オーサカ 2
その後二日間、私たちは黒い大地を歩き続けました。日差しを防ぐ手段がなく日射病を心配しましたが、幸い二日とも空一面に雲が広がっており、どうにか私たちは無事でいられました。
そして夜になって涼しくなると、私は能力を使い体を慣れさせました。その度に頭が割れるように痛み、壮絶な苦痛に耐えなければなりませんでした。しかし、私はどうにか、一分程度であれば彼と同じ身体能力を使えるようになったのです。
曇り空で真っ暗になり、むしろ彼と二人きりであることを深く実感する夜と、些細な会話に花を咲かせた昼を繰り返し、ついに私たちはオーサカに到達しました。
「ここが······」
「オーサカ······」
オーサカを取り囲む壁。それは、今までのどれとも異なるものでした。私たちに影を落とす高い壁は、つぎはぎの鉄板でできていたのです。
黒塗りの壁。その全てが鉄と考えると圧巻です。鉄の不足は周知の事実ですが、オーサカの壁はトーキョーよりも高いように思え、一都市が持ちうる鉄を全て壁に使っているようにも思えました。加えて、壁の内側から垂れ出る灰色の煙は、不穏ではありましたが私の好奇心を強く掻き立てたのです。
「でも、どこから入ればいいのかな」
「分からない。取り敢えずぐるっと周り回ってみよう」
オーサカの壁はつぎはぎだらけではありましたが、見渡す限り入口と思えるところはありませんでした。どの都市にもある管理官のいる小屋も、遠くに霞んですらいなかったのです。
ひとまず私たちは壁に近づいてみました。よく見てみると、黒光りする壁に反射して私たちの姿が映っています。何とはなしに、私は壁に触れてみました。ひんやりとした感覚が掌を通じて伝わってきます。
その冷たさが気持ちよくて、私はしばらく撫でていました。と、不意にカチ、という音が鳴りました。びっくりして壁から手を離します。
何が起きたのか分からず壁をじっと見つめます。すると突然、壁の鉄板の一枚がプシュウと空気の抜けるような音を立てて浮き上がりました。その板が横にずれ、奥に新たに鉄板が現れました。その板も横に動き出し、さらには周りの板も動き出して、たちまち私たちの前に入口が出来上がりました。
呆然と見つめる私たち。何が起こっているのか全く理解できません。
そこへ、カラカラと音を立てて人影が近づいてきました。思わず身構える私たち。しかしその影は、よく見ると人間ではありませんでした。
円筒形の胴体に三角形の頭部を乗せ、本来脚がある部分には車輪のついた正方形の台座が取り付けられています。頭部の半分を大きな黒い目が占めていました。
白い流線形の何かは、固まったままの私たちの前でぴたりと止まりました。そしてどこから出しているのか、奇妙な声で話し出したのです。
「人間二名訪問。確認シマス。ピッ、ピッ、ピッ、確認シマシタ。女性、十代後半、服装、茶、瞳、黒。一般人ト判断。モウ一名確認シマス。ピッ、ピッ、ピッ、確認シマシタ。男性、十代後半、服装、黒、瞳、赤、瞳、赤、瞳、赤。人造人間ト判断。情報確認、統合。完了シマシタ。研究員ト判断。国王ニ繋ギマス、国王ニ繋ギマス」
その耳障りな甲高い声に耳を塞ぎたくなりましたが、重要な情報を聞き漏らしてはいけないと耳を傾けます。その生物かも物質かも分からないものは、突然に黙りこみました。辛抱して待っていると、ザザザと音が流れてきました。
その音の中に、男の声が入り込みました。
「ようこそおいでくださいました。今月は随分と早いお着きなのですね。そこの機械が案内しますので、くれぐれも離れないよう。では、いつもの通り客室でお待ちしております」
そんな台詞のあと、ザザザという音は消え、また甲高い声に戻りました。
「命令ヲ、承リマシタ。案内シマス、案内シマス」
そう言うと、正体不明のそれはくるっと後ろを向いて、街の中へと進んでいきました。聞き取りづらい声を聞き取ろうと夢中で、知らず知らず顔をしかめていた私たち。顔を見合わせると、どちらからともなく頷き歩き始めました。
オーサカに足を踏み入れ、私たちは予想外の光景にまたしても口をぽかんと開けました。背後でガタガタと音がします。ちらりと確認すると、案の定鉄の板が元に戻っていました。
その仕組みも気になりましたが、何より私の興味をそそったのはオーサカの街並みでした。道らしい道がなく、がらくたがそこら中に散らばっています。人の気配どころか、草の一本さえありません。
点々と存在している家のようなものは、しかしどれも取り壊されていました。鉄の骨組みがちらりと見えます。間違いなくどれも木造ではありませんでした。
遠くにいくつか大きい建物が見えました。そのどれもが巨大な煙突を備えています。壁の外に流れ出ていた煙の正体は、その煙突から出たものでした。
そして何より私の目を引き付けたのは、オーサカの中央にある高い塔。黒く佇むそれは、トーキョーの壁と変わらない高さのように思えたのです。よくよく見ればところどころに穴があったりして不格好に思えましたが、しかし私を圧倒するには十分でした。
そんな私の横で彼があ、と声を上げます。
「あれは、車か?」
「車って、昔あったっていうあれ?」
彼の突然の言葉に驚く私。彼の視線の先を見ると、滑らかなフォルムに車輪を取り付けた、鉄骨が丸見えの何かがありました。
「でもあれ、多分壊れてるよね」
「多分ね。でもすごいよ。本の中でしか見たことがない」
なにやら興奮している様子の彼。やはりこういうのを見ると知識欲が刺激されるのでしょうか。
「でも、分からないな」
「何が?」
私がそう訊き返すと、彼はうん、と頷いて言いました。
「これだけ鉄があることが、だよ。他の国は鉄がなくて困ってるわけだし、売りつければかなりの額になる。それに、独占するにしたってこれだけの量を一国が使いきれるとは思えない」
「そっか。それもそうだね」
言われてみればそうです。希少な鉄資源をこんなにため込んでおいても、得はしません。私は、妙な胸騒ぎを感じるのでした。




