カナガワ 5
翌朝。
物音がして、私は目を覚ましました。ゆっくりと体を起こし、あくびを一つ。目をこすりながら隣を見ると、彼が上の服を着ているところでした。思いがけず彼の裸(と言っても上半身だけですが)を見てしまい、私は恥ずかしさから赤面し、伸びをした姿勢のまま顔をそむけてしまいました。
その時に生まれた音で気づいたのでしょう、彼は振り返って私を見ました。
「ああ、おはよう。今日は早いんだね」
「うん。馬車乗ってるときに寝てたから。でも、やっぱりデト君より早くは起きられないなあ」
「眠れるのは安心できてる証拠だよ」
そう言って、彼は立ち上がりました。彼に眠たげな様子は全く見られません。
「でも、今日は早く起きてくれて助かったよ。さっき荷馬車のおじさんが来てね、朝食はこの部屋に持ってきてもらうよう頼んでくれるそうだ。朝食をとるついでに、今後のことも話しておこうってことになってね。もしコノハが起きなかったら、どうやって起こそうか悩んでたところだったんだ」
「じゃあ私、今日はいい子?」
「コノハはいつもいい子だよ」
彼はいたずらっぽく笑いました。
「ちょっとお眠りが過ぎるだけのね」
「失礼なこと言うなあ、もう」
私はつい、はにかみました。そして、一か月と少ししか過ごしていないにも関わらず、すっかり彼と打ち解けている私に、随分驚いたのです。
そんな時に、コンコン、と部屋の扉が鳴りました。彼が、開いてるよ、と言うと、扉が開き、給仕がワゴンを押して入ってきました。ワゴンに乗せられたのは、エッグトースト三枚と、サラダ三皿、切り分けられたグレープフルーツが三皿。その後ろから、荷馬車のおじさんが入ってきました。
「おはよう。お嬢さんは無事起きたんだね」
給仕が、私が昨夜見逃していた小さなテーブルに皿を載せて、部屋を出ていきました。テーブルに余分なスペースはなく、ぎりぎり皿が載り切ったという感じです。
それを見届けた後、おじさんと彼がテーブルを囲むように床に座り込みました。それを見て、私も同じように座ります。部屋はそこそこ広いわりに、こぢんまりとした朝食となりました。
「それで、これからどうしようと思っているんだい」
おじさんが、トーストを頬張りながら尋ねます。それに、彼がサラダをフォークで刺しつつ答えます。
「あまりカナガワに長居はしたくないんだ。ここまでしてくれたあなたに何か恩返しをしたいとは思うけれど、俺たちを襲ってきた奴らがもし追いかけてきたとすればきっとすでにカナガワにはいるだろうし、なるべく早くここを出たい。本当は、船を使って少し遠くにいきたいんだけれど、そう都合よく乗せてくれる船もないだろうしね。また、陸路で別の都市に行こうと思ってる」
おじさんが、なるほどなるほど、と頷く一方、私は彼っていろいろ考えてるんだなあと感心してました。
おじさんが、話し始めます。
「それなら、私にとってもお兄さんたちにとっても、いい話があるよ。実はね、この商会の船が今日の昼、出港するんだが、その船の船長と私は仲が良くてね。その船に君たちを乗せてもらえるよう頼んでみよう。もちろん、お兄さんには船上で少し手伝ってもらうし、私が君たちを貸し出すという形で乗せてもらえば、私の名も上がるというわけだ。どうだい?」
それは、私たちにとっては願ってもない話でした。しかも、おじさんは自分の得にもなると言っていますが、貸し出すのがたった二人、しかも一人は体力に自信のない少女とあっては、その船長に売れる恩などたかが知れています。むしろ迷惑かもしれない。だから、これは完全におじさんの善意。いくらなんでも頼りすぎだという気はしましたが、それでも頼りたいのが本心でした。
「もし、そんなことが可能なら、是非ともお願いしたい。本当に、よくしてもらってばっかりで申し訳ない」
「いや、いいんだ。荷物運ぶのも手伝ってもらったし、盗賊も捕まえてくれた。私も、お兄さんたちには恩を感じているんだよ」
その謙遜に対し、再度お礼を述べようとした私たち。しかしそこで、おじさんがふと思い出したように言いました。
「あ、ただね、一つ問題がある。その商船の乗組員に、漁業出身の人間がいるんだ。その連中、未だに女性を船に乗せてはならない、というしきたりを守っていてね。もしかすると、お嬢さんにはずっと船室に閉じこもっててもらわないといけないかもしれない」
その言葉を聞いて、私と彼は顔を見合わせました。彼に代わって、私が返事をします。
「そのぐらい、大丈夫ですよ。私、つい最近まで引きこもってましたし」
おじさんは、一瞬間の抜けた顔をしたものの、
「そうかい?分かった、ならこの後船長と話をつけてくるよ」
と言ってくれました。そして、おじさんが再びトーストを食べようとしたところで、彼が訊きました。
「ところで、その船は、どこ行きなんだい?」
おじさんは、そう言えば言ってなかったと、教えてくれました。
「ワカヤマだよ」




