り技を使ったりするのもいいかもね」
「え、本当に大丈夫?私手加減とかできるほど慣れてないから、ちょっと怖いんだけど」
「問題ないよ。コノハがやりそうな動きは大体予想できるし」
「そこまで言うなら······」
私は少し腰を落とし、彼に言われた通り踵で踏み出しました。能力を使用しているので、思ったより速く彼との距離が縮まります。私は彼の頬をぎりぎり掠めるぐらいを目掛けて剣を突き出しました。
しかし、彼は脚を一歩引き、半身になって避けてしまいました。それは予想できたので、私は膝蹴りを彼の腹に打ち込みます。ところが脚を持ち上げる動作の段階で、彼の手が私の脚を抑えてしまい、動けなくなりました。
そうすると今度は、彼の脇腹が無防備に晒された状態になります。彼ならなんとかするだろうと、私はそこ目がけサクヤを刺し込もうとしました。案の定そこで彼のもう片方の手が私の手首を掴み、いとも容易く制されてしまいます。
どうにか離れようと、体を後ろに退きますが、彼の体も一緒に動き、私に肉迫しました。そのまま彼に抱きしめられてしまいます。
「危険だ、と思ったらこうして抱き着いてみるのも一つの手だよ。相手は攻撃しにくくなるからね」
彼の匂いが私の鼻腔をくすぐります。感覚が過敏になっている分、彼の存在をいつもより強く感じました。能力を使用した状態で彼に近づくのはちょっと刺激が強すぎるなと、その時初めて思いました。
「じゃあ、もうちょっとやろうか」
そう言って、彼が離れていきます。少し残念がる私。
その後、思っていたより楽しくなってしまった私たち。結局鍛錬は夕方まで続きました。そしてこれは、私にとって彼にまた近づけた大事な思い出になりました。




