ワカヤマ 7
翌朝。
ふと聞こえてきた物音で、私は目を覚ましました。んー、と呻きながら寝返りをうち、目を覚まそうと体を起こします。その時に毛布がはらりとずれ落ち、そこでようやく私は自分が裸であることに気づきました。そうか、昨日は······と、昨夜のことを思い出します。彼は私が寝ついてから私の横を去ったのでしょうか。本当に、彼には苦労をかけっぱなしです。
「あ、起きた?」
寝ぼけまなこの私に、彼の声がかかりました。ベッドから覗くと、彼は台所に立っていました。すう、と息を吸うと、香ばしい焼き卵の匂い。
裸を見られるのが何となく恥ずかしかった私は、毛布をたぐり寄せて若干体を隠し、彼に尋ねます。
「あれ、今日のご飯は私が担当じゃなかったっけ」
すると彼は、少し申し訳なさそうな顔をして、
「お腹すいちゃってね。起こすのも悪いかなって」
と言いました。
「なんか私が寝ぼすけみたい」
「実際寝ぼすけさんだよ。もう起きる?」
「うん、起きる―」
「じゃあコーヒー淹れるよ」
そんな会話の後、彼は壁に向かいました。私はゆっくりとベッドを降りて、タンスの横のリュックへと歩きました。
肌寒さを感じながら、リュックから衣服を取り出します。さっと下着を着て、白に灰色のチェックのシャツを着て、紺の緩いパンツを穿いたところで、再び彼から声がかかります。
「砂糖どれくらいいる?」
「あ、自分で入れるよ」
「分かった。そっち持ってくよ」
「はーい」
彼の声を背中越しに聞きながら、私はテーブルの席につきました。すっかり定位置となった扉側の席。私は、隣の椅子を下げて彼を待ちます。
「お待たせー」
彼はすぐにやってきました。彼の大きな手が二つのマグカップを運びます。
そして私の前に置かれた愛用している茶色いマグカップ。その中から私のもとに運ばれる白い湯気と、鼻腔をくすぐる香りが私をそっと暖めます。私は砂糖をガラス瓶から四粒取り出して投入しました。
口をつければ、私の体を唇と手のひらから熱くします。舌を焼きながら飲み込むと、体どころか心まで温かくなるような気がしました。
一口をじっくりと堪能したところで、私はほうっ、と息を吐きました。心地よい朝の始まりでした。
私の横で、彼もコーヒーを楽しみます。彼は砂糖を一つも入れませんが、苦くないのでしょうか。
彼の横顔をじっと眺めていると、ふと彼が私を見て口を開きました。間近で見つめ合ったのでちょっと気恥しくて、顔をそらす私。
「コノハはやっぱり一人だと不安そうだし、しばらくは仕事探しは止めておくよ」
私は少し驚いて、そらした顔を彼に向けます。
「いいの?私なら大丈夫だよ?」
「そう?でも、俺もコノハを一人にするのはちょっと不安だからさ」
「むう、そっか」
私は考え込むように俯きました。しかし彼がそう言うなら、反対する理由はありません。むしろ彼と長くいられるのだから嬉しいくらいです。
結局私は了承し、彼が一日中いてくれることになりました。
その後、昨日に引き続き彼が料理を作ってくれて、まったりとした朝食を終えました。その朝もやはり研究所の人間が麻薬を売り込みに来て、一時通りは騒然としましたが、彼が適当にあしらってくれました。
そして、その日は特に何事もなく時間だけが過ぎていったのでした。時折隣の家から大きな音が聞こえたりはしましたが、一人ではひどく不安にさせられただろうそういった音も、彼がいるといくらでも耐えられるような気がしたのです。
「おっかしいなあ~、研究所のことだから何かしらアクションがあると思ったんだけどな~。麻薬買わないなら買わないで、俺たちのことなんてどうでもよかったのかな?それならそれでいいんだけど」
「でも、逆に怖いね」
「うん。理由が分からない怖さって感じかな」
就寝前に、そんな会話を交わしました。
「それで、今日は一人で寝れそう?」
彼に問われ、私はうーん、と首をかしげます。
「多分、大丈夫。心配かけてごめんね」
そう言うと、彼は少し安心したように笑いました。彼は床に置いてあるランプの火をふっと吹き消すと、上の段のベッドの縁に手をかけ、腕の力だけで上がりました。
「痛っ!」
勢いをつけ過ぎたのか、それとも彼の身長が高すぎたのかは分かりませんが、どうやら彼は天井に頭をぶつけたようです。頭をさする音が聞こえてきました。
「大丈夫ー?」
思わず笑い声をあげて、私は尋ねました。彼は痛みでちょっと上ずった声で答えてくれました。
「うん、大丈夫。これじゃさっきと立場が逆だね」
「そうだね。私がデト君を守るんだ」
「案外それもいいかもね。じゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
そして、私たちは平和な一日を終えたのでした。翌日何が起こるかを全く予想できていないまま。




