ヒョーゴ 3
恥ずかしさで悶えている私を横目に、彼は熱さに体を慣らしながらゆっくりと入ってきました。肩のくらいまで浸かると、岩にもたれかかりふう、と息を吐きます。
「うーんいい感じ。あったまるなー」
幸せそうな顔をする彼。私を見ると、いつまでそうしてるの、と言わんばかりの表情で首をかしげました。渋々、私は体を丸めたまま彼の横に行きます。
「よかったね。これで髪洗えるよ」
彼の言葉に頷き、私はぺちゃりと顔を湯につけました。息が空気の泡となって、ぶくぶくと弾ける音が聞こえます。
息がもたなくなると私はぷはあ、と顔を上げました。まだ私は酒を飲んだことがありませんが、なんとなく酔っ払ったらこんな感じなのかな、と想像を巡らせました。風呂の熱さでか、私は妙にふわふわとした気分になっていたのです。
上を見れば、清々しいほど青く高い空が広がっています。夏の暑さは一体いつ、どこかへ行ってしまったのでしょう。もうじき、彼のぬくもりをより感じられる季節になります。
なんだか幸せな、楽しい心持ちのまま、んふふ、とよく分からない声を出して私は彼にもたれかかりました。彼の肌と私の肌が直に触れます。頭を彼の方にこて、と乗せました。すると、とても心が安らぎました。
「もしかしてもうのぼせたの?」
そう言って彼が、私がもたれていないほうの手を私の頭の上に置きました。しかし私の行動を嫌がっている訳でもないらしく、その後特に何かをしようとはしませんでした。
そんなこんなで湯に浸かること数分。
今度は本当にのぼせそうになり、私は湯船から出ました。すると今度は体が冷たい空気に触れ、その寒さに驚いてぶるりと身を震わせました。
湯船を囲む岩の一つに背中を任せて座りました。ひんやりとした岩の冷気が体に浸透してきます。
その後は、近くに桶があったので簡単に髪を洗った以外は何をする訳でもなく、だらだらと時間を浪費していました。岩の冷たさを気に入って、そこを私だけの特等席にしました。と言っても、私と彼以外に人はいませんし、彼は未だ湯船の中ですから、私のこの特等席を奪う者などいるはずもありません。
······そう思っていたのですが。
「誰か来たな」
「えっ?」
彼の独白に驚いた私は振り向こうとして頭を岩にしたたかにぶつけました。
「いてて」
頭をさすり、涙をにじませながら彼を見ると、彼は入口の方をじっと見ていました。本当に誰か来たのかな、と考えたところで、私はようやく自分が裸であることを思い出しました。かなり長い間銭湯にいたので、感覚が麻痺していたのです。
私は慌てて湯船に飛び込みました。案の定熱くて跳び上がりましたが、今度は恥ずかしさ云々ではなく自分の体を隠したい一心で沈みます。
彼の後ろに身を寄せると、続いて能力を解放しました。少しくらっと眩暈がしますが、すぐに治ります。途端に、それまで感じていた以上の情報が私の頭の中に流れ込んできました。
湯船の湯のさざ波の囁き。どこかで水の滴る音。岩の隙間に僅かにある湿った茶色の土。口に広がる苦い鉄の味。口に湯が入ったりしたのでしょうか。もしかして、寝てた?
そして聞こえてきたのは、幾人かの男たちの笑い声と足音。声色から察するに、三十代くらいでしょうか。こちらに向かってきているようです。私はいっそう体を縮こめて、彼の陰に身を潜めました。
間もなく、声の主が姿を現しました。
入口の戸を開け入ってきたのは、五人のおじさんたち。初対面に言う言葉ではありませんが、体中毛むくじゃらで、はっきり言ってタイプではないです。
彼の陰から顔だけを出しておじさんたちの反応を窺います。一方で、おじさんたちは驚いた様子で私たちを凝視していました。
しかしおじさんたちの一人が、納得したように頷き、私たちに話しかけてきました。
「バイクあったからまさかとは思ったけど、もしかして君たちが国王の言ってた旅人さんかな?」
状況を理解した私たちは目を見合わせました。彼がおじさんたちと話を進めてくれます。
「ああ。予想より早く到着できたんだが、宿が見つからないので、取り敢えず風呂に入ろうと思ったんでここに来たんだ」
「なるほど」
声をかけてくれたおじさんが、私の顔を見ました。思わず彼の背中に隠れます。しかしずっとそうしている訳にもいかないので、恐る恐る顔を出しました。
そんな私を見て、おじさんが言います。
「別に来るのは問題ないけど、お嬢ちゃんがこっちにいるのはまずいなあ。滅多に人は来ないけど、俺たちみたいに来る奴もいる訳だし」
「すまない。別れているときに彼女に何かあったら困るから、一緒に入ることにしたんだ。すぐに出ていくよ」
「いやあ、別に出ていかなくてもいいんけど······」
私がふるふると首を動かすのを見て、おじさんの言葉が宙に消えていきました。彼だけならいいですが、彼以外の人と一緒に入るなど言語道断です。
「出ていく。ただ、その前に一応確認したい。あなたたちは今回俺たちを大陸まで乗せてくれる商人の皆さんで間違いはないのか?」
彼がそう尋ねると、おじさんはしっかりと頷きました。
「そうだよ。よろしく。俺たちが泊ってる宿に案内するから、俺たちが出てくるまで外で待ってて」
どことなく、おじさんからは彼と同じ雰囲気を感じ取りました。少し緊張が解けます。
私たちは頷いておじさんに応え、素早く温泉を出ました。




