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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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カナガワ 6

 朝食を終えた後、おじさんは商会へと出向いていき、残された私たちは荷物をまとめました。ついでに、祭りの日に買っていた服の中で、比較的傷の少ないものを見繕って着替えました。


「どう、似合ってる?」


 彼の前でくるっと回って、私は訊いてみました。デニムのホットパンツと白いTシャツという動きやすさ重視のファッション。でも、Tシャツには袖やお腹の辺りのリボンがついていたりして、なかなか可愛らしいです。


「うん、似合ってるよ」


 そう言って、彼は微笑みました。んふふ、と照れ笑いする私。潮風でガチガチに絡まっていた髪もサラサラになって、すっかり気持ちも元気になりました。


「昼食後しばらくしてから港で会おうって話だったから、外に食べに出かけようか」


 彼がそんな提案をしました。私はゆっくり首をかしげます。


「いいの?研究所の人がいるかもしれないのに」

「フードしっかり被って、マフラーとかで口許隠していれば大丈夫だよ。人混みの中で襲われたりはしないと思う」


 そう言って彼は、ベッドに放置していた、フードの付いたマントを指さしました。


「結局それ羽織るのかあ」


 私は頭を抱えました。折角のコーデが隠れてしまいます。でも、命には代えられません。私は分かった、と頷きました。


「じゃあ、それまでのんびり話でもしとこうか」


 彼の言葉に、再度頷いた私。幸い私も彼も、時間を潰すのは得意です。あの木小屋での生活を懐かしく思いながら談笑し、私たちはゆっくりと流れる時間を感じながら過ごしました。


 しばらくして、太陽が頂点に到達した頃、私たちは宿を出ました。宿の外はすでに人が行きかっていて、喧噪がそこにありました。

 薄汚れたカーキのマントを羽織った彼が、お揃いのマントを羽織り、黒いフードで顔を半分隠した私に言いました。


「港の近くまで行ってみようか。市場まで行けば、何か店があるかもしれない」


 反対する理由もありません。私は、彼に手を引かれるまま人混みの中を歩いていきました。

 舗装されていない道の上、日焼けで真っ黒な男たちが横を通り過ぎていきます。遠くから吹いてくる風と、風にのってやってくる潮の香り。雲一つない快晴の下、私たちの首筋を汗が流れていきます。


 いつの間にか、道の横に並んでいるのは家屋ではなく、出店になっていました。

 彼が、きょろきょろと周りを見回します。そして、ふと一か所を見つめると、私の手をくい、と引っ張りました。


「あそことか、いいんじゃないかな」


 そう言って彼が指さしたのは、こぢんまりとした店ではありましたが、薄暗い中はなかなか賑わっているようでした。


「うん。とにかく、行ってみよー」


 向かってみると、どうしてなかなか、港の騒がしさとは異なった静けさを携えた、私好みの店でした。そして分かったのは、海鮮丼屋であるということ。

 中に入ると、カウンター席しかなく、席に囲まれるように調理場がありました。カウンター席のほとんどが埋まっていましたが、幸いなことにかろうじて二つ、席が空いていました。


「いらっしゃい。二人かい?」


 調理場に立つイケメンのお兄さんに大きな声で問われ、彼がそうだ、と答えました。お兄さんに促されるまま、席に座ります。


「これ、メニューね。お嬢ちゃん、この暑い時期にマフラーはやめたほうがいいぞ」


 そう言いながら、お兄さんにメニューを手渡され、私は曖昧に笑って誤魔化しました。お兄さんは、そんな私に特に頓着することなく、調理場に戻っていきました。

 そんな私に、彼がセルフサービスの水をコップに注いで渡してくれました。少し歩き疲れていた私はそれをありがたく飲み、ぷはっと一息つきました。


「さあ、どれにしようか」


 そう言って、メニューを覗き込む彼。私はふと思いつき、彼に尋ねました。


「そう言えば、何も考えずに来たけど、お金は大丈夫なの?」


 彼は、あ、と今思い出したかのような顔をしました。それを見て一気に不安になる私。しかし、すぐに彼は悪戯っぽくにやりと笑いました。


「冗談だよ。お金なら、全然大丈夫。幸い、財布は無事だったからね」

「もー、びっくりしたよー」


 そんな軽口を叩きあったすえ、私たちはメニューを選びました。彼はいくら、マグロ、イカ、サーモンの四種盛り合わせ、私はいくら丼。海鮮は獲れる数が少ないこともあって高価なのですが、しかし美味しいのもまた事実なのです。


 間もなく注文品が届き、私たちは箸を手に取って食べ始めました。


「ん~、おいしい!」

「やっぱり本場は違うな~」


 その美味さに、私たちは喉を唸らせました。そして、夢中で箸を動かしました。それほどまでに、おいしかったのです。


 そうして半分ほど食べ、私が食べるのに疲れて一息入れた時でした。私はふと、昨晩思いついたアイデアを思い出しました。


「ねえ、デト君」

「なに?」


 内容が内容なだけに、私は声を潜め、慎重に言葉を選んで言いました。


「実はちょっとひらめいたことがあって。もしかしたら逃げ続けなくてもよくなるかもしれない、っていう案なんだけど」


 そこで私は、一度彼の反応を窺いました。彼は、続けて、と先を促しました。


「あのね、昨日私を襲った人のことなんだけど。あの人、例の組織を潰すって言ってたの。もしかしたら、あの人みたいに例の組織を潰したいと思っている人が他にもいるかもしれない。そういう人たちを集めれば、対抗組織を作って、本当に例の組織を潰せるんじゃないかな。あの人みたいに無関係な人を巻き込んだりせずに」


 彼は、なるほど、と頷きました。


「実はね、俺も同じことを考えたことがあるんだ」


 なんと、私の妙案はすでに彼の頭の中にはあったようです。


「なにせ審判の日から百年以上経ってる。例の組織の化けの皮がはがれてもおかしくはないし、組織の被害者も大勢いるだろう。でもね、大勢いると言っても人類全体から見ればごく僅かだ。それに組織が人類を救ってきたのもまた事実なんだ。もし組織に対抗するとしたら、それこそ全人類を相手取ることになるかもしれない。そうなると、無関係な人を巻き込まない、っていうのも難しくなってくる。もしかしたらできるのかもしれないけど、リスクが高すぎるよ」


「そっか······」


 結局、私のアイデアは妙案でもなんでもなかったようです。もしかすると、彼と平和な日常を送れる未来もあるかもしれないと願って思いついたことでしたが、やはり困難なようでした。

 あからさまに気落ちした私を励ますように、彼は言いました。


「そんな落ち込むことないよ。コノハは絶対に守るから。さあ、残りも食べちゃおう」


 彼の優しさに包まれ、私はわかった、と言って食事を再開するのでした。

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