オーサカ 6
「零村デトラ。お前は今まで、自分が妙に運がいいと感じたことはなかったか。お前はワカヤマからトーキョーまで一人で逃げたんだろう?賢いお前だ、子供が一人であの距離を行くのが無理なことぐらい、分かってたんじゃないのか?」
国王に問われ、彼は顔をしかめて考え込む素振りを見せました。
「確かに、運がいいと思ったことはある。それこそ、よすぎると思ったことも。そもそもトーキョーの家を見つけた時だって、支払いが終わった後に購買予定者が失踪したとかで、無償で手に入ったんだ。だが······」
彼が見せた不審がる顔。国王のことを信じ切れていないようでした。
「その男が、ずっと俺を支援してきたとでも?」
「その通りだ。それ以上でもある」
国王は自信ありげに断言しました。そして、彼の方を力強く見返します。
「その男は、研究所御用達の武器商人として研究所につけ入り、情報を集めていた。そして、人造人間製造計画の存在を知ったのだ。引き続き調査を続けた男は、ワカヤマで成功したらしいと知った。そこで男はワカヤマを訪れ、お前の存在を知ったのだ。お前が捨てれらたことを知った男は、お前を見守ることを決心した。研究所にばれないよう、こっそりとな」
そんなことを言われても、納得できるはずがありません。それは彼も同じようで、しかめ面はそのままでした。
「何故そんなことをする必要がある?研究所は、俺が一人では生きていけないだろうと踏んで捨てたんだ。俺を守ったことが知れれば、男の命も危ういだろう。それに、俺を見守ってきたそうだが、ならどうしてトーキョーを出たあの日、剣を俺たちに売ったんだ。何故追い払わずに俺たちと接点を持ったんだ」
まくし立てるように言う彼に、国王は我がままを言う子供を見るような表情を見せました。
「落ち着け。私の知っていることは全て話すから。
そもそも、世界解放軍を設立したのはその男だ。研究所の所業を知り、研究所を打倒するために、男が二十と少しの時に創った。そして、研究所を打倒する上でお前の存在は欠かせなかった。何故か分かるか」
「人造人間の存在を世に知らしめ、研究所の非道を公表する······?」
「その通りだ」
彼の言葉に、静かに頷く国王。そしてまた、話を始めました。
「それに、人造人間並みの身体能力を持ちながら研究者以上の知恵を得ているというのは、軍にとって重要な戦力になる。
青い剣、コノハナサクヤのことだが、それは研究所を倒すのに必要らしい。悪いが、その剣が何故必要なのかは知らないのだ。だが、その剣を作った人間なら知っている」
そう言うと、国王は私の顔を見つめました。思わず私は背筋を伸ばします。
「その剣の銘、コノハナサクヤは、作った人間の名前そのままだ。柊コノハ、お前なら知っているんじゃないのか」
そう言われ、私は首をかしげます。全く思い当たる節がありませんでした。ただ、何かを知っているという感覚は、確かに私の中にあったのです。
悩み続ける私を見て、国王は解を与えてくれました。
「その剣を作ったのは木花咲夜。お前の祖母だ」
その瞬間、私の脳裏に閃くものがありました。ずっと昔、母が教えてくれたこと。祖母、木花咲夜は、研究所を裏切って殺されたのだと悲しい顔で話す母の顔。それが突然、まざまざと思い出されたのです。
「木花咲夜は、天才科学者として幹部の中でも権力を持っていた。科学だけではない、政治、経済、現在存在するあらゆる制度の制定に関わっている。当然、人造人間製造計画にも関与していた。だが、木花咲夜は研究所幹部の中で唯一、人造人間製造計画に反対していた。彼女は、研究所の利益のために犠牲を生み出すことをよしとしなかったのだ。
彼女は、研究所信仰に懐疑的だったそうだ」
「研究所信仰?」
聞き慣れない言葉に眉をひそめる彼。国王は、説明してやれと言わんばかりに私に微笑みかけました。
もちろん研究所信仰なんて言われても分からない私ですが、しかし口をついて出た言葉がありました。
「宣誓
我ら研究者は科学こそを神とし
研究を祈りとする
我ら神の代理人
不純物を取り除き、正しい世界を生み出すことを誓う」
「コノハ?」
口を押さえ自分の言葉に驚く私を、不安そうに彼が見ています。私は大丈夫、と笑って曖昧に誤魔化そうとしました。
一方で国王は満足げに私たちを眺めていました。
「その通りだ。親が言っていたのを覚えていたか?研究者は毎朝それを言わないといけないからな。だがその言葉こそが、研究所信仰を深める最大の要因だ。
彼ら研究所、特に幹部は研究のことを第一に考え、研究者こそが支配者であるべきだと考えている。正しい世界とは、研究者以外の人間がいなくなった世界だと思っているのだ。全ての研究は自分たちのため。研究を進めることは世界を正すこと。科学者は神の代理人として研究を行う。
そもそも人造人間製造計画が、正しい世界にするための一環なのだ。完全な人間である真人類を生み出し、人類を淘汰し、支配するためのな。そして、研究者自らが神となろうとしている。
まあ、こんな風に偉そうに話してはいるが、全てその男の受け売りだ」
「なるほど」
理解を示す彼。しかしその表情は喜びなどではなく、むしろ苦々しく歪められていました。
「その計画が無茶だとは思わない。なにしろ現に俺を造り出したんだ、達成する日もいつかは来るんだろう。だが、何故研究者でもないのにそこまでのことを知っている。その男とは何者なんだ」
すると、国王は再び私を見ました。
「男の名は木花守矢。木花咲夜の弟で、柊コノハ、お前の大叔父だ」




