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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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ヒョーゴ 4

 服を着た私たちは、バイクとリュックと共に建物を出ました。外は相変わらずの晴天。バイクに腰かける形で立ち、おじさんたちを待ちます。慌てて出てきたので髪を乾かせず、水滴がしたたり落ちます。まとめて絞ると、多量の水が地面へ零れていきました。


「いやあ、運がよかった。まさかここで商人の人たちと会えるなんて。もう少し見つけるの苦労すると思ってたけど、本当によかったよ。案外もう港に近いのかな」


 特に手入れしていないとはいえ、私よりも全然短い彼の髪はすでに乾きつつありました。そんな彼を少しばかり羨ましく見ながら、私は言葉を返します。


「そんなことないよ。デト君以外の人に裸見られるなんて、もう絶対嫌だからね」

「ん、うん。そうか、コノハにとっては災難だったね」

「そうだよ」


 私はむう、と頬をふくれさせました。無意識に。


 すると彼が、指で私の頬を突っついたのです。ぷふ、と間抜けな音を出して空気が口から抜けていきました。


「もう、何するの!そこは慰めるとこでしょ!」


 そう言うと、彼は笑顔を作り私の頭に手を置きました。私の非難など全く意に介していない様子。


「ごめんごめん。やったらどうなるのかちょっと興味あって」

「こうなるよ!」


 顔をしかめて彼を見る私。相変わらず彼は笑顔のままです。


 しばらくしかめ面を続けていた私ですが、そんなことをしているうちになんだか馬鹿らしく感じました。そして、彼の悪戯っぽい顔も相まって、私は吹き出してしまったのです。


「何、やってみたかったって。私そんなに頬膨らませてる?」

「よくやってるよ?可愛いなーっていつも見てるけど」

「本当に?恥ずかしいなあ」


 下らない、取るに足らない日常のひと時。しかしそんな会話が、とても愛おしく思えます。この宝石のようなひと時が私の思い出になっていくと思うと、自然と笑顔が零れました。


 そんな風に彼と二人きりの時間を楽しんでいるうちに時間が経っていたのでしょう。間もなくして、おじさんたちが銭湯から出てきました。


「待たせたね。じゃあ、行こうか」


 おじさんの言葉に頷くと、おじさんたちはさっさと歩き始めました。その後を、バイクを押してついていく彼と、少し能力を解放してリュックを背負って後を負う私。毎日能力を使うようにしていたことで、かなり能力使用には慣れてきました。おかげで、能力解放の程度を調整して、持続時間を延ばすことも可能になったのです。まだ、彼と全く同じレベルの身体能力にするのは負荷が大きいですが。


おじさんたちについていったところで、無人の荒れた街というイメージは無くなりませんでした。屋根が破れていたり、木が腐って倒壊していたり、蜘蛛の巣が隣の家にまで伸びている家もあって、人がいなくなってからかなりの時間が経っていることを思い知らされます。


 宿は、思っていたより近くにありました。温泉から歩いて十分くらいのところ。そして着いた頃には、家々に隠れて見えてはいませんが、磯の香りが漂っていたりして、海が近いことを実感しました。


 宿、というからには、少しは立派な建物なのだろうと予想していたのですが、全くそんなことはありませんでした。三階建ての、やはりボロボロな木造建築。確かに多少の手入れはされているようで、蜘蛛の巣はありませんが、年季が入っているのは間違いありません。


「二階の奥に空き部屋があったはずだから、適当に使って。三階は使ってもいいけど、床が腐ってるから危険だ。別に受付とかはいないから金はいらないよ」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」


 おじさんたちがずんずん中へ入っていくのに続いて、私たちも宿の質素な扉を開け中へ入りました。


 中に入って一番初めに目についたのは、ランプでした。天井に付いている蠟燭タイプの灯りは点いておらず、代わりに床のあちこちに置いてある石のようなものが眩しく輝いていたのです。


「これって、オーサカにあった奴と同じだよね」

「うん。さすが、オーサカ出身って感じかな。でも確かに、木製の家の中で火を使うのは危ないからね」


 思い出してみると、カナガワを出た後の船室でランプに火を灯した時、怖いと思ったことがありました。とは言え、普通は火以外に灯りになるものがないのですが。


 さて、入ってすぐ、入口の左側にある部屋の横には、上に続く階段がありました。螺旋状になっているそれは、幅は広いものの段差が大きく、子供や年配の方は苦労しそうです。


 恐る恐る足を置いてみると、ミシミシ、と階段が嫌な音を立てました。思わず動きを止めてしまいます。しかし上に上がるにはこの階段しかないようなので、二段目に足をかけました。ギイ、と不穏な音を鳴らす階段。私は、なるべく静かに上ろうと、背中を丸め必死になりました。まさか、こんなところで命の危険を感じるとは。


 どうにか二階に上がり、廊下に出ると、まっすぐ伸びた廊下の左右にいくつかの部屋がありました。そして、それぞれの部屋からは微かに談笑が聞こえてきたのです。


「奥の部屋ってこれかな」


 音を立てないように廊下の突き当りまで慎重に歩いた私たちの目の前には、一枚の扉がありました。念のため、彼が少し扉を開け中をのぞきます。


「誰もいない。ここみたいだね」


 そう言って、彼は扉を全開にし、入っていきました。私もその後に続きます。


 そして、部屋の中もやはり質素なものでした。

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