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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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オーサカ 10

「ばいく?」

「バイクってあの······?」


 慣れない響きに眉をひそめる私とは対照的に、どうやら知っているらしい彼の顔を見上げ、首をかしげてみました。すると彼はにっこり笑って教えてくれました。


「バイクっていうのは、昔存在した長距離移動手段の一つなんだ。前に車を見たことがあったでしょ?あれに次いで一般的で手に入りやすいものだったらしいよ。馬車とは比べ物にならない速さで走るんだ」


「その通りだ」


 国王が頷き、そのまま話し始めました。


「これで、お前たちにはまずヒョーゴに向かってもらう。そこに、前々国王の元側近たちが待機している。今は商人として働いているが、船にお前たちを乗せてくれるぐらいのことはしてくれる。ただ、密航と言う形にはなるがな。船はいくつかの港を経由し、最終目的地、都市国家プサンに到着する。そこからは、お前たち二人が自分たちの力で旅をするのだ」


 そして、国王は態度を改め、深刻な表情で告げました。


「はっきり言って、これは賭けだ。都市国家プサンは研究所に支援される形で育った国。研究所との癒着は類を見ないほど。当然、研究員の数も多いし、何よりプサンは研究所本部ニューヨークに次ぐ人造人間の数を誇る。だが、かと言って他の都市を目指すわけにもいかない。お前たちを連れていく商人たちは、オーサカ出身ということもあって研究所に目をつけられている。事前に報告した港以外には行けないのだ」


 国王の言葉に、私たちは黙って頷きました。彼か私かは分かりませんが、小さく喉が鳴りました。

 国王は続けて言います。


「いいか、プサンに着いてからは迅速さが鍵だ。船から降りたらすぐに出口に向かえ。プサンは、港から出口まで一本のまっすぐな道で繋がっている。可能ならバイクで走り抜けるんだ。このバイクは防弾仕様だ。そうそう壊れたりはしない。プサンの門は両開きで、かなり古くなっている。零村デトラ、お前なら壊せるかもしれない。


 プサンを出たら、ひたすらバイクを走らせろ。その燃料が尽きるまでな。陸路なら、バイクが最速だ。研究所の人間に追いつかれることはない。お前たちがプサンにいた情報が伝わる前に、次の都市に着くだろう。後は自分たちでどうにかしてもらうしかない。


 零村デトラ。お前たちがトーキョーを出たのはかなり前のことなんだろう?そろそろお前の情報が研究所に出回っていてもおかしくはない。くれぐれも、自分は顔を見られても大丈夫だ、なんて考えは持たないことだ。ああ、それから」


 国王は、おもむろに上着の裏から小さな黄金色の物体を取り出しました。国王の手のひらに乗せられたそれをよく見ると、なにやら小鳥の姿を模しているようでした。

 また、国王の口が開かれます。


「これが、私が世界中の国の王と連絡を取り合っていた手段の正体だ。空を飛ばすことで長距離の手紙のやり取りが可能になる。使い方は簡単だ、口から文書を入れて思いきり空へ投げればいい。私の許へ来るように設定してある。ヴィリュイスクに着いたらこれを使え」

「分かった。何から何までありがとう」

「ありがとうございます」


 私たちはぺこりと頭を下げました。国王は破顔し、謙遜するように首をふりました。そう言えば、国王に笑顔が少し増えたような気がします。




 その後、私たちはヒョーゴまで行く分の食糧をもらい、オーサカの出口まで国王に見送ってもらいました。


 悩みに悩み抜いた末、最終的に選んだバイクは、黒地に赤の線や星がデザインされたちょっと派手なもの。私はこういったものは何が良くて何が悪いのか分かりませんが、彼は目を輝かせていました。


「それじゃあオーサカ国王、一週間ありがとうございました」


 一通りバイクの説明をされ、ヘルメットを着けバイクに跨った私たち。私の前に彼が座って、運転を担当します。私はリュックを背負う役ですが、バイクの椅子に置く形になるのであまり重くはありません。


 国王は静かに頷くと、ゆっくりと歩み寄ってきました。


 彼の傍にいき、耳打ちするように話す国王。


「これは言うべきかどうか迷ったが、一応伝えておこう。実はな、お前たちがここに来た三日後、木花守矢が死んだという連絡があった。お前たちにコノハナサクヤを託して安心したんだろう。眠るように亡くなっていたところを商人仲間が見つけたそうだ」


 呆気にとられた私たちに、国王は嘆願するように言いました。


「別に私はあいつの理念の全てを理解している訳ではないが、しかし人類を守るために奔走した勇敢な男だったのだ。惜しい男を失くしたことに変わりはない。


 重ねて頼む。どうか、死なないでくれ。何としてもヴィリュイスクにたどり着け。あいつの理念を、受け継いでやってくれ」


 国王の声は、悲壮な響きをもって聞こえました。その深刻な声色に押し黙る私ですが、彼は頷き応えて見せました。


「約束する、国王。俺たちは必ずヴィリュイスクに行く。必ず幸せを手に入れる。だから、ゆったりと構えてくれ」

「そうか」


 国王は安心したように静かに笑いました。


「ナズナ、門を開けてやれ」

「カシコマリマシタ、国王陛下」


 もはや愛着すら覚えるその声で答え、ナズナが鉄の壁へ近づいていきました。壁にペタリと手を付けます。たちまち、ウィンと大きな音が鳴り響いて、出口が現れます。


「では国王、行ってきます」

「本当にありがとうございました」


 彼がアクセルを回します。バイクが大きな音と埃を立てて発進しました。私は左手を彼の腰に回し、右腕を振りました。国王とナズナが応えるように手を振ってくれます。その姿もすぐに小さくなり、そして穴が閉じていきました。


 未来都市オーサカ。短期間ながら濃密な時間を過ごしたその場所が今、思い出になろうとしています。

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