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少し、存在意義について語りたいと思う。  作者: ふきの とうや
第一章 shepherd's purse 前編
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カナガワ 1

 うだるような暑さの中、私たちは、荷馬車の荷台で揺られていました。荷台を覆うように布製の簡素な屋根がありますが、熱がこもってむしろ暑い。しかも、周りには木箱が山積みになっており、居心地は悪かったのですが、しかし私たちには、不満を言えない事情がありました。


「暑い?」


 汗だくの彼に問われ、もちろんと頷く私。


「でもまあ、文句も言えないし」


 それもそうだと、頷く彼。


 というのも、実はこの荷馬車、善意で乗せてもらっているのです。


 トーキョーを出た後、再び能力を使って走り続けた彼と、抱っこしてもらっていた私ですが、都市国家カナガワまでは歩いて四日はかかりますし、研究所の追っ手も気にしなければなりません。その上、砂漠特有の、昼間は異常に暑く夜は異常に寒いという気象によって、すぐに限界は訪れました。


 それでも彼の異常な速さで一日で半分の距離を進んだ私たちが、夜に包まれながら、不自然に存在する大木の下で休憩していた時のことでした。ちなみにこの木、人為的に植えられたもので、距離の指標と休憩所としての役割を果たしているのだと、彼が教えてくれました。


 彼が、その異常な視力をもって、トーキョーからやってくる馬車を見つけました。


「研究所の馬車?」


 そんな私の問いに、しばらく答えられないでいた彼でしたが、目を凝らし続けた後、答えを出しました。


「違うかな。一度やり過ごした時、研究所の奴らは速度重視で馬を使っていたでしょ?あの馬車はラクダを使ってるし、後ろの荷台もかなり大きめで頑丈そうだ。あれはただの荷馬車だよ。まあ、そう思わせよ

うという研究所の罠っていう可能性もあるけどね」


「じゃあ、とりあえずは安心していいの?」


「いいよ。でも一応、コノハは木の陰にいて」


「分かった」


 そして私が木の陰で息を潜め、しばらく待っていると、馬車がやってきました。馬車の御者も彼を見つけたようで、彼と御者の話し声が聞こえてきました。


「お兄さん、一人で旅でもしてるのかい?この砂漠を足で越えるのはやめた方がいいよ」


 御者は、それなりに歳のいった、渋い声をしていました。


 続いて、彼の声が聞こえてきます。


「ああ、俺も思い知ったところだよ。あなたは、商人だね?」


「そうだよ。しがない穀物商人さ。これからカナガワへ向かうところだ」


 そして、一瞬の間があり、


「しかし、随分傷だらけだね。荷物も随分大きい」


と、商人の不審がる声がしました。商人を狙った盗賊というのも存在します。商人はそれを警戒したのでしょう。


「実は、トーキョーで妙なやつらに捕まりかけてね。奴隷になりそうだったのを、命からがら逃げてきたんだ。トーキョーには戻りたくなくてここまで歩いてきたけど、あまりいい方法じゃなかった」


 よくもまあ、そんな嘘が簡単に出てくるものです。


「そうか、それは災難だったね。でも、ここまで君一人で?」


 再び、一瞬の間。


「······まあ、いいかな。コノハ、出てきて」


 そんな彼の声。ちょっと躊躇ったのち、私は木の陰を離れ、月明かりの下に姿をさらしました。


「······女の子かい?」


 そう言葉を発したのは、中年の人のよさそうな男性でした。


「そう、彼女と一緒に襲われてね」


「なるほど、二人分だから荷物が多いのか。なら、食べ物はどうしたんだい?二人で行くとなるとペースも落ちるだろう、結構な日にちを歩いてきたんじゃないか?」


「幸い、買い物を終えた後に襲われてね。それに、この物騒な世の中だ、常に食べられるものは持ち歩いている」


「そうか······」


 商人の男性は考え込むようにして、そう呟きました。


「いやね、たかだかトーキョーからカナガワまでだから護衛は要らないと思ってつけなかったんだ。だから、君が盗賊かもしれないと思うと、警戒してしまってね。でも、そうだな、とりあえず安心はしていいみたいだし。カナガワまで、乗ってくかい?」


 知らず知らず、私たちの顔は安堵と期待で明るくなりました。


「なら、お願いしようかな」


 彼の言葉に、商人は笑顔で頷きました。




 そんな経緯があって、移動手段を得た私たちですが、暑いのはどうしようもありません。活力はどんどん低下していきます。


 しまいには、長時間揺れる荷台に座り続けた結果腰の辺りが痛くなってきたのと、疲労による眠気で絶望的な気分になりました。

 そんな私なので、悲壮な顔をしていたのでしょう。彼が心配そうに顔を覗き込んできました。


「大丈夫?泣きそうだけど」

「うん」


 答えた私の声が思ったより湿っぽいのに驚き、呼吸を整えて言葉を続けます。


「ちょっと、疲れちゃって。床が硬くて痛いし」

「ああ、なるほど」


 一拍置いて、彼は言いました。


「ここ、座る?」


 そして彼が手で叩いて示したのは、彼の太ももでした。


「うん、座るー」


 もはやあまり深く考えられなくなっていた私は、二つ返事でそう答えました。そして、這うように彼のもとへ寄ると、倒れ込むように彼の太ももの上に座りました。うっ、と彼が呻いたのは、多分気のせい。


 彼によると、私はその後すぐ、寝息を立てていたそうです。

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