オーサカ 3
オーサカの中心の塔までは、予想外に長い距離がありました。おまけに道路に散乱する鉄くずを避けて歩かなければならず、私は前を行く妙なものについていくので精一杯でした。
それでもどうにか、一時間ほど歩いたすえに私たちは塔を目の前にしました。塔の周囲は不自然に片付けられており、地面が埋もれることなく見えていました。周りをぐるりと歩くだけでも十分以上はかかりそうな、巨大な塔。何より気になるのはその高さ。
「着いた」
「着いたね」
そう言ったきり、私たちは塔をぽかんと見上げていました。トーキョーのスカイツリーと比べると低いような気もしますが、いかんせん高すぎて比較できません。あまりの大きさに圧倒されて、口が勝手に開いてしまうのです。上から見れば、さぞかし間抜けな顔だったでしょう。
しかし私たちがそうやって呆然としている間にも、人型のそれはどんどん進んでいきました。危うく置いていかれるところでしたが、彼が気付いて慌てて声をかけてくれたので助かりました。
ぽっかり開いた、どう見ても爆発のような不慮の事故でできたと思われる穴から中に入ると、やはり床は相当散らかっていました。埃か風化で削られた床の末路なのか、白い粉が床一面を薄く覆っています。
天井からは黒くて太い紐のような何かが垂れ下がっています。紐の中からはさらに無数の赤、黄、黒の細い紐が飛び出ていました。
まるで、地球ではないどこか別の場所にきたような気分で辺りを見回す私と彼。そんな私たちなどお構いなしに進んでいた人型の何かは、中央に存在するとても大きな柱の前でぴたりと止まりました。そこにあったのは、両開きのドア。人型の何かの腕が伸びて、ドアの横の何かを押しました。
その動作の後一向に動き出そうとしない人型物体。何かを待っているようにも見えるその姿に、もしや自分で開けることができないのかと思い、私たちは人型物体の後ろへ移動しました。
そして、彼が代わりに扉を開こうと手を触れた時。突然、チン、と音が鳴りました。驚いて手を離す彼。すると、扉が一人でに動き出し、横にスライドして、その奥にあった小さな部屋を露わにしました。呆気にとられ動けない私たちをよそに、人型の何かはすうっと部屋の中に入っていきました。慌てて私たちも部屋の中に入ります。
しかしその部屋は、倉庫にも使えなさそうな小さな部屋で、絨毯が床に敷かれているほかは何もなかったのです。天井から部屋を照らす明かりは、少なくとも蠟燭ではありません。それが何か確認しようとしますが、眩しくて目を細めてしまい、全く分かりません。ランプを使ってもこれほど明るくはならない自信がありました。
と、唐突に部屋全体が揺れました。何事かと身構える私を、内臓が浮き下がるような感覚が襲いました。何が起こっているのか分からず混乱しますが、どうやら部屋が上へ上がっているらしいことだけは理解しました。
「全く、分からないことだらけだな」
途方に暮れたような顔をする彼の側には、数字が彫られた突起がいくつも付いていました。そのうちの一つ、「22」が点滅しています。
私は、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにしました。といっても、さすがに彼も分からないだろうから、人型の何かに直接。
「ねえ、あなたは一体何なの?」
すると、その質問を待っていたとでもいうように、人型の何かはキイキイとあの高い声で答えました。
「ワタシハ国王ニ造ラレタ人間接待型非戦闘機第五号機、コードネーム『ナズナ』デス」
「ナズナ?」
聞いたことのない単語の羅列に戸惑う私。私の独白に答えてくれたのは彼でした。
「ナズナっていうのはね、白い小さな花を咲かせる草のことだよ。確か食べられるはず。昔はいろんなところに咲いていたらしいよ」
「そうなんだ。見てみたいな」
私は食べられると聞いて心惹かれたのですが、彼はどう解釈したのか、可愛い花なんだよーと嬉しそうに言いました。私は曖昧に笑って誤魔化します。
そうやって何秒その部屋にいたでしょうか、部屋の動きはやはり突然止まりました。体の中が浮くような妙な感覚に、少し気分が悪くなります。
扉が開き、私たちはすぐに部屋から出ました。仕組みの分からないものの中に、そう長い間居たいとは思いませんでした。
しかし、一面ガラス張りになっている壁からの景色を見て、私を襲った嫌な感覚などすぐに吹き飛んでしまいました。
そこからは、オーサカの街並みが一目で見下ろせました。眩暈がするほどの高さから見る景色。残骸の広がる灰色の町は、どこを見ても様子は同じで、上を見れば相変わらずの曇り空でした。
鏡にへばりつくようにして外を見る私の横で、彼も驚いた様子で立っていました。
「すごいな。本当にどうなってるんだ?」
そんな彼の独白が耳に入ってきます。一も二もなく頷く私。
そうやって風景に魅入る私たちの背中に、ナズナというらしい人型物体の声がかけられました。
「コチラヘ。国王ガオ待チデス」
無機質な声なのになぜか怒られているような気がして、私たちは慌ててガラスの壁から離れました。ナズナの方を見ると、すでにどこかに向かい始めていました。すぐに追いかけ始める私たち。オーサカに来てから、翻弄されっぱなしです。




