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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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ワカヤマ 2

 一日の間、私たちは歩き続けました。もちろんその中には、船長からもらった食糧をちまちま食べたり、寝付きにくい岩の上で一晩を過ごした時間も含まれてはいますが。


 そうした努力の末、私たちはワカヤマの森の入口に立ちました。その間に横から吹いてきた潮風で、私たちの髪はごわごわに固まってしまっていました。

 髪をとこうとして、指が通らないことにいらいらする私を尻目に、彼が話します。


「森に入れば木が日光を遮ってくれるだろうし、もう海からかなり離れたから潮風もあまりこないだろう。ちょっとは過ごしやすくなるんじゃないかな。あと一日で着くよ」

「分かったけど、私そろそろお風呂に入りたいなあ。カナガワで入ってから一度も湯船に浸かってないよ」

「それは、悪いけど我慢してとしか言えないな。トーキョーの時みたいに布で体拭くしかないよ。幸い、水ならたっぷり汲んであるし」


 私はつい、渋面になりました。


「トーキョーは潮風が吹いてなかったけど、見て。私の髪もうこんな傷んじゃったよ。せめて水を浴びたいなあ」

「うーん······まあ、ワカヤマに急ぐしかないかな」

「よし、急ごう」


 たちまちやる気に満ち溢れてきた私。そんな私を、彼が慌てて止めました。


「待って待って。急ぐと怪我するし、ゆっくり行ったほうがいいよ」

「ん、んーそれもそっか」


 代わり映えしない景色と突然の徒歩の旅に気が立っていたのでしょうか、私はそこでようやく落ち着きを取り戻しました。


 そして私たちは、木洩れ日の差し込むひんやりとした木々の下を進み始めました。遠くから見た時にすでに気付いていたことですが、森の木の一本一本がどれもトーキョーの壁に引けを取らない高さでした。そんな森が、それまで黒い岩の広がっていた地帯から唐突に始まっているのですから、不自然極まりありません。岩が無くなり、草が生えているのです。もはや植生など完全に無視されていました。


 苔がむし、シダが生え、私たちのくぐもった足音だけが耳に入ってきます。前に行く彼の背負ったリュックに、梢の間を抜けた光が染みのように色を落としました。


 そうやって歩くうち、気付けば入口から差し込んでいた光は無くなり、上からの光だけが私たちを包んでいました。

 ふと上を見上げ、私はなんとはなしに言いました。


「この木、登れるかな」


 すると彼は、若干顔を後ろに向けて応えました。


「どうかな。でも、木の皮が重なってるから、意外と登れるかもしれないよ」

「私でも?」

「もしかしたらね。でも、危ないから絶対しないでね」

「しないよー。怖いもん」

「そっか」


 そんな他愛ない話をしながら、歩みを進めます。そして顔を下に向けた時に、木の下に生える紫色のきのこの群れを見つけました。


「デト君、あのきのこ、食べれるかな」


 デト君が振り向いて、私の視線を辿ります。そして、きのこ達を見つけました。


「なんか見るからに毒ありそうだけど、一応見てみようか」


 そう言って木の傍にゆっくりと歩み寄ります。しゃがみ込むと、じっときのこを見つめました。

 しばらくしてから、彼が私の方を見て、くいくい、と手招きしました。なにかな、と走り寄る私。


「ここ、見て」


 彼が指を指す先に目を凝らしました。どうやら、彼が言っているのはきのこのかさの下にある皮のようなものらしかったのです。


「これがどうかしたの?」


 すると彼は、何か知識を披露する時にいつもする、無理に平静を装っているような様子で言いました。そして私は、それが彼が自慢したい気持ち、誇らしい気持ちを誤魔化そうとしていることの表れだと気づいていました。


「トーキョーの図書館にあった図鑑でこのきのこ、見たことあるよ。確か、かなり最近見つかった新種のきのこだ。食べられるはずだよ」

「食べられるの?これが?」


 冗談で訊いた私は、とても驚きました。こんな毒々しい色のきのこが食用とはとても思えなかったのです。

 そんな私の様子を面白がるように、彼は言います。


「ちょうどいいや。乾パンにも飽きてたし、今日の飯はきのこにしよう。水もあるし、鍋はないけどコップくすねてきたし、洗って食べれば問題ないでしょ」

「そんなもんかなあ」

「そんなものだよ。コノハは逃げる時こういうことはしなかった?」

「うーん」


 私は思い出すように唸りました。彼との生活があんまり幸せだったので日和ってしまったのか、一人で逃げていた時のことが遠い過去のように思えました。


「そう言えば鼠食べたことあったかなあ」

「え、それ大丈夫だったの?」

「さすがにお腹壊したよ。うん、あれはひどかった」

「······苦労してきたんだね」

「お互い様だよ」


 私たちは顔を見合わせ、苦笑しました。私たちには、同じ境遇を共有する、何か特別な関係のようなものがありました。そしてそれは、出会った時よりもさらに強くなっているような気が、私にはしていました。


「それじゃ、行こうか」


 そう言うと、彼はきのこを摘んでリュックに入れました。全部で十個ほど。そして立ち上がり、先へ歩き始めます。私もその後を追いました。


 そして。


 ひんやりとした空気の中、一日歩き続けた先に、私たちはワカヤマの城壁を見ました。

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