ワカヤマ 3
「着いた」
「着いたね。思ったより早かった」
「そうだな」
私たちの前にそびえ立つ、トーキョーと同じくらいの高さのワカヤマの壁。しかし全面が葉や苔で覆われており、その荘厳な様子は完全にトーキョーと見た目を異にしていました。そして、ずっと
自然の広がってきた中で突然現れた人工物は、異常で、異質で、異様な存在感を放っていました。
「ちゃんとフード被っててね」
「はーい」
私はいつものマントを羽織り、フードを被りました。むしろ怪しまれないかとも思いますが、しかし旅人というのは大抵こんな姿らしいです。
「じゃあ、行こうか」
私たちは歩き出しました。森林の町、ワカヤマへと。
門の前には、木でできた小さい四角の建物。プレハブにも似たその建物から、一人の男性が出てきました。その金糸の刺繍の紺色の制服から、入国管理官であると察せられました。
入国管理官は、私たちの姿を認めると、鬱陶しげに顔をしかめて立ちました。たまたま私が先に歩いていたため、自然と私が管理官と話すことになりました。
私が管理官の前に立っても、管理官はむっつりと口を閉じたまま話そうとしません。仕方なく、私から話しかけました。
「あの、しばらくワカヤマに滞在したいんですけど······」
すると管理官は盛大に舌打ちをして、不機嫌そうに言いました。
「旅人か?商人じゃないな」
「え?あ、はい」
「なら駄目だ。外の人間なんか信用できない」
そのあんまりな言い草に、私はすっかり驚いてしまいました。
「でも、ここまで来るのにすごく苦労したんですよ?ここには外国人居留区があるんですよね?そこで構いませんから」
「断る。連日事件を起こすお前たち外国人の始末で、俺たちは毎日忙しいんだ。誰が好き好んで悩みの種を増やす?」
「私たちは大丈夫です。絶対に厄介事は起こしません」
「信用できないね。ここから三日歩けばオーサカに着く。そっちに行け。歓迎されるとは思わんがな」
何を言っても首を縦に振らない管理官。ここまで来た努力が水の泡になってしまう、そんな絶望にも似た思いが私の頭をよぎります。私はどうしようもなくなって、彼に助けを求めました。
「デト君、どうする?」
彼の顔を見上げると、彼も困っているようで、手で口を押え考え込む素振りを示していました。そこへ、慌てたような管理官の声がかけられました。
「待ってくれ。もしかして、あなたたちは研究所の人間なのか?」
唐突に出てきた研究所という単語に反応し、私はさっと管理官の顔を見ました。管理官の目は、彼の方を向いていました。その様子から、私は管理官の勘違いの原因を知りました。
彼の目は紅い。血のように紅い。それは、人造人間に共通することでした。彼によればワカヤマは研究所との癒着の強い国。管理官が研究所の人造人間を見たことがあったとしても、不思議はありません。そして、そんな管理官が彼を見たとすれば、私たちを研究員だと思っても無理もない話です。
しかし、管理官の質問に戸惑った私は咄嗟に答えられません。それを察したのでしょう、彼が代わりに答えました。
「そうだ。我々は研究員だ」
すると管理官は、ますます驚いたように彼の方を見ました。今度は管理官の驚愕の原因がわからず、私はじっと管理官を見つめます。
そんな私の視線に気づいたのか、管理官は悪いことをした弁明をするかのように早口で言いました。
「いえ、あの、赤い目の方はあまりお話しなさらないイメージでしたので······」
ああ、と私は頷きます。普通、人造人間には命令に従える以上の知性は与えられていません。そのため、話すことすらままならないことも多いのです。
管理官の態度の変わりように愉快さすら感じながら、今度は私が答えました。
「彼はちょっと特別なんですよ。それで、中に入れていただけますか?」
すると管理官は、今度は即座に了承しました。
「ええ、もちろんです。研究所へとお送りします」
「いえ、外国人居留区で結構です」
「え?いや、しかし······」
当然、私たちが研究所へ行く訳にはいきません。どうにか外国人居留区に案内してもらう必要がありました。しかし私には、うまい言い訳が思いつきません。
そこで、またしても彼が助け舟を出してくれました。
「実は我々は外国人居留区の監視に来たんだ。最近規制が緩んでいるという話を聞いたのでね」
「ですが、あそこはワカヤマ支部が直轄しているはずでは?」
それは初耳でした。しかし彼は慌てる素振りも見せず答えます。
「ああ。そのワカヤマ支部自体が最近たるんでいるという話だ。我々は外国人居留区の様子次第でワカヤマ支部に注意勧告をする任務も負っている。だから、私たちが来たことはくれぐれもワカヤマ支部には内密に頼む」
「なるほど、分かりました。それでは、外国人居留区に案内します」
そう言って、管理官は建物の中に戻っていきました。私は、彼の機転に感心して見惚れていました。
間もなく、目の前の巨大な鉄扉が、ゴゴゴ、と大きな音を立てて向こう側へ開いていきました。
「どうぞ、お入りください」
建物から出てきた管理官は、私たちを一瞥すると中へ入っていきました。私たちもその後を追って歩き始めます。
そして私はワカヤマに入り、その様子に驚きました。それは、予想だにしていなかった光景でした。カナガワにも木々は生えていましたが、ここまでではありません。
ワカヤマは中心に向けて山のように盛り上がっており、その頂上には白い宮殿がありました。そこから視線を下ろしていくと、無数の木造の四角い家が連なります。まさに家の山とも言えるそのところどころ、家々の間には木々が生い茂っており、緑色が映えていました。
呆気にとられる私をよそに、管理官は壁沿いに右の方へ歩いていきました。彼が私の様子に気づき、声をかけてくれなければ、きっと置いていかれたことでしょう。
国内の八十パーセント以上が森林で埋め尽くされた林業の都市、ワカヤマ。そこは、自然と人間の共存する場所でした。




