カナガワ 2
「もうすぐだよ、起きて」
その言葉で、私は目を覚ましました。まだ眠っていたい願望で目をこすりながら、私は体を起こします。
「ん~眠たい~。ん?」
床がやわらかい?と思って、そこでようやく私は、彼の脚の上で眠っていたことを思い出しました。そしてやっと、恥ずかしいという感情が湧いてでたのです。一瞬で眠気が吹っ飛びました。
「わわわわっ!!!ごめんなさい!なんか、うん、ごめん!!!」
「ん?······ああ、うん」
突然の謝罪に戸惑っていた彼でしたが、謝罪の意味を理解したのか、曖昧な笑みでごまかそうとしてくれました。それが余計に恥ずかしくて、顔がカーっと赤くなりました。
そんな顔を隠そうと、荷台の積み口を向くと、トーキョーを出た時とはすっかり様子が違っていました。辺り一面、その低い草で覆われ、荷馬車の通る道だけが、白い砂が露わになっているのでした。
「砂漠······じゃないけど、オアシスか何かなの?」
そう問うと、彼はうーん、と首をかしげました。
「オアシス、が一番近いのかなあ。この辺りは妙な植生になっててね。カナガワの周りは、異常に植物が発達しているんだ。まあ、この場所を狙ってカナガワが成立した、と言うのが正しいかな」
聞くところによると、『審判の日』に超巨大津波によって大半が水没、壊滅状態にあったカナガワですが、何故か植物が異常な速度で成長し、カントー唯一の巨大オアシスのようになったようです。そこを開拓し、森林に囲われる形でできたのが、都市国家カナガワ。大きくはないのですが、木材が得られる上に、海に面しているので海上貿易ができて、経済的に非常に成長しているのでした。
「お嬢さん、起きたかい?」
御者台の方から声が聞こえてきました。
「起きました!もう、元気いっぱいですよ!」
そう返すと、それはよかったと、人のいいのがわかる親しみやすい商人の声がまた、聞こえてきました。私はすっかり、この商人のおじさんに全幅の信頼を寄せているのでした。
「もうすぐ、入国審査所を通る。私の手伝いとして話を通すから、合わせてくれよ」
「分かった。ありがとう」
いつの間にか、かなり親密そうに話す彼とおじさん。彼の方も、おじさんを信用しているようでした。
さて、間もなく、私たちは入国審査所の前に着きました。積み口からしか外を見れない私と彼は、審査所の様子を見ることはできませんが、声や音は聞こえます。
商人と審査官が話している間に、ザッザッと足音がして、別の審査官が積み口から顔をのぞかせました。審査官は、私たちの姿を確認すると、おじさんに声をかけました。
「彼らは何だ」
「ああ、私の手伝いですよ。トーキョーで私の下についてもらいました」
「それにしては、随分服が汚れているようだが?」
審査官の不審がる声に、思わず緊張してしまいます。もし私たちが商人などではないとばれたら、私たちだけでなくおじさんにまで危害が加えられてしまいます。
しかし、そんな心配をよそに、おじさんは自然に答えます。
「彼らは、トーキョーでちょっと厄介な商人の下についていてね。不遇な扱いを受けているのを見かねて、私がもらったんだ。結構無茶をしたんだが、まあこれからの活躍に期待といったところかな」
さすが商人、あっさり話を合わしてしまいました。審査官の方も、微妙な顔はしていますが、とりあえずは納得した様子です。
「では、荷物検査をするので、一度降りてくれ」
そう言われ、私と彼は荷台から降りました。彼はリュックを背負っていました。
「待て、そのリュックの中身も調べる」
そう言われ、彼は渋々、といった様子で荷台にリュックを置きました。愛着でもあるんでしょうか。その気持ちはなんとなく分かります。彼と私の命を守ってくれもしましたし。
その後、二、三の質問は受けましたが、審査は滞りなく終わりました。晴れて、私たちは、カナガワに入国できました。そして。
「わあああっ」
私はつい、そう声を上げました。
中は活気に溢れていて、喧噪に埋め尽くされていました。トーキョーも商人が多くいましたが、潮の香りや木々の匂いが漂うカナガワはまた一つ違った賑わいを見せ、筋骨隆々の男たちが縦横無尽に行きかっていました。新鮮なその様子に、思わず気分が高揚したのでした。
「もうじき日も暮れる。まずは商品を商会に届けないといけないが、その後宿に行こう。お二人さんは、同じ部屋でよろしいのかな?」
「ああ、構わないんだけど、宿は俺たちでなんとかしようと思っているよ」
「いやいや、ここまで共に来た仲だ。商会に頼めば安値で部屋が借りられるし、ここは一緒に来た方がいいと思うよ」
「そこまでしてもらうのはちょっと気が引けるんだけど······そうだな、お言葉に甘えるとするよ」
本当に優しいおじさんです。その親切に感動してしまう私です。ただ、必要以上に関わると、おじさんまで研究所に目をつけられかねないというのが、少し気がかりでした。
再び私たちは荷台に乗り込みました。舗装されていない道の上を馬車が動き始め、カラカラと車輪の音が鳴り始めます。地平線の上にある、紅い太陽が印象的でした。




