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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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トーキョー 2

 鳥のさえずりで、私は目を覚ましました。


上体を起こし見渡した限り、窓から陽は差し込んでいないのですが、どうやら天井にも窓があるようで、部屋の中は明るく照らされていました。都市国家ポリスには周囲が高い壁で覆われたものが多く、採光が難しいので、こういった構造は珍しくないのです。


 壁が造られる理由。それは、審判の日の直後は少ない資源を巡って争いが頻発したため、壁で自分たちの領地であると主張するため。そして、戦いを有利にするという狙いもあったようです。もちろん当時は簡素で低かったみたいですが、大都市では百年のうちに百メートル前後の立派なものになったのですから、人間も捨てたもんじゃない、といったところでしょうか。


 どこからか漂うコーヒーの香りが、木造小屋の木の匂いと混ざりあう心地よさを感じていると、ベッド横の入り口から彼が現れました。どうやらそこから廊下へとつながっているようです。


 彼は、私の目覚めに気づくと、


「あ、おはよう。少し待ってて、飯持ってくるよ」


とだけ言い残し、再び廊下へと消えていきました。


 待って、と手を伸ばしかけ、私は左腕の異物感を認識しました。見ると、点滴の針が刺さっています。針の先を辿ると、点滴パックが壁のフックに引っかけられているのを見つけました。私が暴れた時に刺さっていなかったのは偶然でしょうか。だとしたら、私は運がいいようです。


 彼が戻ってくるまでにまた辺りを見回していると、コーヒーの香りの源を発見しました。昨夜かもう一日前か、彼が就寝中に座っていた椅子が、出入り口を挟んだ奥、窓際にありました。その前には小さなちゃぶ台。その上にあるマグカップが、香りの発生源でした。その風景の調和のとれた感じが心地よく、知らずのうちに私は笑みを浮かべていました。


 そんな小さな発見を楽しんでいるうち、彼がやってきました。彼が両手に持つトレーには、皿とマグカップがのせられています。さらに、皿の上にはハムエッグトースト。


「お待たせ」


 そう言ってトレーを私の太ももの上に置くと、彼は木椅子をベッドの横に持ってきて座りました。その手には、ちゃぶ台の上にあったマグカップが握られています。


「本当はもっと病人用の食事を用意するべきなんだけど、生憎こんなのしかなくてね。食べづらかったら残してくれて構わないよ」


 彼がそんなことを言うので、私はぶんぶん首を振りました。


「充分です。最近まともな食事ができてなくて······」

「そう」


 彼は、特に理由を聞くこともありませんでした。私が話すまでは訊かないつもりだったのかもしれません。


 そんな彼を気にしつつも、私はトーストの匂いに惹かれて、パクっと一口食べました。久しぶりのまともな食事。口に溢れるおいしさに、つい涙を流してしまいそうになります。それでも私はどんどん口に詰め込んでいきました。そうすると当然喉が詰まってしまい、慌ててマグカップの中身を口に流し込みました。コーヒーは苦手なのですが、マグカップの中身は幸いミルクココアでした。


「そんなに急がなくても、誰も奪ったりしないよ」


なんて彼に苦笑されて赤面しながらも、私は食事を続けます。

 そんな私に、彼は静かに言いました。


「君と血液型が同じでよかった。俺はちょっと特殊な事情で俺の血液を保存してたんだけど、血液パック半分くらい無くなったよ」


 唐突な言葉に首をかしげながら口を動かす私。彼は、話を続けます。真剣な顔で。


「大抵、あれだけ失血すると脳がダメージを受けるんだけど、見たところ大丈夫そうだ。手足とか、どっか変なとこある?」


 私はうーん、と首をかしげます。手は全然大丈夫なので、足を動かしてみます。指まで思い通りに動きました。


「大丈夫です。多分」

「そうか。君は運がいいね」


 彼はほっとしたように笑いました。


 その後も、彼は私が食べ終わるのをじっと待っていてくれました。時折コーヒーを飲みながら。穏やかな空気を壊さないように静かに。

 私がトーストを食べ終え、ほう、と息をつくと、彼はトレーを持っていこうとしたのか、立ち上がる素振りを見せました。私は咄嗟に彼の動きを手で制しました。


「あの、親切にしてくれるのはありがたいんですけど······あなたは何者なんですか」


 正直、ずっと気になっていたことでした。赤い目のこともあります。それに、医療への造詣もかなり深いようです。気にならないはずがありません。


「あー。うーん、俺が誰かってことだよね。そうだなー。うん、しがない一般市民かな」


 いやいやいや、と思わず突っ込みそうになりました。しかしその前に、彼自身が訂正しました。


「なんて言えたらよかったんだけどね。多分君が予想している通り。俺は、人造人間だよ」


 それを聞いても、もう驚きはしませんでした。しかし疑問は残ります。


「でも、人造人間には必要最低限の知性しか与えられないはずです。あなたみたいに、医療のエキスパートになれたりしません」

「エキスパートではないけどね。まあ、俺はちょっと特殊だから」


 こんな風に答えられると、余計に気になります。そんな私の不満が伝わったのかは分かりませんが、彼はまた口を開きました。


「とりあえず自己紹介しとかないとね。俺は零村ぜろむらデトラ。よろしく」


 でとら?随分妙な名前です。


「えっと、ひいらぎコノハです」

「柊コノハ。いい名前だね」


 どうも、と小さく頷いて、私は質問を重ねます。


「あの、特殊って?」


 彼は、どう答えるか思案する素振りを見せたあと、ゆっくりと答え始めました。


「その様子だと、結構研究所とは関係が深いんでしょ?人造人間をめぐる研究も知ってるんだよね」


 私は、今度は大きく頷きました。はっきり言えば、知りたくないことまで知っていたのです。


「研究所はね、俺が造られるよりもずっと前から人造人間の研究を続けてきた。でも、それらはずっと失敗で終わってた。研究所が望む人造人間は誕生しなかった。当時は知性とか身体能力とかを調整する技術なんてなかったんだ。


 でも、どんな馬鹿、いや天才かな。誰かは知らないけれど、その技術を生み出したんだよ。技術が完成したのかどうかは、実験してみないと分からない。研究所は、知性も身体能力も限界まで引き上げた人造人間を造り出そうとした。結果は、成功だった。


 結果は成功だったんだけれど、問題はその後でね。知性まで上げたものだから、その人造人間は研究所の人間たちよりも賢くなってしまった。研究所の人間はその事実に恐怖した。何か、得体のしれないものに感じられたんだろうね。結果、人造人間は捨てられた。殺してしまったらいいんだけど、どうやら初の成功体だからそれは嫌だったらしい。まあ分かってるとは思うけど、その捨てられた人造人間っていうのが俺だよ」



 そこまで話して、彼は一息ついたあと、軽い口調で話し始めました。


「まあ、いくら賢いって言っても、たかが子供が一人で生きるのはちょっと難しくてね。結構大きな怪我もしたりしたから、生活に余裕ができてからは血を保存するようにしてるんだ。研究所は警戒するようにはしているんだけど、接触は一度もない。多分関わりたくないんだろうね。俺が生きてることも知らないんじゃないかな」


 話し終えた彼は、ちょっと疲れた顔をしていました。あまり思い出したくなかったのかもしれません。一方私はというと、なんとなく私に似てるなあと、ちょっと共感したりしていました。そして、何となく、私も彼に自分のことを打ち明けたい気持ちになっていたのです。


「あの、私も、少し話していいですか」


 そう言うと、彼はにこりと笑いました。


「もちろん」

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