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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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ワカヤマ 9

「待て待て待て!なんだお前たちは!」


 彼が必死に叫ぶも、誰も足を止めようとしません。たちまち私と彼は何人もの不気味な人たちに囲まれました。その中には黒髪がいて、金髪がいて、碧眼がいて、緑眼がいます。共通しているのは、髪が乱れ、目が狂気じみて、息が荒く、どうやら興奮状態にあるらしいということ。


 彼に助けを求めるというよりは、単純に不安を解消しようと彼を見た私でしたが、私の前に立った中年女性に阻まれました。ぼさぼさの茶髪のその女性の顔は、たくさんのしわで歪んでいました。


「どうお嬢ちゃん?これとっても健康にいいのよ?」


 上ずった声で私に押し付けてくるのは茶色い年季の入ったパイプ。先には、黒ずんだ草がぎっしりと詰まっています。


「いや、私は······」


 恐怖で強く言い返せない私に、五人ほどが詰め寄ります。さらには彼らの間からパイプを持った手を伸ばす人もいます。その圧力に負け、後ずさる私でしたが、なにしろ小さい家です。すぐに私の腰にテーブルの縁が当たりました。テーブルに手をかけ、なおも体を反らして彼らから逃げようとしますが、それでも体を密着させてパイプを手に迫ってきます。体をくねらせその笑顔を近づけてくる女性。その周りから、身を乗り出して男も女もパイプを押し付けてきました。


 終いにはパイプの吸い口を唇に当てられ、私は顔を背けました。そしてどうにか彼の様子を確認します。


 やはり彼の方でも、パイプを押し付けられていました。彼ならやろうと思えば押しのけることもできるのでしょうが、麻薬に取り憑かれているとはいえ元は普通の人々です。手荒なことをするのに抵抗があるようでした。


 私も再びパイプの猛攻を浴びせられます。どうにか首を振り、体をねじって逃げ続ける私。そんな私の様子にしびれを切らしたのか、とうとう私の前に立つ人々の顔から笑顔が消えました。


「どうして吸わないの!吸うだけでいいの!ほら早く!」


 突然叫び声を上げた女性。目はつり上がり、髪を振り乱して間近で叫ばれ、私はびくっと体を震わせました。

 女性に同調するように、他の人たちも叫び始めました。


「早く吸えよ!吸うんだよ!」

「やれよ早く!」

「とっとと咥えなさいよ!」


 恐怖にかられ、私の片足が地を離れます。そこから内臓が出てきそうなほど大きく口を開き、唾を吐き散らし、目を血走らせる彼らは人間をやめているようにすら思いました。


 それでもなお逃げようとする私。しかし私の髪が誰かに引っ張られ、顔が無理やり彼らの方へ寄せられます。髪が千切れる音を確かに聞きましたが、痛みと恐怖で構っていられません。思わず口を開けてしまったところにパイプをあてがわれ、えづく私。もはや逃げられず、頭が真っ白になった時。


 突然、私の髪を握る手が離れました。同時に、私の周りから人が離れます。

 床にへたり込んで見上げる私。その先には、男の手を握る彼の姿がありました。


 彼の顔は徹底した無表情でしたが、それがむしろ怒りを如実に表していました。彼が握る腕からはミリミリと音が鳴り、太さが変わってしまっていました。怯えるように後ずさる彼ら。

 彼はふっと手を離し、私の髪を握っていた男の顔めがけ肘鉄を振り下ろしました。男の体が床に叩きつけられ、大きな音が鈍く響きました。男の顔は、鼻がめり込み目も当てられませんでした。


 それを見た彼らはひいっ、と声を上げ、体を縮込めました。まるで幽霊を怖がる幼い子供のようにがくがく震えていたのです。


「早く出ていけ」


 彼が静かに声を震わせると、たちまち男も女も小さくなって家から走り出ていきました。それを静かに見ている彼。ひとまず一件落着かと、私は思いました。おそらく彼もそう思ったでしょう。


 しかし、これだけの人数がいると様々な人がいるものです。それは彼らも一緒でした。


 家の入口をじっと見つめる彼。怒っているのは確かですが、しかし油断していたのも確かでした。


 ほとんど全員が家の外へ出て、彼がほっと息をつこうとしたその時、一人の男が彼に飛びかかりました。思わぬ攻撃に、彼は対応しきれません。

 そして、彼の口にパイプが突っ込まれました。そのパイプからは、煙が。彼の体が男と一緒に倒れかけます。


 どうにか踏ん張った彼は、男の顔を掴むと床に叩きつけました。男の頭が床にめり込み、埃が舞います。びくんと跳ね上がる男の体。彼は立ち上がると、パイプを手に取り二つに折ってしまいました。彼の拳からしたたり落ちる血。

 そして彼は床に転がる二人の男の顔を掴み、文字通り外へ放り投げました。振り返り、家の中を確認する彼。


 家の中にはまだ三人残っていました。しかしどうやら抵抗する気はないようで、しずしずと出口へと歩いていきました。


 その内の一人が、私は妙に気になりました。その男は肩を落として歩いていきましたが、その目が他の誰とも異なり、爛々と輝いて見えました。その男は出口から出ていくとき、確かに私を見たのです。

 その時になって私はようやく違和感の正体に気がつきました。男は白衣を着ていたのです。くたびれ、薄汚れ、茶色くなってはいましたが、確かに白衣を羽織っていたのです。


 全員が家から出て、彼は扉をばんと閉めました。そして、胸を抑えてしゃがみ込んだのです。


「大丈夫!?」


 慌てて駆け寄る私。彼の体に触れ、その熱さに驚きました。私の掌から感じる彼の鼓動は、経験したことのない速さだったのです。

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