表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
4/71

トーキョー 3

「二十年くらい前のことらしいです」


 私は、どう話すか考えながら、ぽつりぽつりと話し始めました。


「私の父が、研究所の研究員になりました。父は、誰もが信じているように、研究所は人類の希望だと考えていたそうです。父の学生時代は、ようやく教育機関が充実し始めた頃だそうで、父はお金を工面して必死で頑張って、その努力が認められて研究所に入ったんだとか。人の役に立てると思って、本当に嬉しかったそうです。


 それから、父は母と出会いました。母は、父の指導員でした。といっても、別に重役についていた訳では全然なくて、むしろ下っ端だから指導役を押し付けられたみたいで。そんな理由で、母は指導の意気込みは充分あったけれど少し憂鬱な気分になっていて。でも、父はそんなことはお構いなしに、母に一目ぼれしたんです。父はもともと何にでも一途な熱い人というのもあって、母に対するアプローチは猛烈だったそう。母は母で、父のことをよく知らないからと初めは断っていたけれど、二年もそんな状況が続いて折れてしまったんだとか。


 そんなことはありましたが、父も母も努力志向の人間だったので、みるみる頭角を現し、どんどん昇格していきました。父は特にそれが顕著で、重要な仕事もいくつか任されるようになりました。


 そんな中、私は生まれました。


 父も母も、それはもうとても喜んだそうです。このも研究員にするんだ、人を思いやる優しい子にするんだって。研究所の人たちも一緒に祝福してくれたそうです。特に重役の人たちが嬉々としていたみたい。この調子でたくさん子供をつくるんだぞなんて言われて、両親は奇妙に思ったけど、幸せに気を取られてあまり深く考えなかった。


 それから数年が経ち私が五歳になった時、父は人造人間の開発に携わることになりました。といっても、あまり深い内容には関わらない事務的な作業ばかりで、父は人間を人間が造ることを不気味に感じながらも、世界のためだと思って頑張ったそうです。自分が何をしているのかも知らずに。


 さらに五年経って、父は、子供のちぎれた手足がどこかに運ばれるのを見ました。後で上司に尋ねた父でしたが、ろくに相手にされなかったと聞きました。そして、妙だと思った父は、隙を見て人造人間製造計画の資料を盗み、その内容を知ってしまったのです。おそらく父にも何か予感めいたものがあったのでしょう。時折研究所に連れてこられる子供、父が運んでいた大量の注射器、禍々しい赤色の液体、密室の実験室から聞こえる大きな物音。奇妙に感じないはずがありません。


 そして父が知った、人造人間創造計画の全貌。しかしその実態は、人間をゼロから造るなんてものではありませんでした。研究所がしていたのは、子供を連れてきて、自分たちの都合のいいように改造すること。結局、人間をゼロから創るなんて無茶だったのです。でも、身体能力を無理やり上昇させるなんてことが毎回成功するわけもなく、むしろ失敗の方が多いくらいで。父が見た子供の手足は、実験に失敗した子供の僅かに残った遺体。計画に直接携わっていた研究員にとってはただのごみだったのでしょう。


 父が見つけたのはそれだけではありませんでした。資料の端に書かれた殴り書き。それは、これから三年の間に、柊家の娘、つまり私を研究に用いるというものでした。


 しかし、それを見つけても、父は何か行動を起こそうとはしませんでした。起こせなかったんです。なにしろ、世界に広がる巨大組織。余計なことをして、父と母が殺されて、私が研究に使われてしまったら元も子もない、と考えたのでした。ただ、父は母にだけは相談しました。母も疑問に思っていたことがいくつかあったようで、すぐに事実を受け止めました。二人は、着々と逃亡の手立てを講じていきました。慎重に。綿密に。


 ちょうどその頃、父は妙なことができるようになりました。あなたは信じてくれるか分かりませんが、巷では呪いなんて言われるものによって、能力を得たのです。それは、どんなものでも一つだけ見えなくすることができる、というものでした。父はその能力を使っていろんなところに侵入し、研究所の秘密を知ろうと必死になっていました。人造人間創造計画の資料の多くも、その能力を用いて発見したようです。


 一年が過ぎた頃、父は人造人間の製造に直接関わるようになりました。父が具体的に何を見たのかは知りません。ただ、父は私たち家族にあてがわれた部屋に帰ってくるたびに、私を抱きしめて泣いていました。

 そしてさらに二年。私が研究に使われるかもしれない年。私たち家族の逃亡計画がはっきりと形になった時でした。


 私たちの住む部屋に、突然研究員たちが押しかけてきました。父は咄嗟に私を見えなくしました。研究員たちが、私はどこかと聞いて、知らないと答えた父を殴りました。私は、悲鳴を上げないように口を押さえておくので精一杯でした。母は涙を流しながら、研究員たちを睨んでいました。


 父が身を庇いながら、手で逃げろと合図を出しました。一人で逃げるのが怖かった私は、母の手をぎゅっと握りました。突然見えないところから手を握られた母は一瞬驚いたようでした。しかしすぐに靴を脱ぐと、私の手を引っ張って、研究員にタックルをかまし私もろとも部屋から出ました。そこからは無我夢中で母と走り、出口へと向かいました。


 出口まであと百メートル。しかしそこで銃を装備した研究員が追っ手に加わりました。母はそれを見て自分が生き逃げるのを諦めたようでした。母は、掴んでいた手を離すと、追っ手の方を向いて立ちふさがりました。本当は一緒に逃げたかった。でも、嫌でも母の覚悟が伝わってきてしまった。私は、がむしゃらに走りました。


 後ろで銃声が聞こえました。何かが床に落ちるような音がしました。父の能力は、私を見えなくすることはできても、私が発する音までは消せません。私は必死に泣くのを我慢しました。そしてどうにか研究所を脱出したのです。


 尚も走り続けて数分経つと、私の体が見えるようになりました。それが、父の死を意味していたのかは分かりません。とにかくその時、ただひたすら泣いていたのを覚えています。


 研究所が、私の脱走をどうでもいいことと割り切ってくれれば、どんなに楽だったことか。でも、そんなことはありませんでした。私は、研究所の弱み、重要機密を知ってしまっています。たとえ研究所が世界で類を見ない巨大組織で、私がちっぽけな一人の少女であっても、研究所にとっては不安要素であることに変わりはありません。命を狙われながら三年間、私は逃げ続けてきました。その中で、人造人間に襲われることもあった。だから、あなたと会った時、あんな態度をとってしまいました。本当にごめんなさい」


 そう言って、私は頭を下げました。いつしか、私の頬を涙が伝っていました。父と母のことを考えた時はいつもこう。あの時の焦り、不安、悲しみ、怒りが混ざった涙は、三年前の出来事の確かな証拠でした。


「いや、いいんだ。よく話してくれたね。ありがとう」


 そう言って、彼はハンカチで涙を拭ってくれました。うかつにも、また泣いてしまいそうになりながら、私は口を開きました。


「三年の間に、私を匿ってくれた人もいました。でも、そういった人はみんな殺されてしまった。あなたはそんなことになってほしくないんです。ここまでしてくれて本当に嬉しいです。でも、もう私には構わないでください。すぐに、出ていきますから」


 すると彼は、ちょっと驚いたような悲しむような顔をして告げました。


「大丈夫だよ。何回も言うけど、俺はちょっと特殊なんだ。そこいらの人造人間には負けないさ。それに、君はまだ安静にしておくべきだよ。足の傷は思ったより浅かったけど、でもまだ歩ける状態じゃない。少なくともあと一か月は、ここにいなよ」


 そんな彼の言葉に、ほっとした私がいました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ