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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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船旅 2

 出港してしばらく経つと、船の揺れが大きくなりました。カナガワからワカヤマまでは海岸沿いに行けばよいのですが、何しろ巨大な船です。浅瀬に乗り上げてしまってはいけません。岸の様子が何となくわかる、という程度に岸から離れ、船は進んでいました。結果、波の上下が大きくなったのです。


 といっても、船酔いするわけでもなく、私はいつも通りにいられました。私は。

 しかし、彼は違いました。先ほどから窓を開けて身を乗り出し、ゲエゲエ吐いている彼の背中をさすります。


「デト君は運動神経いいから平気そうなのにね」


と言葉をかけたりして、どうにか彼の気を紛らわそうとしますが、全く効き目がありません。一瞬吐き気が治まった彼が、


「ハア、ハア、船酔いは、ハア、······運動神経いい方が、ハア······しやすいんだ、うっ」


と息切れしながら答えてくれましたが、また吐きました。私はどうすればいいか分からず、オロオロと彼の背中をなでるばかりです。


 しかしそんなことも、一時間も経てばかなり治まりました。青い顔でソファに座っている彼。


「だいぶん治まったね。もう大丈夫そう?」


 そう尋ねると、全然大丈夫じゃなさそうな様子で


「うん、問題ないよ。多分」


と教えてくれました。多分がついてある当たり、大丈夫ではなさそう。

 そんなところへ、船長がやってきました。ガチャリとドアが開き、ズカズカと入ってきた船長。


「落ち着いたか?甲板までお前の吐く声が聞こえてきたぞ。情けねえなあ」


 第一声がそれでした。馬鹿にするような言い方にムッとする私。


「嫌味を言いに来たんですか?だったら止めてください」


 すると船長は、おー怖い怖いとおどけてみせました。そして、言葉を継ぎます。


「そんな訳ねえだろう。飯の時間だ、甲板に来い。酔い止めも渡す」


 そして船長は部屋を出ていきました。彼の方を見ると、徐々に頬に赤さがもどりつつありました。


「行ける?」

「ああ、大丈夫。行こうか」


 立ち上がる彼。ふらつくのを、とっさに支えます。彼がありがとう、と微笑むのを、不安な心持ちで見ていました。


 さて、甲板へ上がると、外はすっかり夜の様相でした。空いっぱいの星の明かり、床に置かれたランタンの灯で、甲板は昼間と違って幻想的で。私はすっかり舞い上がってしまいました。


「おい、こっちだ」


 声のした方を見ると、舵の下の部屋の前で、船長が手招きしていました。その足下には、茶色い小包が四つ。私たちは興味津々で近寄ります。

 近くでみると、包みは大小二つずつあります。


「お二人さんの分はこれぐらいしか用意できなくてな。干し肉とおにぎりだ」

「いや、十分だよ。ありがとう」

「おにぎりって、具入ってたりしますか?」

「ない。一応塩で味付けしてある。明日には、沖売りに会うだろうから、その時にお二人さんの食糧を確保する」

「沖売り?」


 私の疑問に、彼が答えます。


「沖で直接食糧を売る船のことだよ。海の屋台、みたいなものかな」

「へえ、博識だなあんちゃん」


 私が言うはずの言葉を船長に盗られてしまいました。むう、と頬が膨らみます。それでも、彼が褒められたのが自分のことみたいに嬉しかったので、なんとも妙な気持ちになりました。

 船長が私たちに尋ねます。


「ここで食ってってもいいぜ。どうする?」


 私たちは顔を見合わせ、目でどうする?と訊き合いました。言葉を発さずに部屋?なんて口を動かし、結局彼が、


「部屋で食べるよ」


と答えました。そうか、と話す船長に別れを告げ、私たちは部屋へと戻りました。


 部屋に入ると、まず洋灯の蠟燭に火を点け、それから床に座り込みました。包みを広げると、大きい方には薄く切られた干し肉、小さい方にはおにぎりが。冷めてはいますが、二つとも香ばしく実においしそう。


「なんだかんだ、船長って親切だよね」

「そうだね。商人のおじさんといい、カナガワに来てから感謝したいことが増えたよ。もちろん、コノハにもね」

「私?」

「うん。コノハがいるから、頑張れてるから」

「でも、私の方が感謝してると思うよ、デト君に対しては。デト君が傍にいるのが、いつも本当に嬉しいんだよ」


 そんな会話をしながら、おにぎりにパクつきます。少ししょっぱいですが、おいしい。ささやかな幸せが、私の心を満たします。

 そんなことを思いながら、


「デト君、今日はベッドで寝てね。いつ吐き気催しても大丈夫なように」


と声をかけました。彼はかなり渋った顔をしましたが、いかにも本意ではないという様子で頷きました。


 窓の外で、星が静かにきらめいていました。

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