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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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ヒョーゴ 6

 それから少しの時間が経って、私たちは夕食の席に招かれました。


 一階の一角に、いくつかの低いテーブルが置かれた畳の部屋がありました。靴を脱いで上がり、テーブルの一つの傍で床に座り込みます。隣り合って座った私たちの対面には、銭湯で話しかけてくれたおじさんたちがいました。


 ほどなくして、料理が振舞われます。あまり多くはありませんでしたが、白飯と小松菜、そして白身魚のソテーが私たちの前に並べられました。


「それで、君たちのことは何て呼べばいいのかな?」

「零村デトラだ。デトラでいい」

「柊コノハです。好きに呼んでください」

「じゃあ、お嬢さんかな」


 おじさんが柔和な笑顔で話します。国王はどこか他人を受け付けない、偏屈な雰囲気がありましたが、どうやらオーサカの人が皆そう、という訳ではないよう。


「それじゃあ、おじさんは何て呼べばいいんですか?」

「おじさんでいいよ」


 人の名前を聞いておいて、自分の名前を言わないとは何たることか。それとも、私たちが本当は私たち以外に興味がないことを見抜いているのでしょうか。


「多分、国王陛下からリベレーターについては聞いてると思うんだけど、プサンについては詳しく知ってるのかな。プサンのことは国王も簡単な情報しか知らなかったと思うんだけど」


 おじさんに問われ、彼が答えます。


「港からプサンの出口まではまっすぐ一本の道があると聞いた。それから、スピードが大事だと。人造人間の数がやたら多いっていうのも聞いてる」


 するとおじさんは、ふむ、と考える仕草をしました。


「ということは、プサンの研究所がどんな研究をしているのかは知らないのかな。まあ実際にプサンに行って見てみないとその意味は理解できないだろうし、国王陛下も俺たちが説明すると踏んで言わなかったんだろう」

「何か、まずいことでもあるのか?」


 彼がそう問うと、おじさんは深く頷きました。


「プサンは人造人間の研究を専門にしている。それは事実だ。でも、ただの人造人間じゃない。普通、人造人間は労働力を補うために造られるけど、プサンの人造人間はどちらかと言えば戦闘を目的に造られるんだ」

「戦闘目的?」


 人造人間が労働目的で造られるとは言え、十分戦闘要員になりえます。そんな人造人間を、戦闘目的に造るということの意味が、私にはあまり理解できませんでした。身体能力の極めて高い人造人間を、さらに戦闘に特化させるなどできるのでしょうか。


 おじさんが話を続けます。


「細かい理屈は分からないんだけどね。人造人間の素となる子供に薬を投与する際に、強いショックを与えるみたいなんだ。他にも色々手順はあるようだけど。

 そうするとね、人造人間は痛みを感じなくなるんだ。どんな怪我を負っても与えられた任務を遂行しようとする。たとえ四肢を損失するような大怪我だったとしてもね。多分、命に関わる怪我だとしても、自分の命より任務を遂行するんじゃないかな。まあ、普通の人造人間にしても同じことだけど、通常は大怪我を負うと痛みで動けなくなるからね。


 ただ、ショックを与えられる時に生じるストレスはかなり大きい。そのせいで、プサンの人造人間は色素が薄くなってて、全員白髪なんだ。だから簡単に見分けられるよ。その見た目のせいで、プサンじゃ彼らは『死神』って呼ばれてる」


 それは、とても苦しい話でした。今は人造人間として生きている人々も、かつては普通の子供たちでした。ひょっとすると、彼もその『死神』にされていたかもしれません。そう考えると、とても他人事とは思えませんでした。


「そんなことをすると、成功率はさらに低くなりそうだが、どうなんだ?そもそもプサンは研究に使う子供たちをどこから連れてきてるんだ?」


 彼の問いに、それもそうだと私は頷きました。失敗すれば、子供たちは何かしらの形で死ぬことになります。さらにショックを与えるとなると、死亡する子供たちはかなり増えそうです。


 おじさんの反応を窺うと、予想通り首を縦に振りました。


「成功率はとても低いみたいだよ。研究所に忍び込んだスパイがあまり情報を得られずに逃走してきたから、詳しいことは分からないんだけど。プサンの研究所はかなり警備が厳しいらしい。


 プサンはね、子供が行方不明になる確率が異常に高いんだ。王宮に強制労働させられて、その結果過労死で亡くなる大人たちが多くてね。表面上は王宮の為だけど、実際は研究所による無理強いだよ。結果孤児がたくさん生まれたんだ。


 そうして生まれた孤児たちが研究に使われてる。そんなまどろっこしい方法を取らずに、子供を誘拐してきて研究に使う、みたいな例もあるようだけど。逃げようにも王宮の許可がなければプサンからは出国できない。研究に必要な条件は揃ってる訳だ」


「なるほど。嫌な話だ」


 彼が苦々しい顔をして答えました。私も同感です。私は頷きつつ米粒を口に運びました。


「だから、国王陛下がスピード勝負って言ったのは当たってるよ。死神たちは体への負荷なんて関係なしだから、捕まると逃げるのは難しいんだ。だから、捕まる前に逃げないといけない」

「難しい仕事だなあ」


 珍しく人前で弱音を吐く彼。しかし私も、成功する気が薄らいでいくのを感じていました。


 冷めた米粒が、私の口の中で消えていきました。

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