オーサカ 7
「木花守矢は、姉の木花咲夜から研究所の正体を聞かされていた。守矢は研究所の陰謀を阻止するために世界解放軍を設立し、研究所によって姉が殺された後も密かにその勢力を拡大し続けた。研究所にばれないよう慎重にな」
言い終えると、国王は疲れたように椅子にもたれました。どうやら国王も私たちと同じく緊張していたらしかったのです。
しかし彼は、そんな様子の国王に容赦なく質問をぶつけます。
「それは大層なことだが、しかし俺たちは今までリベレーターなんて名前は聞いたことがなかった。勢力を拡大したそうだが、どれくらいなんだ。研究所に対抗できるのか?」
すると国王は、もっともな質問だとばかりに頷き、ゆっくりと口を開きました。
「世界は広い。審判の日に起きた大災害によって人類はその数を大きく減らしたが、都市国家の数は二百に迫る。私はそのうちのおおよそ三分の二、百十を超える都市国家の王と繋がっている。もしそれらの国の王全員が兵を出せば、たとえ世界中にいる研究員が集まったとて、兵力差は埋められまい。加えて二百以上の商人、商会によって物資の確保も可能だ。研究所との全面戦争も夢ではない」
私は呆気にとられ、思わず口を挿んでしまいました。
「戦争を起こすつもりなんですか!? それも研究所との全面戦争だなんて、一体何人の犠牲者を出すつもりなんですか!」
「そうだ。それに、相手は研究員だけじゃない。研究所を信じている人間は多い。そんな人間も合わせれば、数は圧倒的に研究所に利がある。オーサカ国王、あなたはそんな一般市民も巻き込むつもりなのか?」
私に同調するように、彼が言葉を重ねます。彼もあまりよくは思っていないようです。
しかし国王は、狼狽える様子など微塵もありません。
「柊コノハ。お前に賛同することはできない。研究所に対抗するのに、まさか話し合いを行なえとでもいうつもりだったのか?相手は世界を牛耳る巨大勢力だ、多少の犠牲は仕方あるまい。しかしデトラの言うことは正しい。確かにその通りだ。だからこそデトラ、お前が必要なのだ。研究所の非道の証拠であるお前が!」
声を張り上げる国王。その口調から国王が本気であることが痛いほどよく分かり、私たちは言葉を発することができません。
国王は息を整えると、再び喋りだしました。
「世界解放軍の本拠地は大陸の北方にある都市国家、元ロシア、ヴィリュイスクにある。まずはヴィリュイスク三番街にある酒場を目指せ。そこに、研究所の全てが綴られた木花守矢の手記がある。お前たちがそこに着けば、それが合図となり、世界中から兵士たちが集まるだろう。その時ようやく私たちは、研究所本部に戦争を吹っかけられるというわけだ」
「本部って、まさか······」
私の独白に、国王は大きく頷きました。
「研究所本部。研究特化都市ニューヨークそのものだ」
私たちは、そのあまりにも無謀とも思える提案に呆然としました。色々と言いたいことはありますが、そもそも距離を考えれば現実的とは到底思えません。
そして私の最も言いたかったことは、彼が言ってくれました。
「······ここまで話してくれたのは本当に感謝している。だが、本当に申し訳ないが、俺は研究所と対抗するとかそういったことに関わるつもりはない。俺はただ、コノハと一緒にいたいだけだ。もちろん、コノハが協力したいっていうなら別だけど······」
そう言うと、彼は私の顔をちらりと窺いました。私は即座に頷き、彼に代わって言います。
「私もデト君と同じです。二人で幸せに暮らしたいだけなんです」
続けて、表情の暗い国王に、ずっと訊きたかったことを尋ねました。
「国王様。もしかして貴方なら、呪いを解く方法をご存知なんじゃないですか?」
すると、国王の眉がぴくりと動きました。鋭い目が訝しげに私たちを見ます。
「呪いだと?まさかお前たち、呪われたとでも言うつもりか?どっちが呪われたんだ」
「私たち二人ともです」
「何?」
国王は呆れたように椅子にもたれかかりました。事態を憂う険しい顔。国王の沈んだ声が低く響きます。
「すまないな。呪いの解き方は知らない。呪いの存在は知っているがな。······いや、待てよ」
そこで、国王がはっと何かを思いついた顔をしました。
「あいつ······木花守矢は、確か呪いのことも知っていたはずだ。私が呪いのことを聞いたのはあの男からだからな。守矢は手記にこの世の真実の全てを記したと言っていた。手記に呪いの解き方が書いている可能性は、低くはないぞ」
その言葉で、私の視界がパアッと明るくなった気がしました。呪いを解く鍵、未来を幸せにする一縷の希望。それが今、形となって目の前に現れたように思えたのです。
「それは本当か?俺たちをけしかけるための嘘じゃないよな」
「ああ。もちろん、お前たちが無事ヴィリュイスクにたどり着けるよう最大限の支援をする。どうだ、協力してくれるか」
国王に問われ、彼は私の眼をじっと見ました。私は一も二もなく頷きます。自然と口が綻びました。
「分かった。正直、世界がどうとかはあまり興味はないが、ヴィリュイスクには行こう」
「よし、交渉成立だな」
彼と国王の口に、笑みの色が見えました。




