ヒョーゴ 1
風が肌を撫でる。髪がたなびく。景色がどんどん後ろへ流れていく。しかしどこまで行っても地面は黒い岩のまま。砂埃がヘルメットをコツコツ叩く。頭上では太陽が私たちをねめつけている。バイクの爆音が重く低く響きわたる。でも、その音を聞いているのは私たち二人だけ。
オーサカを出た私たちは、都市国家ヒョーゴを目指して北上していました。相変わらずの殺風景に嫌気がさします。バイクで風を切って進んでいるからなのか、あるいは単純に寒くなったからなのか、空気を冷たいと感じるようになりました。その分、私の前に座る彼の背中の温かさに酔いしれることができるので、これはこれで嬉しいのですが。
バイクの速さは、予想していたよりもはるかに私たちの移動の助けとなりました。ただ、あまりに速すぎて少し気分が悪くなったりもしました。そのため、食事の時間以外にもたびたび休憩をとる羽目になっています。
「そろそろご飯にする?結構長い間走ったはずだし」
彼の大きめの声が聞こえてきます。私も負けじと声を張り上げました。バイクの轟音でどうしてもお互いの声が聴きとりづらくなってしまうからですが、おかげで喉が少し痛みます。
「いいと思うよ。ついでにちょっと休憩しよう」
私の声に彼は大きく頷き、バイクのスピードを落としました。徐々に音と砂煙が収まり、風景がゆっくりと流れていきます。
見渡す限り何もないだだっ広い荒野のど真ん中にバイクが止まり、私たちはバイクを降りました。ヘルメットを外し、髪をさっと梳きます。仕方がないことですが、だんだんと髪が絡むようになってきました。オーサカではできた水浴びが恋しくなります。
彼はバイクのスタンドを立てると、リュックを下ろすのを手伝ってくれました。バイクを背もたれに二人で座ります。リュックには、国王からいただいた食料が入っています。その中から缶詰という保存食と乾パンを取り出し、地面に置きました。缶詰の中身は鯖の切り身だそうです。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
手を合わせ国王の善意に感謝したあと、私たちはそれぞれ缶を開けました。缶詰はふたに輪っかがついていて、手で簡単に開くようになっています。
箸がないので手で口に運び、その味を堪能します。乾パンの味はもう飽きてしまいました。むしろ、口の中の水分が吸収されてしまうので嫌いになり始めています。
ともかく、私は彼との食事を楽しむことに徹しました。その最中、こんな会話に至りました。
「そう言えばデト君。ヒョーゴってどんなとこなの?」
「んー?んー······」
私の問いに、少し困った顔で俯く彼。
「実はね、ヒョーゴについてはあんまり知らないんだ。名前を聞いたことがあるぐらいで」
「そうなの?」
私は、彼にも知らないことがあるのかと驚きました。が、あんまり大きい反応をしてしまうと彼が傷ついてしまうかな、と隠したつもりです。それでも彼は恥ずかしそうにしました。
「ヒョーゴは昔は都市として残ったんだけど、何しろ他の都市から離れすぎているし資源も少ないから衰退していったんだ。今は都市国家というよりは廃村っていう方が正しいって聞いたよ。それぐらいしか知らない」
「知ってるじゃん」
思わずツッコんでしまいました。謙遜していますが、やっぱり彼には知らないことなどないのかも。
「それじゃあ、ヒョーゴは発展するすべがなかったの?」
「いや、ない訳じゃないみたい」
彼の言葉に耳を傾ける私。これから行く都市なので、多少なりとも興味がありました。
「ヒョーゴには温泉がたくさんあるんだ。全身お湯につかれるだけじゃなく、美容効果もあるらしい」
「行こうすぐ行こう今すぐ行こう」
「うん落ち着こうか一回」
温泉。その魔法の言葉は、私をたちまち元気にしました。というより、早く髪を洗いたかった。
そんなことがあったので、私はヒョーゴに行きたいとはやる気持ちを抑えきれず、彼をせかしてしまうことになりました。ことあるごとに「あとどれくらい?」と尋ねて、彼を困らせました。
結果、彼も精一杯急いでくれたのでしょう。当初の予定より一日早く、私たちはヒョーゴに着くことができました。
そして今、私たちの前には錆びた塗装のトタンの壁が広がっていました。
「これが、壁、なのかな······?」
思わず私は呟きました。これまで見てきた都市の壁に比べると、その質素で低い壁はあまりにみずぼらしく、頼りなかったのです。
「こっちに扉があったよ」
彼の言葉で我に返り、私たちはヒョーゴの中に入りました。家の入口と変わらないくらいの大きさの扉は開きっぱなしになっていました。
そこは、都市と呼ぶにはあまりにも廃れた場所でした。




