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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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ワカヤマ 5

 夢を見ました。


 近頃夢なんて見なかったのですが、寝つきにくかったからでしょうか。ともかく、夢を見たのです。それも、幸せな夢ではなく、ぞっとするような悪夢を。


 夢の中で私は、真っ暗な空間をずっと走っていました。上も下も右も左も分からない場所でした。そこで、裸足の私は息を切らしながらずっと走っていたのです。

 いつしか、私のずっと前方で歩いている彼の姿が見えました。背が高くて大きい背中の彼は、しかしその時はひどく儚く思えました。


 私は、彼に呼びかけました。普段出ないような大きい声が、その空間に確かに響き渡りました。それなのに、彼は気付かずに歩き続けます。その背中が、徐々に小さくなっていきました。走っている私の方が速いはずなのに、彼はどんどん遠ざかっていったのです。

 知らぬ間に私は叫び続けていました。今ここで彼に追いつけなければ、もう一生彼とは会えない気がしたのです。言い知れない不安が私を襲い、頬を涙が伝いました。


 それでも追いつけず、彼の姿が遠くに霞み始めた頃。


「コノハ、起きて」


 彼の声で、私は目を覚ましました。私の顔を、彼が覗き込んでいます。私はびっくりして、つい上体を起こしてしまい、頭を彼の額にしたたかに打ちつけました。呻き声を上げる私たち。


 しばらくして痛みが引いてから、彼はベッドの私の隣に座りました。その顔は心配をしているようでした。

 その顔のまま、彼が問いかけてきます。


「大丈夫?涙なんか流して。悪い夢でも見た?」


 私は静かに頷きました。しかし彼が何か言うよりも早く、


「でも心配いらないよ。ただの夢だもの」


と答えました。彼は納得していないようではありましたが、そっか、と私の返答を受け入れました。


 さて、どうやら私はかなり遅くまで寝ていたようです。家の扉の横にある窓のカーテンの隙間からは、強い光が漏れていました。それを受けて、薄汚れた緑のカーテンが少し透かされています。

 彼が朝食を作ろうと立ち上がり、私もようやく着替えようと布団をはいだ時、少し外が騒がしくなりました。気になったのでしょう、彼がサングラスを着けて窓に歩み寄り、カーテンを少し開けて様子を窺いました。


 彼はしばらく観察すると、神妙な面持ちで私を手招きしました。それに従い、私も窓べりに近づきます。


 外を覗くと、どうやら売り込みが行われているようでした。台車を引いて通りの中央に立っている男が一人、その傍で商品を持つ男が一人。台車を引いている方は白衣を着ており、研究員だと察せられました。すると、商品を持っているのはおそらく人造人間。


 もちろん研究員がいることも気になりましたが、それよりも私が気になったのは台車に押し寄せる人の数。外国人居留区にいた人間全員がそこにいるのではと思えるほど多かったのです。そしてその様子も普通ではありません。目を血走らせ、研究員に商品をせがむ人々は異常でした。


「あのかねの量······。相当ぶんどってるな」


 彼が小さくぼやきました。目を凝らす私ですが、人々が手に握る金の量などとても分かりません。


 しばらく眺めていると、居留区の人々は草のようななにかを握りしめ、嬉々として家に戻っていきました。人が完全に引き、研究員は台車を離れついに私たちの家へと向かってきました。


「コノハはベッドに戻って。扉に背を向けて寝てて」


 私は彼の言う通りにします。すぐに、家の扉がコンコンと叩かれました。私の背後で、彼が動く気配がしました。

 扉の開く音がします。


「おはようございます。わたくし、研究所から参りまして、皆さまに栄養剤を販売しております。使用方法は簡単、この管の先に葉を詰めて燃やし、煙を吸えばいいだけです。初回ですのでお安くしておきます、いかがですか?」

「申し訳ないが結構です。これから朝食なので、失礼」


 そして、バタンと扉の閉まる音が響きました。


 数十秒経って、彼の手が私の方に触れました。


「もう大丈夫だよ。行ったみたい。案外あっさり引き下がったな」


 その言葉を受け、私は再び起き上がりました。彼の顔を見上げて尋ねます。


「デト君が人造人間だってばれなかった?」


 彼は大きく頷き、


「うん。このサングラスかなり役に立ってるよ」


と言葉を返しました。


 その後、彼が朝食の準備を終え、ようやく私たちは食事にありつけたのでした。

 そこで、隣に座る彼がスープを飲みながら話を始めました。


「昨日の煙の正体が分かったよ。あまり吸わなくてよかった」


 私は先を促すように声をかけます。


「なんだったの?あれ」


 すると、彼は重々しい口調で語りました。


「あれはやっぱり麻薬だよ。研究所が管理しているから麻薬なんてあるはずないと思ったけど、そうじゃない。むしろ逆だ。研究所が麻薬を販売しているんだ。

 多分研究所は、これまでも新しく外国人が来たら麻薬を栄養剤と偽って売りつけてきたんだと思う。研究所製だから、信用度は高い。しかも一回目は安く売られるから、つい買ってしまう。そうやって、外国人に麻薬を使わせる。すると外国人は中毒になって、麻薬を欲しがるようになる。そうなったら研究所の思う壺だ。外国人は何が何でも麻薬を手に入れようとするから、高額で販売する。そうやって研究所の資金源にしてるんじゃないかな。


 多分、ワカヤマが外国人に閉鎖的すぎるのもこのことに原因があるんだと思う。麻薬を買う金がなくなった彼らは、一般区に働きに出かけるんだろうけど、中毒状態でまともに仕事ができるとは思えない。そんな外国人がトラブルを起こしたりしてきたんだろう。そりゃあ、ワカヤマの人は外国人を嫌がるようになるよね」


 私は、彼の思いがけない話に絶句しました。


「そんなことができるの?」

「できるだろうね。あの研究所だもの。きっと自分たちのためならなんだってやるはずだ」

「そんな······」


 近頃忘れかけていた、研究所に対する怒りが私の中で復活するようでした。それも、これまでより激しく。


「許せない。あの人たちにも幸せはあったはずなのに」

「そうだね。でも、どうすることもできない」


 彼の独白には、静かな怒りとやるせなさが込められていました。

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