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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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カナガワ 3

 入国審査所近くの市場を抜け、一階建ての家が並ぶ住宅地をしばらく行ったところに、その商会はありました。荷馬車のおじさんが所属している商会。その本拠地だという建物は周りの家三つ分以上の大きさがあり、なかなか豪華で、道から入口まで大きなスペースがありました。おじさんはその一角に荷馬車を止めると、御者台を降りて建物の中に入っていきました。


「わああ!でっかいね!」


「カナガワには陸から来る人と海から来る人がいるからね。人も物も集まりやすいし、商会も大きくなりやすいんだ」


「へえ~」


 彼を見ると、顔はちゃんと見えませんでしたが、どことなく落ち着いているように感じました。ひとまず無事にカナガワまで来ることができて、安心しているのでしょう。


 いつの間にか日は半分ほど沈み、赤く照らされた通りは薄暗くなっていました。そんな中で、荷台にいる私たちを照らす光はさらに僅かで、ほの暗い闇が私たちを包み込んでいました。その闇で、彼がはっきりとは見えず、彼と私との境界が曖昧になってしまったようで、私は妙な感覚になりました。まるで、私と彼が一つになったような······。


「おーい、お兄ちゃん。商品運ぶの、ちょっと手伝ってくれるかい」


 いつの間に帰ってきたのか、おじさんが荷台にひょっこりと顔を出し、まるで悪いことでもしていたかのように、私はビクッと体を緊張させました。そんな私の反応に気づかず、彼が朗らかに答えます。


「分かった。コノハはここにいて。なんかあったら叫ぶこと」

「う、うん」


 彼は、私の妙にどぎまぎした反応に少し首をかしげましたが、特に気にする様子もありませんでした。おじさんと共に、両脇に穀物の入った木箱を抱えて、彼が荷台を降りてちょっとしてから、私は無意識にふー、と息を吐きました。旅の疲れがまたしても出てきたのでしょうか。


 さて、一人取り残された私。おそらく私が残されたのには荷物番という意味もあるのでしょうが、しかし、木箱はまだあります。私一人が休んでいてもいいものか、と少し罪悪感を感じつつ、辺りを見回しました。すると、あったのは彼のリュック。そう言えば、リュックの中身って祭りの帰りのままだよね、と思い当たり、巨大なバックに這いよって、中を見てみました。


 まず初めに目についたのは、私が選んだ衣服類でした。ワンピースにフリルスカート、Tシャツやキャップなど、逃亡など無縁な“普通”の生活に憧れてたくさん買ったのですが、結局着ずじまいになっていました。


 銃撃を受けた時に穴が開いたり、破けたりしてしまったそれらを一着ずつ出して、手に取っているうちに、ほんの数日前までのトーキョーの生活が懐かしく思われました。本当は傷が治れば出ていくはずだったあの木の小屋、そこで彼と過ごした日々。温かい日常は、一瞬で、いとも簡単に奪われていきました。


 悲しくなるとともに、私と一緒に来てくれている彼は、本当はどう思っているんだろうと思うと不安になりました。うっかり、涙が零れそうになります。それでも、自分勝手に彼を巻き込んだ私がこんなことで泣くべきじゃないと、涙を拭ったところで、彼が帰ってきました。


「ただいまー。あれ、リュック見てたの?」


 幸い、辺りの暗さで私の泣きそうな顔は見られなかったようです。私はすぐに笑顔を作って、言葉を返しました。


「うん。何を買ってたかなーと思って。箱運ぶの手伝おっか?」

「いや、いいよ。コノハは休んでて。これ、結構重いし」


 そう言うと、彼は荷台に乗り込み、箱を二つ持ってまた出ていきました。すると、近くにいたのでしょう、おじさんの声がして、今度はすぐに彼が戻ってきました。おそらく箱をおじさんに渡したのでしょう。


 再び箱を持って出ていこうとする彼に、私はちょっとした勇気を出して声をかけました。


「あの、デト君」

「ん、どうした?」


 彼が振り返って私の方を見ます。言ってしまった、という少しの後悔とともに、私は話を続けます。


「あの、ごめんね。私のことに巻き込んじゃって。デト君まであいつらに狙われちゃうようなことになってしまって、本当にごめんなさい」

「いいんだよ」


 彼の返事は、すぐでした。そして、毅然としたものでした。


「コノハは何も悪くない。悪いのは研究所だ。それにね、こんなに関わってしまったのに、コノハを放っておけるわけがないでしょ。俺は、自分から巻き込まれたんだ。コノハが気に病む必要はないよ」


 そして今度こそ、彼は荷台を降りて、行ってしまいました。私はというと、彼の言葉が嬉しくて、そして気を使ってくれたのであろう彼に申し訳なくて、いろんな気持ちが混ざって、結局涙を流してしまいました。


 それをすぐに拭い、私はなんとしても研究所から逃げ切るという決意を新たにしました。両親は私を守って死んでしまいました。ならせめて、彼だけには生きてもらおう、彼のために生きて、彼のために死のう、そう思いました。


 足音が聞こえたのは、そんな時でした。外から聞こえた、小さなザッという地面を擦る音。初めは、彼が帰ってきたのかと思いました。しかし、それにしてはあまりに早すぎました。


 何事かと、外をじっと見つめていると、突然、黒い影が飛び込んできました。黒い影は私の上にまたがって、私の口を手で塞ぎました。叫ぼうとした私の喉に、刃物と思しきものが当てられました。


「抵抗するな。命までは取らない」


 低くてかすれた、男の声でした。その後ろから、さらに二人が乗り込んできて、残っていた木箱を抱えて持っていこうとしました。そんなことをされて、抵抗しない訳がありません。私は手足を無茶苦茶に動かして、なんとか目の前の男をのけようとしました。男が、刃物をより強く押し付け、喉が熱さを帯び、少し血が出たのを感じました。しかし、この程度の痛みには慣れています。私は抵抗することを止めません。


 すると、刃物が脅しにならないと分かった男は、刃物を男の巻いていたベルトに差し込み、今度は私の喉をギリギリと両手で締め上げ始めました。咄嗟に男の腕を掴んではがそうとしますが、私の悲しい腕力ではどうすることもできません。カッ、ガッと、私の声にならない声が、かすかに聞こえます。


「すまない。私たちには研究所を潰すという理想がある。よりよい世界のために、犠牲となってくれ」


 男のそんな言葉が聞こえてきますが、反応できる状態でもありません。片手が男の腕を離れ、何もない床をガリガリと掴もうとします。その手が、リュックの中に入ったのを、朦朧としながら感じました。そして、何かに触れました。その、冷たくて、硬い何か。私にはなぜか、それがあの、青い剣―コノハナサクヤであることが、しっかりと認識できたのでした。


 ああ、私にこれを振るう力があれば!!!私は、自分の身を守ることもできない私の非力さを呪いました。そうしてるうちにも、私の視界はぼやけ始め、手足に力が入らなくなってきました。


 彼がやってきたのは、そんなぎりぎりの時でした。

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