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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 後編
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オーサカ 4

 ナズナに連れられ柱伝いにずっと歩いていると、私たちが出てきた部屋のおおよそ正反対の位置に、重厚な木製のドアがありました。錆びついた金属のドアノブがついているので、どうやらさっきのように動く部屋ではなさそう。少し色褪せてはいましたが、丁寧に装飾が施されたドアはとても立派です。


「コチラデ国王ガオ待チデス」


 そう言って動きを止めたナズナ。自分で開けて入れということなんでしょうか。私たちは顔を見合わせ、覚悟を決めて頷き合います。

 彼の手がドアノブに触れました。鼠の泣く声のような音を立てて、ゆっくりとドアが開きます。それとともに、部屋の中が段々露わになっていきます。


 頭をかがめて入っていった彼に続いて、私もおずおずと足を踏み入れました。そして、部屋の明るさに思わず目を瞑ります。


 目が慣れ、開けられるようになるまでそう時間はかかりませんでした。そして私は、その部屋の豪勢なことに驚き、目を見開くのでした。


 天井で部屋を照らすのは、煌びやかな大きい明かり。垂れる鎖の先に、十くらいに分岐した棒がついていて、それぞれの棒の先にランプが取り付けられていました。

 その明かりを受け、私たちを支えるのは赤い絨毯。金の糸で幾何学模様が刺繍されていて、反射した光が私たちの目を焼きます。


 顔を上げた先、部屋の奥は少し高くなっていて、壇上にはふかふかそうな椅子がありました。白いその椅子は、確かソファという名前だったかな、とふと思い出します。カナガワの宿で似たようなものを見かけました。


 そして、その椅子に深々と腰を下ろし、私たちを見据える男。ゆったりとした白い礼装とマント、整えられた黒髪。歳は五十くらい。その人こそが、オーサカ国王でした。


「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました。しかし、今月の納期は後一週間先のはずですが、どうかされましたか」


 国王、という肩書には似つかわしくない丁寧口調。よく見ると、姿勢こそ威厳あるどっしりとした構えをとっていましたが、その体は少し強張っているようでした。利発そうな目が、油断なく光っています。


 話しかけられた以上、答えなければなりません。こういう時、いつもなら彼が対応してくれるのですが、国王はどうやら私たちが研究所の人間だと思っているようです。なら、赤い目の彼のことは人造人間だと思い込んでいるはずです(実際そうですが)。彼以外の人造人間は知能が低く、難しい会話はできません。このまま国王を騙すのなら、必然的に私が応えなければなりませんでした。


 念のため彼の顔を窺い、表情で指示を仰ぐと、彼は小さく頷きました。突然の仕事の重さに思わずため息がでます。


「実は、急遽大量に使用する実験がありまして。少し早めに参りました」


 そう言って、ひとまず国王の反応を見ます。特に不審がる様子はありません。どうやら敬語で問題はないようです。


 一体国王が何を取り扱っているのかも理解しないまま、会話は進みます。


「それは構いませんが、まだ準備ができておりませんので一日ほど時間をいただきます。それでもよろしいですか?」

「ええ、もちろんです」


 とりあえず適当に話を合わせておこう、と思い、私は短い返事を返しました。早く終わらないかなと願うものの、国王はまだ何か言いたげです。


「どうかしましたか?」


 もしかすると何かしら情報を得られるかもしれないと思い、私は思い切って自分から尋ねてみました。

 すると国王は、言いにくそうに口を開きました。


「実はお願いがありまして。鉄の価格を上げさせていただけませんか。オーサカの財源は鉄のみですし、取引できるのも研究所に限られておりますので······」


 その言葉に、私は思わずじっと国王を見つめました。有益な情報が手に入ったからなのですが、国王はどう勘違いしたのか、弁解の言葉を続けました。あいにく、ほとんど聞き流してしまったのですが。


 国王の言葉が真実であるとするなら、国王が取り扱っているのは鉄、ということになります。鉄くずの散乱するオーサカの状況を考えてみれば、当然と言えば当然です。

 そして、何故他の国へ鉄を売ることをせず、ため込んでいるのかということの答えも得ました。研究所が独占している。おそらく鉄を高額で買い取る代わりに、販売先を研究所に限定させているのでしょう。研究所が大量の武器を手に入れられる理由にも、オーサカからの独占入手が絡んでいるかもしれません。


 しかしそうであるなら、国王はすでに多額の金を受け取っているはずです。こんな願いを申し出る必要はないはずでした。


「金は十分にあるはずです。その願いは聞けません」


 とりあえず断っておこうと思い、そう答えました。すると国王の顔が、みるみるうちに歪んでいきました。


「十分ですって?我が国では国内で食糧を得る手段がないので、輸入に頼りきりであることはご存知でしょう。そのための金があなた方からいただく分だけでは賄いきれていないことも。オーサカの人口は今も減り続けています。皆他の国へ逃げてしまった。それなのに、十分だと?」


 思わぬ反応に、私は思わず後ずさりします。そいて、思っていたことが反射的に口から出てしまいました。


「それなら研究所との関係を打ち切って、他の国へ鉄を売ればいいじゃないですか。研究所の頼みを断って」

「それは、あなたたちが······」


 絶句して固まる国王。軽いパニックを起こしている私は、どう話を続ければいいか分かりません。


 と、そこで国王の顔が何かを悟ったように静かになりました。重々しくその口が開かれます。


「お前たちは、本当に研究員か······?」


 国王の凍てついた視線が、私たちを厳しく捉えていました。

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