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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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ワカヤマ 10

「大丈夫!?すごい熱だよ!?」


 そう声をかけると、彼は静かに首を振りました。そして、ぼそりと呟きました。


「ごめんコノハ。血が、欲しい」


 頷き、私は腕を差し出します。いつものように爪で切って血を出すのだと思ったのです。

 しかし、彼はいつもと少し違いました。なんと私の腕に噛みついたのです。


「痛っ!」


 腕に感じる鈍い痛みとむず痒さ。血がだらりと流れ出ます。


「痛いよデト君。やめて」


 ぽんぽん、と彼の頭を叩きますが、腕から離れる気配がありません。私は少し怖くなって、声を大きくしました。


「やめてってば。デト君お願い、やめて」


 それでもやめようとしない彼。目が虚ろになっている彼は、いつもとまるで別人のように感じました。

 私にとっていつもの優しい彼がいなくなることは一番の恐怖で、だからこそ私は叫んでしまったのです。


「やめてって!お願いだから!」


 そんな私の思いが伝わったのかは分かりません。唐突に彼の目に光が戻りました。そして、自分のしていることに驚いた様子でその場から飛びのいたのです。

 私の腕を見ると、彼の噛んだ跡がはっきりと残っていました。犬歯が刺さった部分でしょうか、肉がえぐれているところもあります。


 その傷をさすりながら彼の様子を窺うと、彼は怯えるようにすくんでいました。そして、何を言えばいいのか分からないといった様子で、口を開けて呆然としていたのです。

 私は彼が元に戻ったらしいことにひとまず安心し、声をかけました。


「大丈夫だよ。怒ってないし、気にしてもないから。クスリのせいでしょ?」


 すると彼は堰を切ったように話し始めました。


「ごめん、コノハ。コノハを傷つけるつもりは全くなかったんだ。俺の呪いの能力は回復力と免疫力を高める力があるから、きっと麻薬の効果も薄れると思って。それでコノハの腕を見たら意識が朦朧として······」

「だから、大丈夫だって」


 彼が必死で私に言い訳をする姿など、見たくありませんでした。彼が私のことを大事に思ってくれているのは十分に分かっていたからです。だからこそ、私の言葉は少し強い口調になってしまいました。

 するとまた、怖がるような素振りを見せた彼。


「安心して。私はデト君を嫌ったりしないよ」

「本当に?」

「本当。私が嘘ついたことある?」


 私がそう言うと、彼はようやく安堵の表情を見せました。それを見て私もまた安堵します。


 しかし口では大丈夫と言えても、やはり彼のことはまだ少し怖いままでした。そして、怖いと思っている自分が情けなくて許せなかったのです。


 その直後は気まずくて会話も進まなかったものの、時間が経つにつれ徐々に元のゆったりとした空気へと戻っていきました。彼は気まずさを紛らわせたいのか外を随分と警戒しているようでした。しかし彼の気迫に押されたのか、外の住民たちが再びやってくることはありませんでした。


 一方で私は、自分の気持ちを整理したくて、一人になりたいと思っていました。そんな思いも込めて、私は彼にこんなことを頼みました。


「デト君、やっぱり鶏肉買ってきてくれないかな」


 私の言葉に彼が首をかしげます。


「それはいいけど、一緒に行かないの?コノハを一人にするのは不安なんだけど」


 私は大丈夫、と頷いて、


「次はちゃんと逃げられるよ。私、逃げるのは得意だから」


と言いました。彼は全く納得していないようでしたが、私がじっと見つめていると、渋々といった感じで了承しました。


 そして夕暮れ時、彼は市場へと出かけて行ったのです。薄暗い家の中で、私は一人佇んでいました。


 ぼんやりと考えるのは、突然やってきたここの住民たちについて。


「多分、俺たちに麻薬を使わせたら追加の麻薬をやる、なんて研究員にけしかけられたんだと思う」


 彼らが来た理由について、彼はそんな風に言っていました。なんとなく予想はしていたことですが、まんまと口車に乗せられた彼らよりも平然と彼らにそんなことをさせられる研究員に腹が立ちます。

 絶対無理だと分かっていても、もし研究所を倒せるのなら打倒したいと、そんなことを思いました。予想外のことが起きていらいらしていたのは確かです。


 次に飛び火するように思い出したのは、最後に出ていった白衣を着た男。くたびれた白衣の男は、他の人たちとは雰囲気が異なっていました。何か、研究員たちに特有の不穏な空気をまとっていたように思うのです。

 そして、最後に私を見た時の目。私をねめつけ、口許がつり上がっていたその顔を思い出すと、寒気がしました。


 そんなことを思い出したせいか、ふいに一人でいることが不安になってきました。やっぱり彼についていったほうがよかったかなあ、と反省します。


 と、タイミングよく扉がきい、と鳴りました。


「お帰り、早かったんだね」


 そう言って、彼の方を向きます。袋片手に玄関に立つ彼。


 そう思っていました。しかし、玄関に立っていたのは彼ではなく。丁度考えていた白衣の男だったのです。


「なんで、あなたが······」


 呟き、慌てる私。そんな私を見て、男はにいっ、と笑いました。


 襲われる。本能で感じた私は、逃げ出すためにと後ろを向こうとしました。しかし、焦ったためか足がもつれ、地面に転びます。

 男の方を見ると、男はすでに私のすぐ傍に立っていました。その目が、汚く歪みます。私の視界が絶望で暗くなりました。

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